元公文式指導者
武井 知子(たけい ともこ)
秋田県出身。東京で小学校の教員を4年ほど務めたのち子育てに専念。保護者として公文式と出合う。『子どもの“自学”する力を育むKUMON』(著者・多賀幹子、PHP研究所)に登場する神奈川県鎌倉市/津村教室の元指導者。2024年3月まで43年にわたり指導者として多くの子どもたち・保護者と関わる。3月に行われた指導者引退時の講演には多くの公文式指導者が参加し、創始者から学んだことを伝える。子どもと読書の出合いの場をつくろうと始めた「よみましょ会 ききましょ会」は子どもたちに「読書のきっかけ」を与える場となった。
「できた」ことは、いずれ必ず「わかる」ようになる
広報部長 景山(以下、景山):長年教室での指導をありがとうございました。まずは公文の指導者になられたきっかけをお聞かせいただけますでしょうか。
武井知子さん(以下、武井):自宅のすぐそばに公文の教室があり、幼児だったわが子が「友達も行くから僕も教室に行きたい」と言ったのがきっかけで、公文のことは何も知らずに体験学習に行かせました。わが子ふたりが喜んで公文に行き、宿題もたくさんもらって、宿題が足りなくなると教室が3軒先だからまたもらいに行っていました。
でも私から見ると、数の羅列だけのプリントをなぜ子どもたちはこんなにやりたがるんだろうということが最初はわかりませんでした。体験後すぐに入会して、保護者として公文に関わりました。子どもたちは公文が好きでしたね。
わが子ふたりが教室に友達を連れていくと、先生が喜んでくれて、「武井さん、スタッフがほしいから来ませんか」と言われて、スタッフとして仕事をするようになりました。私が慣れてきた頃、先生が旦那様の関係で海外に行くことになり、私に「指導者になりませんか」と声がかかりました。そのとき、わが子含めて生徒は18人でした。1981年に教室を引継ぎ、とにかく毎日が飛ぶように過ぎていきました。指導者の資格が必要でしたので、公文式は何かということを研修に行って、本も片っ端から読みながら、時間を惜しむことなく学びました。
小学校の教員を東京で4年やっていたのですが、教員時代と公文式は少し相反することがありましたね。公文式の「できてからわかる」という考えが、最初私には理解できませんでした。学校ではなぜそうなるか理解させてからできるように練習させていました。公文ではまずできるように、身につくようにすることが先決です。このことに合点がいくまで時間がかかったんですが、子どもは個人差があるものの、できたことはいずれ必ずわかるようになるんです。ただ、わかったことは理屈で教えても必ずしもできるとは限らないんです。
生徒を見て、なるほど、創始者(以下、公会長)の言葉の通り、必ずできるようにしてあげることが親切なんだなとわかりました。公文の指導者として出発してからは、目の前の生徒のことだけを考えて43年やってきました。
景山:「わかるよりできるが先」という発想は、本当にそうなのかと気になる人が多いかもしれませんよね。まず理解させたいと思ってしまいがちかもしれません。でも、頭でわかっているつもりでも手が動かない感じですね。
武井:どの子もできた後「ああ、そういうことか」とじわーっとわかっていくんです。まずできるようにするという公文式は本当に画期的だと思いました。
生徒に損をさせちゃいけない
公会長は経営者というより指導者
景山:公会長との出会いと、会長から学ばれたこと、会長の人となりについてお聞かせください。
武井:2年間の研修期間の修了式で発表したときに初めてお会いしました。公会長の隣に座り「公文はどうですか」と聞かれ、「わからないことが多くて」と答えると「それがいいんですよ、楽しみが先にあっていいですね」と言われたのが印象的でしたし安心しました。
「国語教材の考え方が一番わからないんですけど」と言ったら、「僕は“本が読めるようになる”ことを一番やりたかったんです。くもんのすいせん図書※1だけで高度な読書能力を身につけられないものかなと思ってたんです。でも、すいせん図書だけでなく、誰もが自習で学べる、本を好きになる教材が必要なことがわかって国語教材をつくったんです」とおっしゃいました。
※1 くもんのすいせん図書(本文中の「すいせん図書」表記含む)とは、古今東西の優れた図書の中から、子どもたちに人気が高く、内容的にも優れている本から650冊を選りすぐったもので、読みやすいものから深い内容の本へと5A~Iの13段階に分け、さらに各段階に50冊の本を配列したものです。やさしいところから読み始めることができ、自分にあった「ちょうど」の本と数多く出合うことができます。
景山:国語教材よりもまず読書だったんですね。読書だけじゃ足りないと思って国語教材をつくったんですね。
武井:その後、公会長から国語のことで電話がかかってくるようになりました。先輩の先生から、武井先生が読書専任助手(スタッフ)を採用したみたいという話を聞いたそうで、当時自宅で教室をしてましたので「公文です」と電話がかかってきて、私が「はい、こちらも公文です」と言うと、公会長も「はい、こちらも公文です」と(笑)。
電話では、「専任助手はどういう方でどういうことをなさってるんですか」と聞かれて話をしました。公会長はいろんな仮説を立てる方で、その後もお電話があり、「武井先生は記録をとってますか。どういう記録のとり方ですか」と聞かれ、「専任助手が子どもごとに、国語の教材進度とその時にすいせん図書5A~Iのどのレベルの本を読んでいたか記録をとっています」と言うと、「いいことをしてますね」と公会長にほめられました。
公会長が「公文の国語は教材だけやっていればいいのではない。その子のすいせん図書レベルを知ってるか知ってないかでその先が違います」とおっしゃっていたので、読書のレベルを知り、教材と読書の一体化を自分でもしてみたいなと思ったら、公会長もご興味があったようで、1週間に1回や10日に1回電話がかかってくるようになりました。
景山:聞ける人がいるというのは公会長にとっても安心感があったのではないでしょうか。
武井:公会長は、会長でありながら私から見たら“指導者”でした。高邁な思想を持っているが高慢ではない。とても優しく、投げかける言葉が「その子はそれからどうなりましたか。それが幸いしたのは何でしたか」という指導者としての問いでした。
例えば「教具の磁石すうじ盤※2で5分かかっていた子が3分切ったんですよ」と3分切ってできたことを喜んで伝えたら、「それで、その子はどうなりましたか。何が変わりましたか」と必ずおっしゃるんです。ただ3分切っただけじゃなくて、そのことによってその子がどう変わったか、学習姿勢がどうなったか、他の教科がどうなったか、そういうことに目を配るのが指導者の役目なんだと思うようになりました。経営者というイメージより指導者、私たちの常日頃の指導に直結なさってました。
※2 数字が印刷された盤の上に同じ数字が印刷された磁石のコマを置き、磁石のピタッとくっつく感触を楽しみながら、数の性質や規則性を身につけ、計算力の土台をつくる教具。完成までにかかった時間を計る。
指導がうまくいかないときは、「こういうことをしたらどうですか。ああしてみたらどうですか」と公会長からいろいろ示唆をいただき、促してもらえました。生徒に損をさせちゃいけないと思ってすぐ対策を講じて言ってくれるんでしょうね。「僕には生徒はいないから、先生にやってみてもらって、また僕、必ずお電話します」と、宿題をいただく感じでした。
景山:公会長は子どもに損をさせたくないという一心で仮説を立て、より良い指導のための検証も欠かしませんでした。事実を大事にし、あいまいさを嫌う方であり、また、探求心の強い方で常に子どもにとって最良の教育を考えるすばらしい指導者でもありました。
武井:ただ公会長はそこで終わらず、同じことを違う先生にも投げかけていました。再度電話がかかってきたときは、「同じようなことを他の先生もしているけど、こうらしいですよ、ああらしいですよ」と情報を教えてくれました。机上の理論ではなく、事例・実践を通して、子どもの可能性をどこまでも追求していく方だなと思いました。
何度もつくり直された国語教材
子どもにちょうどのプリントに引き合わせる
景山:公会長が国語教材をつくった理由も明確でしたが、国語教材も改訂をくり返して進化してきましたよね。
武井:公会長は、教材を改訂する際に、制作者に「これは本を好きにできる教材ですか」と聞くそうです。そのことを教材制作者に聞いたら、それは本当だそうで、納得がいくまで何度も教材をつくり直されたそうです。「これでは足りない」と語彙を増やすために漢字カードも教材に組み入れたし、200枚じゃ足りないと400枚教材※3にしたそうです。
※3 初期の国語教材は、数学教材と同じく、1教材200枚からなる教材でした。教材学習が読書につながりやすくすることを目指し教材の中に読書を織り込み、1学年分をⅠ・Ⅱの2教材、400枚にする改訂が始まりました。
景山:公会長は「読書力は自学自習の基礎」とおっしゃってましたね。
武井:「国語は読書です。すいせん図書一覧表の通り本を読ませたかった。それが僕の国語です。それができないから教材をつくった」と創始者の公会長がおっしゃるんだから、教材と読書の一体化をやらなければいけないと思って、指導者仲間と読書の自主研究活動をやり始めました。公会長からも、宿題のように問いかけや投げかけをもらいました。
景山:公会長の問いかけが続いたのですね。公会長のお話から印象に残っているフレーズや気づいたことにはどんなものがありますか。
武井:教員時代は教科書教育をやっていましたが、公会長からは「先入観を超えて、子どもを見たほうがいいですよ」と言われました。「子どもを知ることは公文式を知ること、公文式を知ることは子どもを知ること」「生徒を苦しませない、らくに伸ばす」と言われ、目の前の子どもを知ることが公文を知ることだと思いました。私は当時子どもを伸ばさなければと必死になっていたのですが、公会長は「指導者が生徒を伸ばすというよりは、生徒は伸びたい方向に伸びますよ」とおっしゃいました。
プリントを上手に引き合わせていくことなんだなと思いました。子どもに聞きながらその子にちょうどあったプリントと上手に引き合わせていくのが指導者の役目と思ったら、生徒のよいところが見えるようになりました。今この子の目が笑っているとか、宿題を増やしてほしいと言われることが自分の喜びになりました。子どもが伸びたい方向にプリントを引き合わせるため、目の色が変わったタイミング、表情が変わったところを見逃さないようになりました。
景山:子どもを主語にという先生の実践がすばらしいですね。公会長の「自学自習であれば限りなく高く伸びていける」と「子どもの学習には、それぞれの能力に応じたちょうどのことが与えられるべきである。ちょうどのことが与えられると子どもは喜んで勉強する。学年を越えて進むことができる」というふたつの言葉を思い出します。
武井:公会長と話しているとヒントがちりばめられていました。子どもの意欲を引き出すヒントをいただけました。子どもの可能性を引き出そうと思いながら、私が自分の可能性を引き出してるなと思うことも何度もありました。明日を拓くための今日の学習を意識していくと、明日へのエネルギーが湧きました。これもずっと後で気がつきましたが、その子のちょうどを見極めようとすると、私の観察の精度が高まるんです。子どもの伸びたい方向に寄り添えば、私のちょうどと思う精度が少しずつ高まっていることが自分でもわかりました。
その子が持って帰る宿題もちょうどのところを出すようになりました。今ができてるだけではなく、明日やれるちょうどじゃないとだめなんです。スタッフは私を見ていて、それをスタッフ会議で言ってくれました。「武井先生のちょうどが細やかになりましたね」と。
子どもにはその子の一番旬な教材があります。伸び盛りとも言えます。例えば「B教材は大人っぽいね」と言ったり「H教材はカッコいいね」と言う子がいます。また「僕、読むことが楽しくなった」とか「100点が増えて自信がついた」と笑顔が出たそのときがチャンスです。子どもの読みたい、書きたい、やりたいという気持ちの高ぶりが見える時があります。スイッチが入った時のその子の「旬」を見逃さずに次の教材を見せていく。
その子の気持ちの勢いを止めず、一気に教材を上げていく方が、苦しむ暇をつくらないので、子どもも指導者もらくですね。“伸ばすなら、らくに伸ばす”公会長の言うことはこのことかなと思いましたね。
景山:その日その日じゃなく、もっと大きいスパンで、ということですね。先生が子ども一人ひとりをよく観て個人別に寄り添ってきたことがよくわかります。
武井:宿題をやってこない子どももいますね。宿題が休退会の原因になることも少なくありません。自学自習に向かうエネルギーを加速させるためにも、宿題は毎日やったほうがよいわけです。人間の体に欠かせない水や塩のように頭の栄養として宿題も毎日しなくてはならないものと生徒自身が思ってくれたらどんなにいいだろうと思って、手を変え品を変えて子どもたちと対話してきました。
景山:よくごはんに例える方々はいますが、食べなきゃじゃなく、なくてはならないもの、体のためと言えばわかりやすいですね。後編では、読書能力について、深堀りして聞かせていただきます。(後編につづく)
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