Unlocking the potential within you ―― 学び続ける人のそばに

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Vol.599 2026.10.19

対談 公文式指導者×KUMON(前編)
~創始者の想い~

「英語の現状をどう考えますか」
指導者の声を聞き続けた創始者・公文公

公文式の創始者である故・公文公(くもん とおる)がわが子のために計算問題を手づくりしたことから始まった公文式。「この方法で、一人でも多くの子どもたちの可能性を伸ばしたい」と、人から人へ、街から街へと広がり、世界の国々に広がっています。そこには、創始者の想いを脈々と受け継ぎながら「目の前の子どもたちの可能性を引き出したい」と、よりよい指導法を追求し学び続ける指導者がいます。公文式勢田教室にて、指導歴45年の河野真理子先生とKUMON広報部長・景山の対談を行いました。前編では指導者と共によりよい指導法を追求し続けた創始者の想い、公文公の人となりを聞きました。

目次

    公文式 勢田教室 指導者
    河野 真理子(かわの まりこ)

    三重県出身。公文式指導者募集のダイレクトメールを読まれたご主人のお勧めで公文式を知り教室を開設。公文式英語教材や公文式英語専用のリスニング機器などの指導者モニターやヒアリングを通して公文式教材の進化に貢献してきた。創始者・公文公と直接親交があり、公文式英語教材・指導について創始者からも直接ヒアリングを受ける。指導者向け機関誌『やまびこ』に掲載された「公会長を囲む座談会『公文式語学教育の可能性をめぐって』」に登場。指導者対象の西日本集中研修「指導者講座」で指導者講師を務めた他、「教材指導フォーラム」での発表や「九州沖縄ゾーン集中研修」などでも講話を行う。指導者研究大会では分科会「中高生指導講座」にも登壇。香港での指導者向け講座やアメリカでの20周年記念式典へ参加してメッセージを伝えた。

    公文教育研究会 広報部長
    景山 忠男(かげやま ただお)

    1993年入社。国内教室事業に30年以上携わり、国内4地域でジェネラルマネージャー、リージョナルマネージャーを歴任後、2023年7月より現職。

    「すごく理にかなっている。この会社、絶対大きくなる」
    夫が見抜いた一通の封書

    広報部長 景山(以下、景山):今年で46年目ですね。長年教室での指導をありがとうございます。まずはKUMONの指導者になられたきっかけをお聞かせいただけますでしょうか。

    河野真理子先生(以下、河野):私と同年代の多くの先生方と同じく、指導者募集のダイレクトメールがきっかけでした。当時私は専業主婦だったので、土曜日は私が洗濯で忙しくしている間に夫が郵便を取りに行ってくれていたので、「中身を見て、不要な郵便物は捨てておいて」とお願いしていました。

    河野真理子先生

    あの日は郵便を取りに行った夫がすぐに戻ってきませんでした。しばらく経って戻ってきたときには、そのダイレクトメールの内容を夫が隅々まで読んでいて「これすごいなぁ」と言ったんです。「この会社ってなんだ? 聞いたこともないし、会社の名前も変わっているし。でもここに書かれていることはすごく理にかなっている」と言った夫の言葉を私は一生忘れません。

    夫は当時「この会社、絶対大きくなるよ」と言いました。私が「どうして?」と聞くと、「書かれていることが本当にその通りなんだよね」と。夫は数学好きなんです。それで夫から「一度、教室を見てきたら。わが子に学習させてみたいね」と言われました。当時うちの子たちは幼稚園や小学校低学年くらいで幼かったのですが「幼くても大丈夫なんじゃない」と言うので、近所に教室があるかなと思って探してみました。伊勢市にひとつ教室があって、その教室の生徒さんがとても優秀だという話を聞きました。

    公文式のことを当時は何も知りませんでしたので、システムのことも詳しく知りたいと思い、津市にあったKUMONの事務局に行ってみました。事前にお電話したときに「説明会だと人が多いですよ」とお聞きして、混んでいるときは避けてこっそり聞きたいなと思い一人で事務局を訪ねてみると、なんと、ものすごい段ボール箱の山。突然だったからか、奥の方から段ボール箱を掻き分けて社員の方が出てこられました(笑)。

    広報部長 景山

    景山:津事務局が開局したのは1979年8月でしたので、開局当初の頃だったのですね。

    河野:私は教員免許はもっていましたが、当時私の世代では専業主婦が当たり前の時代で私も家にいたかったので、指導者になりたいとは思っていなかったんです。「自分の子どもの学習のことでお聞きしたいんですが」と尋ねましたが、「今、お宅のご近所あたりには教室がまだないんですよ」と社員の方はおっしゃいました。そのことを主人に伝えたところ、「じゃあさ、ひとつ方法があるよ。自分が教室をやったらいいよ」と言われたのです。

    景山:ご主人の思い入れがすごいですね。公会長は、公文式教室の展開を通じて、多くの女性が指導者として活躍する機会を創出していかれましたよね。

    河野:その頃ちょうど、鳥羽市に住んでいるお友だちのお子さんの家庭教師をする約束をしていて、じゃあ公文式で学習を見てあげようかと思い、現在教室のある伊勢市ではなく隣の鳥羽市で最初の教室を開設しました。お友だちのお子さんとその近所の子たちとうちの子たち8名でのスタートでした。

    公会長との忘れられないひととき
    「英語の現状をどう考えますか」

    景山:河野先生は公会長と直接お話しされる機会も多かったかと思いますが、会長から学ばれたこと、会長の人となりについてお聞かせください。

    河野:公会長と初めてお会いしてから会長がお亡くなりになるまで15年ほどですけど、その間にお声がけいただいたことや、偶然お会いすることも度々ありました。一番初めは東京で会長講座があった時ですが、私は大学が東京でしたので、久しぶりに東京に行きたいと思い講座に行くことにしました。

    公会長

    講座の後に公会長から「ちょっとお話を聞きたい」とお声をかけていただきました。最寄駅まで歩きながらお話しすることになりました。公会長は開口一番「あのですね、今の公文式の英語の教材はですね…」と始まったのです。「今の英語の現状をどう考えますか」と。当時いろいろな試作教材が私の教室にも送られていました。英語教材の改善を模索しておられる時代だったかと思います。

    英語について公会長に聞かれるままにお答えしていきました。例えば「子どもたちは英語教材のあのお話が好きですよ」とか「高校生がよろこんで英語を学習しています」とか。会長は、教材が子どもたちにどのように受け止められているのかを確認したかったのだと思います。あとは英検の話もしました。当時の私の教室の英語生徒数がかなり多かったからかもしれません。夏の暑い日で、汗だくになりながら駅まで20分以上歩きました。

    あの時、会長の気さくなお人柄がとても印象に残りました。こんな暑さの中で歩いてでも、子どもたちが教材を解いた生の声というのを、かしこまったヒアリングでの場よりももっとフランクにお聞きになりたかったんでしょう。あの時公会長に同行されていた社員の方も、会長のお荷物も持っていたので汗だくになりながら歩いておられました。

    景山:公会長の人となりがとてもよく伝わってきますね。河野先生が公文式英語について実績もあり、見識もおありになるのでお聞きになりたかったんでしょうね。

    河野真理子先生

    河野:沖縄で会長講座があった時は前泊で行ったんですが、当日の朝偶然、公会長とお会いして、講座まではまだ時間があるのでお話ししましょうということになりました。「沖縄の離島の先生方は遠いので、公会長が来てくださるのを楽しみにしてらっしゃいますよね」と私が言うと、公会長は「そうなんですよね。沖縄の離島の先生方も本当に一生懸命指導の勉強をしてくれていて、私は本当に沖縄の先生方、とくに離島の先生方にも感謝しているんですよ」とおっしゃっていました。

    公会長は晩年は毎年のように沖縄に行かれていたそうですが、ご自身も戦争を経験しておられたので、沖縄の地で先生方が教室をやってくださっていることへの感謝の気持ちがとても深かったのではないかと思います。公会長は何としても「世界平和」にしていくためには子どもたちに賢くなってもらいたいとおっしゃっていましたから。

    景山:世界中に公文式学習経験者がいます。KUMONで学んだ子どもたちは、「私もKUMONをやっていました」というだけでもすぐにわかり合えたりしますよね。

    河野:私が指導者になった時にいただいた「指導者手帳」には既に「世界平和」と書かれていたように思います。その当時は「学習塾がなぜ世界平和?」と思いましたが、今60か国以上にKUMONが広がっているのを見ると、公会長は決しておおげさなことを言っていたわけではないんだと感じます。KUMONの魅力は賢い子に育てて「世界平和」を目指せるところだと、今なら言えます。

    ブラジルへの展開は
    感謝の気持ちから

    河野:公会長と空港で偶然お会いしたこともありました。「今日ブラジルに行くんです」とおっしゃって、「遠いから大変ですね」と私が言うと、「給油にも時間がかかりますしね」とおっしゃるので、「そこまでしてブラジルに行かれるのはどうしてですか」とお聞きしました。

    ブラジルで講演を行う公文公(1994年8月)
    ブラジルで講演を行う公文公(1994年8月)

    すると「だってですね、日本人が食べるものも食べられないようなときに、あれだけ大勢の人を自分の国に受け入れてくださったんですよ。これは僕からのささやかな感謝とお礼なんですよ」とおっしゃいました。

    景山:ブラジルへの展開は、日本の公文式教室が大きな成果をあげていることを知った関係者からの要請を受ける形で展開されました。1977年、KUMONの海外展開の歴史の中でも3番目という早い時期に行われています。公会長はお亡くなりになる前年にブラジルで講演を行っていました。来年には50周年を迎えますね。

    公会長は「ブラジルには多くの日本人移民を受け入れてもらった、その恩返しをしたい。そのために一人でも多くの現地の子どもたちにこのメソッドを提供したい」とおっしゃっていたそうです。公文式の海外展開は、マーケティング主導ではなく、このような想いと現地からの要望が一致することで進んできました。

    広報部長 景山

    公会長の著書『やってみよう』(くもん出版)で公会長は「採算がとれるかどうかということなど、当時は考えにも入りません。『頼まれれば越後からでも米搗(つ)き』と言いますが、頼まれればゆとりがあるかぎり、それに応えていこうというつもりだったのです」とふり返っておられます。

    河野:KUMONが事業としてこんなに大きく、海外に広がっていることに感無量ですね。あの時公会長は空港で「あと何回ブラジルに行けますかね…」ともおっしゃっていました。やはり高齢になってからは行くだけでも大変だったんじゃないかと思います。本当にすごい方だなとつくづく思います。

    景山:現地からの要望をいただき、一つひとつ展開国を広げていくなど、KUMONが60か国以上に展開していることを世間にお話しするとまだ驚かれることが多いですが、世界中の公文式学習経験者が社会に貢献していってくれることが公会長の望みでもありますね。後編では河野先生の教室での中高生への指導や卒業生との交流、英語教材への想いについて聞かせていただきます。(後編につづく)

    関連リンク 辻本雅史教授 中部大学副学長(前編)|KUMON now!学習経験者インタビュー/スペシャルインタビュー 公文式の原点① <個人別・能力別>|KUMON now! トピックス 公文式の原点② <自学自習>|KUMON now! トピックス 公文式の原点③ <可能性の追求>|KUMON now! トピックス 公文式の原点④ <家庭教育>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑤ <学年を越えて進む>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑥ <ちょうどの学習>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑦ <学習習慣>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑧ <低い出発点>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑨ <100点主義>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑩ <標準完成時間>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑪ <高校でできるようにする>|KUMON now! トピックス 公文式の原点⑫ <悪いのは子どもではない>|KUMON now! トピックス


     

     

    後編のインタビューから

    -英語の文章を読みこなせる力がつけば 勉強はもちろん、人生を豊かに過ごすための武器に
    -KUMONで計算の能力が「しみしみ(しみ込んでいる)」 中高生で受け継がれる継続の大切さ
    -心を育てる公文式 45年の種まきが地域の子どもたちのお役に立てば

    後編につづく

     

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