KUMONが海外で発展した要因は
「標準化」と「現地化」のバランス

「エデュ・ビジネスの国際展開」の代表的な企業としてKUMONに着目した私はKUMONにコンタクトを取り、2008年頃から、社員や指導者の方々を中心にお話を聞く機会をいただきました。そして2023年には、インドネシアとアメリカのKUMONを見学させてもらうことになりました。
インドネシアで現地の方向けの公文式教室が開設されたのは、アメリカでKUMONが注目を集め、知名度を高めた直後の1993年で、その後、教室数が増加していったと伺いました。インドネシアではテレビのコマーシャルなども継続的に放送されており、都市部でのKUMONの知名度は非常に高いと感じます。
インドネシアの公文式教室を見学して印象に残ったのは、学習の「方法」が標準化されていることでした。子どもが教室に入室して、自分の教材ファイルをとって、席に座って、教材を解いて、先生に提出して、採点してもらって、また解いて…という自学自習の方法は、事前に日本の公文式教室で見ていた学習の流れと同じでした。
また事前情報で、公文式学習法は、高校の数学教師であった創始者である公文公さんが、わが子の毅さんのために算数・数学教材を作成したことから始まったと伺っていました。インドネシアでも現地の社員や指導者の方々、さらには保護者が、「タケシは…」と話されたのを聞き、KUMONの誕生ストーリーが関係者の間で浸透していることに驚きました。社員や指導者向けの研修、オフィス内にあるKUMONの歴史を伝えるミュージアム、保護者向けのパンフレットなどを通して、こうした日本から発信されたKUMONの誕生ストーリーや学習法の特長、教材制作の意図が伝えられていました。
一方で、教室の雰囲気は日本の教室とは少し違いました。日本の教室は入退出含め、とても静かで、子どもたちは集中して学習しているのが一般的だと思います。しかしインドネシアでは、指導者やアシスタントの方々が子どもに話しかけたり、教材を解き終えた子どもが指導者とハイタッチするなど、なんとなく賑やかです。またいろいろな写真が飾られていて、どことなく教室がカラフルです。
インドネシアの社会では、ソーシャル・メディアがとても普及しています。公文式教室でも保護者が指導者にダイレクトメッセージを送って相談することもよくあり、保護者同士のチャットグループもあるそうです。また公共交通が日本のように便利でないため、多くの保護者が車やバイクで子どもを教室に送迎します。そうすると、学習が終わるまで待合室で待つことになるので、必然的に保護者と指導者が顔を合わせて話す機会が多いんです。そのせいか、保護者と指導者の関係がとても近いと感じます。インドネシアはおしゃべりする習慣があると言われていますが、そんな特徴が公文式教室でも見られたように思います。
外国企業が教育事業を行う際には、現地の特徴や背景を踏まえることがとても大切だと私は思っています。海外駐在を経験されたKUMONの社員にお話を伺った際、外国では「仕事をさせてもらっている」という感覚を大事にしていた、と話されていたことが印象に残っています。KUMONの場合、宣伝の仕方や、学習者や保護者の対応方法など、現地の社員や指導者に委ねることで、うまくその国に適応しようとしていると感じました。
もうひとつ印象的だったのは、現地の指導者たちが、子どもを任せたいと親に思わせるようなストーリーを多く語られていたことです。障害がある子どもの指導を、その子の家族と一緒に試行錯誤する指導者や、教室の卒業生と街中で会うのがモチベーションだと語る指導者、子どもに接する仕事がしたいと、大手企業に勤める社員から転職した指導者による語りです。
日本のやり方を押し付けるのではなく、「現地のやり方」と「標準化」をバランスよくブレンドしようと試行錯誤している。そんな姿勢が、KUMONが60を超える国と地域に国際展開することを支えた要因なのではないかと感じています。
相手の顔を見ての「声かけ」が
デジタル時代にはより重要に

日本教育史を専門とされる辻本雅史先生のご著書『「学び」の復権 : 模倣と習熟』の中で、公文式学習法について触れられています。辻本先生はこの本の中で、一人で教材を読み、反復して身につけるというKUMONの学び方は、日本で学校教育が普及する以前の学習文化にとても馴染みがあると紹介されています。
このように、日本では、KUMONは伝統的な学び方の延長線上にあると言えます。しかしインドネシアでは、KUMONを「新しい学び方」と受け取る方もいました。それは、学校では先生が黒板に書いたものを書き写すことが多く、「自分で解く」ことが少ないからだそうです。また一人で学習する態度と方法を身につけることは、生活での独り立ちの一歩と考え、子どもを自立させるための姿勢づくりとして捉えている指導者や保護者の方もいました。国や地域、人によって、同じKUMONというものの受け取り方が違うのは面白いですよね。
以前、国際協力機構(JICA)がアジアやアフリカなど15か国ほどの教育省の方々を研修員として日本に招き、研修を行いました。私はその研修をコーディネートする役割をしており、KUMONにもご協力いただきました。KUMONの社員の方に各地域での公文式教室の展開事例や各国政府などとの連携事例を紹介いただいたのですが、いろいろな国から来られた教育省の方々にとって、行政機関と民間企業との関係について考えるよい機会になったようです。「人と人の関係」をつくり、お互いの立場や視点を理解することは大事なことだと思います。
AIのようなデジタル技術が進化する現代において、教育の現場では、「人と人との関係」はとくに大切だと思います。コロナ禍を機にオンライン教育が広がりましたが、学習者ひとりだけではがんばりきれず、途中で挫折してしまうことも多いと聞きます。学習する意義を確認し、「もう少しだね」と声をかけてくれる保護者や先生、学んだことや相談事を共有できる友人などがまわりにいる。そんな環境が整っていないと、なかなか学習を続けることはできません。一見、すべての人に公平に開かれているように感じるオンライン教育ですが、学ぶ人がもつ「人と人との関係」の有無によって、むしろ格差を広げてしまう可能性もあります。
また「AIを使えば個人に合わせた教育ができる」とも言われますが、生成AIは英語圏のデータに頼る部分が多いため、AIを活用した教育は英語圏のスタンダードに基づいた教育に寄ってしまう可能性もあります。私は教育にはローカルな視点が大事だと思っているので、この点は留意しないといけないと感じています。
そう考えると、やはり教育の場においては、対面で顔を見ながら言葉を交わし、感情を受け止めるといった、人と人とのコミュニケーションと、生成AIの利用との適切なバランスを模索することが大切なのではないでしょうか。公文式学習法のひとつの特長として、辻本先生は学習者の周りの人たちは、学習者の意欲ややる気を高めることに注力すると指摘していますが、そうした周囲の関わりは、今後より大切になるかもしれませんね。
ニュートラルな視点で
実態に合った研究を続けていきたい

私は、「学び」とは「ものごとの見方」や「考えるための土台」をつくることだと思っています。とくに大学はそうした視点(見方、考え方)を養える場です。何かの製品やサービスをつくるときにも、考える「視点」が大事だと思います。経済的にはいいが、法律や政策との兼ね合いはどうか、社会的な受け止めはどうか、ほかの国や地域の文脈では不都合が生じないかなど、どれだけ多角的な視点をもってアプローチできるかが、その先につながります。そうした視点を多くもつためにも、いろいろな挑戦をし、学びを得ていくことが大事だと思います。
実は、私自身、かなり人生に迷いながらここまで来ました。就職先を決める時、大学院を決める時など…。とくに企業から大学に移る時はものすごく悩みましたが、「好きなことをやるのが一番後悔しないだろう」と最終的には考え、大学の研究者に転身しました。
研究を続けていく中ではつらいこともありますが、直感的に「あ、これ面白い」と思ったものは意外と続けられると実感しています。そして続けていくと、不思議と人とのご縁がつながります。
ですからみなさんも、自分の直感を信じて、好きなことを追求してほしいと思います。脇道にそれることもあるかもしれませんが、そうすることで直感は鍛えられていくものだと思います。「面白い」と感じたらトライしてみてください。失敗しても大丈夫です。私は失敗する中で、何が危ない、何が大丈夫ということを学んできた気がします。私の親は私が何をしていても止めず見守ってくれていました。保護者の方も、寛大な心でお子さんを信じて、好きなことをさせてあげてほしいと思います。
これからやりたいことは、まずエデュ・ビジネスに関する書籍を書くことです。今、原稿を準備しており、1年以内に出版することが目標です。そしてそれを元に、国際的な研究ネットワークを発展させたいと考えています。国際教育協力への民間企業の参入の賛成・反対といった二項対立的な考え方とは違う、関わる人、一人ひとりの視点を重視した調査に基づく、教育とビジネスの研究を、世界各地の研究者や実務者の方々と進めていきたいです。
研究の世界も複雑化しています。ソーシャル・メディアのデータ分析やYouTubeのような動画コンテンツの量的分析といった新しい研究手法が出てきたり、文系・理系という壁を越えた研究、さまざまな国や地域の研究者を巻き込んだ国際共同研究なども広がっています。ニュートラルな視点でさまざまなことに触れ、バランス感覚を養い、そしてチャレンジを今後も続けていきたいと思います。
https://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.90ba4d230af1f3dc520e17560c007669.html https://researchmap.jp/takamichiasakura 広島大学 教育開発国際協力研究センター長 吉田 和浩先生(前編)|KUMON now! 広島大学 教育開発国際協力研究センター長 吉田 和浩先生(後編)|KUMON now!
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前編のインタビューから -教育社会学の基礎と、グローバルに広がる教育研究の現場 |








