小さな砂粒に宿る
壮大な宇宙の記憶
私の仕事を端的に言えば、「ものを科学的に見る」ことです。とりわけ、肉眼では捉えられない微小な対象を高解像度の装置で観察し、そこに記録された情報を読み解くことにあります。
「見る」と言っても、その解像度によって見える世界は大きく異なります。肉眼で確認できるのは、主に形や色といった表層的な特徴まで。顕微鏡をのぞいて「こんなものまで見えるんだ!」と驚いた経験は、皆さんにもあるでしょう。
私は隕石や、そこに含まれる小さな鉱物を見ることが大好きです。一見するとただの砂粒にしか見えない物質の中にも、肉眼では捉えられない重要な情報が数多く含まれています。中には、太陽系誕生初期の状態を現在に伝えるものもあり、それらを丹念に分析することで、約46億年にわたる太陽系の歴史を解明する手がかりが得られます。この「ものを科学的に見る」というテーマは、私の研究の一貫した軸となっています。
現在所属しているのは、地球や海洋に関する研究を行うJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)という組織です。ここに移る前は、宇宙科学の分野に特化した研究に取り組んできましたので、一見、研究対象が大きく変わったように見えるかもしれません。しかし、これまで培ってきた分析技術や研究手法は分野を問わず応用可能です。実際に、現在携わっている海底堆積物中の微生物の分析でも、その有効性を実感しています。
私が専門とする超高解像度分析は、幅広い分野の研究を支える基盤的な技術であり、生物学に限らず、産業分野でも広く応用されています。例えば半導体の分野では、かつてはマイクロメートル単位だった製造技術が、現在はさらに千倍細かい、ナノメートル単位に達しています。こうした極微細構造を製造する技術は飛躍的に発展する一方で、製造したものの状態を精密に評価する手法は、必ずしも十分とは言えません。そのため、企業から問題の原因解析などの相談を受けることも多く、約7年前に産業界からの依頼を受けて共同研究を実施するシステムを高知コア研究所で立ち上げました。
興味深いのは、今まで気づけなかった、見えなかった、わからなかったものが、ふとした瞬間に気づけるようになり、見え、わかってくるという感覚があることです。私はこの感覚を「Hunch(ハンチ)」と読んでいます。直観や経験に基づく気づき、と言い換えてもよいでしょう。長年にわたり隕石をはじめとする多様な物質を観察してきた経験の積み重ねが、そうした「気づき」の感覚を支えています。
20世紀を代表する物理学者アルベルト・アインシュタインは、“It’s not that I’m so smart, it’s just that I stay with problems longer.”(私は特別に賢いわけではない。ただ問題に長く向き合っているだけだ)という言葉を残しています。私自身も、特別な能力があるというわけではなく、人より長くひとつのことと向き合い続けてきただけだと思っています。同じように経験を積めば、きっと誰もが同じようにできるでしょう。
その瞬間を逃したら二度と出会えない現象を見ることができたときや、自分だけがその一瞬を捉えることができたときの喜びは格別で、それはこの仕事の大きなやりがいです。
リュウグウの砂に挑む
チームで未知を解き明かす面白さ
NASA(アメリカ航空宇宙局)から日本に帰ってきた大きな理由のひとつが、小惑星リュウグウから持ち帰られた砂の分析です。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」は、地球から3億キロメートル以上離れたリュウグウへの着陸に成功し、2020年12月にリュウグウの砂を地球へ持ち帰りました。
この砂に含まれる水や有機物を調べることは、「地球上の水や有機物は小惑星や彗星によってもたらされたのではないか」という仮説に迫るための手がかりとなる可能性があります。リュウグウの砂の調査のために、早速国内外の大学や研究機関から多数の研究者が集められ、国際的な分析チームが編成されました。そのうちのひとつである「キュレーション高知チーム」のリーダーを務めたのが、私です。
リュウグウの砂が収められたカプセルが「はやぶさ2」から分離され、オーストラリアのウーメラ砂漠に帰還したとき、まず実感したのは「本当に戻ってきた!」という確かな手応えでした。その様子をオンラインでメンバーと一緒に見ていたため、「ここから本格的な研究が始まる」という期待をチーム全員で分かち合うことができたのは、印象的な経験でした。
その8日後JAXAによって、カプセルを守っていた頑丈なサンプルコンテナ(採取した宇宙の砂やガスを収納する真空密閉容器)が開かれ、実際に砂が確認された瞬間をオンライン中継で見たときは安堵感を覚えました。一方で、想定を上回る約5.4グラムの砂が回収されていたことが明らかになり、輸送容器の大きさや保管方法を見直す必要も生じました。課題はありましたが、このプロジェクトに向けて十分な準備を重ねてきたという自負をメンバー全員がもっており、どのような状況にもチームで対応できるという手応えがありました。
こうした挑戦の過程をまとめたのが、私が書いた『リュウグウの砂に挑む チームで小惑星のサンプルを分析』という本です。本書は第72回青少年読書感想文全国コンクール(中学校の部)の課題図書に選定されました。本の内容は自由に受け取っていただければと思いますが、読者にとくに伝えたいのは、「信頼できる仲間とともに大きな課題に挑む楽しさ」です。一人の突出した才能に依存するのではなく、多様な人材が力を持ち寄ることで、より大きな成果に結びつく――それがチームで研究することの本質だと考えています。
「高知チーム」には、日本、アメリカ、イギリス、フランスなど、複数の国と研究機関から研究者が参加しました。ちょうどコロナ禍だったため、議論は主に週1回のオンライン会議で行われました。立場に関わらず自由に意見を交わし、徹底的に議論を重ねる――そうしたフラットな関係性が、私たちのチームの強みでした。私自身も考えを積極的にメンバーと共有し、フィードバックを受けることで、議論を深めていきました。このような開かれたコミュニケーションが、最終的に学術的インパクトの高い成果につながったのだと感じています。
また研究の過程では、JAXAをはじめとする様々な機関との連携も欠かせませんでした。例えば、リュウグウの砂をいかに安全に輸送するかや、いかに変質させずに扱うかなど、多くの課題に対してチームで試行錯誤を重ねてきました。その具体的な取り組みについても、本書の中で詳しく紹介しています。
チームで研究を進めることの意義や面白さを感じていただくとともに、「サイエンスは面白い!」と思う人が一人でも増えてくれるとうれしいです。
「宇宙地球科学」との出会い
未知の領域から始まった研究人生
意外に思われるかもしれませんが、私は子どもの頃から科学が好きだったわけではありません。もともとは読書が好きで、そのきっかけを与えてくれたのが祖父でした。私は祖父の影響を強く受けて育ち、小学1年生の頃には、ローマ時代の英雄たちを描いた『プルターク英雄伝』を読んでいました。昭和初期に刊行された古い本だったため文体は難解で、内容は完全に理解できませんでしたが、活字に触れること自体を楽しんでいた記憶があります。祖父から言われ続けた「将来は博士か政治家になれ」という言葉も意識のどこかに残っていました。
一方で、ものの仕組みに対する興味も強く、ラジオなどを分解しては元に戻すというようなことをくり返していました。現在研究で使用しているナノシムス(高解像度高感度二次イオン質量分析装置)のような精密機器も、私は内部構造を理解しながらメンテナンスを行っており、かつての経験が現在の高度な装置の取り扱いにも生きていると感じています。またメーカーと連携する中で装置の改良や分析手法の開発に関わることもあり、装置への理解を深めながら研究を進めています。
高校卒業後に進学した東京理科大学では、新薬開発につながる基礎的な界面科学の研究に取り組み、その後、東京農工大学で蚕に関する研究に携わっていた頃には、企業への就職を考えていました。そんなときに転機となったのが、叔父から「学習院大学はどうだ」と言われて見つけた「宇宙地球科学」という研究分野の存在です。「宇宙を科学的に解き明かすとはどういうことなのだろう」と強く興味を引かれ、学習院大学大学院への進学を決意しました。
入試の面接では「宇宙人は存在すると思いますか」と問われ、戸惑いながらも、この分野の自由で刺激的な発想に魅力を感じました。入学後、指導教員から「隕石には太陽系初期の情報が記録されている。それを研究してみたら」と提案されたものの、当初はその意味を十分に理解できませんでした。論文を読んでも内容が腑に落ちず、まずは対象を徹底的に見ることから始めました。
当時は現在ほどデジタル技術が発達していなかったので、自分で撮影した電子顕微鏡写真を現像し、それらを壁一面に貼って観察を重ねていました。似たような特徴を持つ領域を見つけ、さらに詳細に調べる――そうした作業をくり返すうちに、論文で示された図と同じ特徴を発見し、そして述べられていた内容の妥当性を実感できるようになりました。これが、現在につながる研究の出発点でした。その後、より微細な領域を解析するために、シムス(二次イオン質量分析装置)の操作技術を習得し、分析手法の高度化に取り組むこととなりました。
ちなみに当時読んだ論文は今でも大切にしており、その執筆者と一昨年対面する機会を得たことは、研究人生の中でも印象深い出来事のひとつです。
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後編のインタビューから -言葉の壁を越えて アメリカで鍛えられた研究者としての基礎 後編へ続く(近日公開) |









