英国の元・底辺中学校に入学したわが子を綴ったエッセイ
ノンフィクション本大賞 授賞式(撮影 新潮社) |
ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ):保育士として託児所で働いていたときのことを書いた『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)が、新潮ドキュメント賞をいただいたんですね。
その後、新潮社の編集者から「ブレイディさんの“現場”について書いていただけないか」とリクエストをもらい思いついたのが、ちょうどおもしろい中学校に入学した、わが子のことでした。
もともとは雑誌の連載ですが、日々の学校生活で息子の身の回りで起きたことで、私が面白いと思ったこと、さらに日本の方も読んだら面白いと思われること、そこに共通する何かを選んで書いてきました。
思春期の子を持つ親の育児エッセイとしても読めるし、海外生活エッセイとしても読んでいただけるよう、間口の広い書き方をしています。
公文教育研究会 山本(以下、山本):ブレイディさんのご著書を読ませていただき、息子さんが自分の力で人生を切り拓いていく姿が強く印象に残りました。
ブレイディ:英国では子どもの貧困が3人に1人の時代に突入していると言われています。ですから自学自習できる力を身につける、ということはすごく大事になってくると思います。
それと、イギリスでは『子どもは社会が育てるもの』とよく言われています。親一人が子どもを育てるわけではなく、いろんな人と触れ合うことが望ましい。公文の教室は、家庭とは違うコミュニティを提供しているわけですから、そこも子どもを育てている場所の一部なのでしょうね。家庭だけでなく、社会にはいろんなコミュニティがあって、そこでさまざまな人とのかかわりの中で勉強していくというのも大事だと思います。
子どもと対話することで大人もアップデートされていく
山本:ブレイディさんは、息子さんととてもよく対話をされていますね。
ブレイディ:英国の保育ではいつも『子どもの声を聴こう、自分の考えだけを押しつけてはいけない』と言うんですね。たとえば、毎学期ごとにレポートを作るとき、保育士が一方的に考えたことだけでなく、子どもからのコメントも書かなくてはいけないんです。『保育園に毎日きていて楽しい?』とか、『なんの遊びをしてるのが一番いい?』とか、『最近できるようになって嬉しくなったことある?』とか、その声を書くんです。
私も保育士としてそれを学んできたから、自分の息子にも、「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」って意見を聞いて対話するようにしています。そういうプロセスをくり返すことで、子どもが自分で考える力をつけていくようになっていると思います。
大人はできあがりなんかじゃなくて、できあがりで老いていくだけでもなく、子どもと一緒に対話することによって、アップデートされていくと思います。知識もそうだし、人間性も考え方もそうです。大人も子どもに教えられて変わっていく、というのはすごく大事なことだと思います。子どもの多様な考え方や柔軟な考え方から学んでいくことで社会全体も変わるはずですから。
山本:そのとおりですね。私たち公文は、目の前の子どもたち一人ひとりの可能性を信じ、その能力を最大限に伸ばすために、その子にとっての「ちょうど」を見つける個人別指導を心がけています。そのためにも子どもから学ぶことを大切にしています。
――英国で生活されているブレイディさんからみて、日本の教育で気になる話題はありますか?
ブレイディ:先日、新井紀子さんとリーディングスキルについて対談したのですけど、『読めない子ども』が増えているそうなんですね。数学的な読み方ができない。つまり、短文だけど、何が書かれているのかを正確に理解する力がすごく落ちているらしいんです。
英国の中学の国語教育では、”LANGUAGE ENGLISH”と”LITERATURE ENGLISH”にカリキュラムが分かれています。きちんと言語を使えるように学習するのと、シェークスピアなどの文学を読みましょう、というのは分かれています。
ノンフィクション本大賞 授賞作 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 |
日本では、文学的な素養を作る方が大事だという人もいますが、私は理論的な読み方と両輪だと思うんです。ツイッターなどのSNSを見ていると『そんなこと書いてないよね?』『どうしたらその読み方になるのかな?』ということで批判されていることが多くて……。読解力はお互いの理解のために欠かせないことだと思います。読んで理解できないと、自分の考えを言葉にして伝えられませんから。
子どもを信じて、子どもの未来を作りすぎないことが求められる時代
「レールを引きすぎないこと、引こうとしないこと」
――ブレイディさんから、日本で子育て中の方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
ブレイディ:子どもがこれからどう生きていくかって親はすごく考えると思うんですよね。どうしても、レールを敷きたくなる。わが子が苦労しないように、できるだけこの子が健やかによりよく生きていけるようにと導きたくなると思います。そして、「それなりの学校に入れないと、そこで終わってしまう……!」みたいな。
でも、絶対にそんなことはないですから。一人ひとりの子どもの将来や、未来の社会なんて、私たちには想像できないんですよ。未来は若い世代、子どもたち一人ひとりが作っていくものであり、こうなってほしいと思っても絶対その通りにはなりません。テクノロジーもどんどん発達していくし、もう10年先どころか5年先も想像できない時代ですから。
もっと子どもを信じて、子どもの未来を作りすぎない、逆に、子ども自身が迷いながら出していく答えを信じることだと思います。
私たちは逆に子どもたちから学ぶくらいで、あまりレールを引きすぎないこと、引こうとしないこと。そして、何か子どもが失敗しても悲観しない、と心がける必要があると思います。
山本:このたびブレイディさんとお話ができて、自分の人生を切り拓いていくことの大切さを再確認しました。私たち公文としては、個人別教育による人材育成を通じて地球社会に貢献できるよう、一層努力してまいりたいと思いました。ありがとうございます。
【ブレイディみかこさんプロフィール】
保育士、ライター、コラムニスト。1965年福岡県生まれ。高校卒業後、音楽好きが高じて渡英を重ね、1996年から英国ブライトンに在住。最新刊『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)は、第73回毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース|本屋大賞、ノンフィクション本大賞などを受賞。
関連リンク THE BRADY BLOG (ブログ) 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ツイッター