研究から社会実装まで
脳科学の可能性を無限に広げる
私がセンター長を務める、東北大学加齢医学研究所スマート・エイジングセンターは、「脳科学の可能性を無限に広げる」をモットーに、研究、臨床、企業との産学連携、そしてスタートアップ企業の立ち上げをしています。
スタートアップ企業とは、革新的なアイデアや技術をもって短期間で社会を変えることを目指す企業のこと。私たちは研究から社会実装まで一貫して手がけていますが、大学内でこうしたことを行っている組織は日本ではかなり限られていると思います。
研究の柱は大きくふたつ。ひとつは、脳の画像などの大規模データベースを作成し、それを元に、脳の発達や加齢はどのように起きるのか、また何をすることが将来の認知症リスクを下げるのかについて明らかにするというものです。脳のMRI画像や生活習慣の記録のほか、考えたり判断したり記憶したりする機能である認知機能の検査データ、血液の遺伝子情報などを集めて研究しています。
もうひとつは「生活習慣への介入研究」です。運動、食生活、趣味活動、コミュニケーションといった様々な生活習慣が、脳にどう影響するのかを探るというものです。例えば、運動やその他の活動を半年間行った人たちと行わなかった人たちを比較し、それらの行動が、認知機能や主観的な幸福感、自己肯定感といった心理指標に与える影響について、仮説を立て、検証しています。
また介入研究では認知機能検査やアンケートのほか、必要に応じてMRIや採血、便の腸内細菌などのデータを取ることもあります。介入研究は時間やコストがかかり、ひとつ行うのも大変ですが、私たちは年間で7つほどのプロジェクトを走らせています。研究室メンバーは現在60名を超えていて、日本でも有数の巨大な研究室だと思います。
私は好奇心が旺盛すぎて、いろんなことをやりたいタイプ。自分がわくわくしながら研究していると、そこに素晴らしい仲間たちが集まるようになり、チームができて、さらに加速度的に研究が進むようになりました。
私がとくに面白さを感じるのは、研究成果を社会実装することです。脳をAIで解析するサービスを提供する株式会社CogSmart(コグスマート)を創業したのもその一例です。私はその会社のCSO(Chief Scientific Officer=最高科学責任者)を務めています。
脳には記憶をつかさどる「海馬」という部位があり、詳細な画像解析を行うことで、海馬の萎縮の程度から将来の認知症リスクが高いかどうかを評価できます。今まではその解析に数時間かかっていましたが、 私たちはAI を用いることで、数十秒で解析できる仕組みをつくりました。現在では、脳ドックのオプションなどとして、全国約150の医療機関で利用されています。
また「とわらぼ」というデジタルアートスクールも手がけています。もともとは運動が好きではない人向けに、芸術を使って脳の健康維持ができないかという発想から生まれたもので、タブレットを用いてデジタルアート作品を描くという取り組みです。
ペンタブレットメーカーとの共同研究では、この活動を半年行うと、絵が上手になるだけでなく、絵を描くことや他者との交流を通じて、認知機能や幸福感が高まる可能性があることがわかりました。株式会社 TOWALab(とわらぼ)はこの研究に参加した被験者さんたちの「続けてほしい」という声から、メーカーと共同で立ち上げた大学発スタートアップ企業です。
このサービスのよい点は、タブレットのペン先を通じてデータを収集・解析して、脳の研究にも貢献できるところです。
子どもの脳の発達を研究
「寝る子の脳は育つ」も明らかに
最近ではGoogleから多額の助成金をいただき、「昔の通学路再現プロジェクト」も立ち上げました。実装はこれからですが、Googleの技術を使い、通学路など昔の街の風景をデジタル空間上に再現して、認知症の予防に役立てるというものです。
子ども時代を懐かしむノスタルジー体験は、「人と人との温かいつながり」を想起させるのですが、その「心地よさ」が、脳の健康維持に影響することがわかってきているのです。そこで、とくに通学路には思い出が詰まっていると考え、まず私自身の故郷の通学路を再現し始めたところです。
社会実装で難しいのは、研究で得た技術やアイデアを、どう世の中の欲求や課題と組み合わせるかということです。例えば、すでに病気の方は当然「治療したい」という欲求がありますが、健康な方は今困っていないため、健康への意識が薄くなりがちです。そういう方々にも行動変容を起こしてもらいたい。そんな思いで様々なプロジェクトを進めています。
私が今こうして研究を推進する立場にいる背景には、2008年に公文教育研究会によって設立された、東北大学の寄付研究部門の存在があります。当時私は准教授でしたが、恩師である川島隆太先生から声をかけられ、寄付研究部門の立ち上げに関わりました。
その時の研究内容は、子どもの脳の発達を明らかにするというもの。川島先生から自由と責任を与えられた私たちは、脳のMRI撮影や認知機能検査、親子関係などのアンケート調査を行い、情報を蓄積していきました。この研究により、子どもの脳に関する様々なことが明らかになりました。
例えば、子どもはしっかり寝ることで、記憶をつかさどる海馬が発達し、脳が育つということ。「寝る子の脳は育つ」のです。ほかにも、朝食の主食は菓子パンのような甘いものではなく、お米、もっといえば玄米がいいことや、虐待された子の脳は発達が遅れてしまうこと、親子関係が良好だと脳の発達も進むことなど、いろいろなことがわかりました。
この研究により、私たちはたくさんの論文を書くことができ、多くの反響もいただきました。
「美」がエンジンとなり「好奇心」に
理学部卒業と同時に医学部へ入学
私は北海道の旭川という、自然がとても豊かな地でのびのびと育ちました。幼少期から昆虫採集が大好きで、とくに蝶の美しさに心ひかれていました。また、趣味で絵を描いていた母の影響で美術に触れることも多かった私は、次第に「美が心を揺さぶる」と感じるようになりました。そこからは「美」への関心がエンジンとなって、いろいろなことへの興味が広がったのです。
中学時代は、自由研究で展翅(てんし=蝶の羽を広げて標本にする技法)を行い、図鑑のように羽根をきれいに整えた蝶の標本を10箱以上つくるなど、好奇心のおもむくままにいろいろなことを徹底して取り組みました。そんな私に両親は口を出すことなく、好きなことを好きなようにやらせてくれました。
「美」を追求していくと、勉強も面白くなっていきます。天体望遠鏡で土星を見れば「きれいだな、どうなっているのかな」と思って調べたり、谷崎潤一郎の文章の美しさにひかれて読書に没頭したり。音楽にも調べの美しさがありますし、微分積分の問題も、図形的な美しさを意識して解くと、短時間でエレガントに解けるのです。
好きなカモノハシの絵とともに
自分は不器用だし、今でも頭がいいとは思っていませんが、自分ができることはこつこつ積み重ねることだと考えて、人一倍努力はしました。それに加えて、いろいろなことに興味をもって追求していったからか、学業にもつながったように思います。
大学では大好きな蝶の研究をしたかったので、理学部の生物学科に進学しました。ところが在学中に、私をとてもかわいがってくれていた祖母が認知症になってしまったんです。そこから「認知症はなぜ起きるのか。どうやったら抑えられるのか」と、認知症のメカニズムへの関心が高まりました。それが現在の道に進むきっかけです。
理学部4年生の春に「医者になろう」と決めて、それから約半年間、医学部の受験のために、数学や歴史、古典等が得意な多くの友だちの力を借りて猛勉強しました。そして合格。理学部卒業と同時に医学部に入学しました。協力してくれた友だちには、お寿司をご馳走するなど恩返しは十分にしました(笑)。
研究と共に手掛けているビジネスも、やはり好奇心が元になっています。自然科学をやってきた自分が政治経済を学ぼうと思った時に考えついたのが、自分で会社をつくることでした。それが後のスタートアップ企業の立ち上げにつながりました。これもまた、研究成果をどのように社会実装し、ビジネスモデルを構築するかという好奇心に基づいたものです。
自分の疑問に対し、「どんなに苦労しても解決したい」と思うことこそが好奇心の本質だと思いますが、私の場合は「美」の追求がエンジンとなって好奇心が拡がり、行動力につながっています。
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後編のインタビューから -「くり返し」「こつこつ」は 「自己効力感」を高める 後編へ続く(近日公開) |








