言葉の壁を越えて
アメリカで鍛えられた研究者としての基礎
大学院修了後は国内の大学で研究活動を行っていましたが、シムス(二次イオン質量分析装置)を使いこなせる研究者として評価を受け、米国アリゾナ大学で研究に従事する機会を得ました。これが最初の渡米です。
研究を進める上で英語は不可欠であり、日本にいる間も一定の準備はしていました。しかし実際に現地に行ってみると、日常会話ですら思うように通じず、生活面でも多くの苦労を経験しました。ガソリンの入れ方すらわからない、家を借りても電気や水道の契約方法が理解できない――当時は現在のように翻訳アプリもなかったため、一つひとつ手探りで困難を乗り越えていく必要がありました。英和・和英辞書など引く暇もなく会話せねばならない日々が続きました。それでも周囲の人々の助けに支えられ、少しずつ環境に適応していきました。
研究室でも、当初の語学力は十分とは言えませんでした。週の前半は土日を挟むため英語を忘れてしまっているし、また週の後半になると聞き取る方も疲労が重なり、会話が滞ってしまうこともあったため、「モトオと英語で議論するのは週の半ばだけだな」と冗談交じりに言われたほどです。ただ、そうした環境に身を置いたことで、結果的に英語力だけでなく、海外で研究を進めるための精神的な強さも養われたと感じています。
二度目の渡米はNASA(アメリカ航空宇宙局)のプロジェクトに関わった時でした。彗星探査機「スターダスト」が持ち帰った試料を分析する「スターダスト・ミッション」に参加し、再びアメリカで研究を行うことになりました。この頃になると、「英語が完璧に話せなくても研究はできる」と気持ちの整理がついており、必要以上に構えることなく、現地での活動に臨めるようになっていました。かつて会話の場では発言できずに終わることも多かったのですが、次第に自分の考えを英語で伝えられるようになり、コミュニケーションへの抵抗も薄れていきました。
こうした経験を踏まえて、外国語で円滑にコミュニケーションを取るために重要だと感じている点がふたつあります。第一に、幅広い知識と多様な関心をもつことです。私は幼い頃から読書を通じて歴史や国ごとの風土、様々な歴史上の人物に親しんできましたが、異なる文化や社会に関する知識は会話のきっかけを生み出します。とくに相手の国の歴史的背景や食生活を知っていることはとても重要で、対話の深まりにつながると実感しています。
第二に、話の構成を意識することです。いわゆる「起承転結」を踏まえて論理的な構成で伝えることで、相手にとって理解しやすい話し方になります。この力は国語の能力です。この力が乏しいと、いくら英語の勉強をがんばっても会話は弾みません。また、適切な丁寧表現や相づちのような基本的なコミュニケーション技術も、相手に良い印象を与える上では欠かせません。笑うこともすごく重要です。
アリゾナ大学での研究生活では、思うような成果が得られずに悩む時期もありました。しかしそんなときは、サボテンを見に行ったり、長距離ドライブをして気分転換をしていました。それと掃除もよくしていましたね。ある心理学者と話をした時、研究者は掃除が好きだという話になりました。「研究は結果が見えるまで時間がかかるが、掃除はすぐに成果が実感できる。研究者はその両者のバランスで心を保っている」と教えられ、納得したことを覚えています。
フラットな組織が生む力
「諦めない」姿勢で切り拓く研究
スターダスト・ミッションへの参加を経て、アメリカで研究を継続する選択肢もありましたが、小惑星リュウグウの試料分析に関わる機会を得たことから帰国を決めました。そして「キュレーション高知チーム」のリーダーとして国内外の研究者とともに研究を進めることになり、今に至ります。
チーム運営において大きな影響を受けたのは、NASAのスターダスト・ミッションでチームを率いていたケビン・マッキーガン氏(UCLA)の姿勢です。彼の、大らかでフラットな組織づくりを重視する姿勢から、多くを学びました。
まず、評価の仕組みが実に公平でした。上司が部下を評価するだけでなく、部下も上司を評価する。課題点を指摘しつつ、長所を伸ばす方向でフィードバックを行う。思想や英語の話し方などの個人の背景ではなく、成果や取り組みに基づいて評価する姿勢が徹底されていました。こうした経験は、「キュレーション高知チーム」の運営にも生かされています。
また、情報共有の徹底も彼から得た重要な学びのひとつです。組織によっては管理階層によって情報の伝達に差が生じることがありますが、私はチーム内で情報格差をつくらないことを意識しています。自分だけが参加した会議の内容でも可能な限り速やかに共有し、全員が同じ情報のもとに判断できる環境を整えました。
とくに短期間でのプロジェクト研究においては個人の能力だけでなく、組織としての力をいかに発揮するかが重要です。個々の成果ももちろん大切ですが、部門や研究機関全体としての価値を高めることが、より大きなプロジェクトや資金獲得につながります。複数の専門性をもつ人材が協働することで、新たな研究の広がりが生まれる点も大きな利点です。こうした考え方は、研究に限らず、学校や部活動などのチームづくりにも通じるものでしょう。
私自身が研究に向き合う上で大切にしてきたのは、諦めずにとにかく進むこと。「諦める」という言葉は、私の辞書にはありません。学部時代の専攻とは異なる分野の宇宙科学を学び始めた時も、英語が通じずに苦労した時も、戸惑うことばかりでしたが、学びの過程では「今わからないこと」があるのは当然です。大切なのは、そこで立ち止まるのではなく、前に進み続けることです。チームで諦めずにリュウグウの砂に挑んだからこそ、生命の起源の謎を解き明かす重要な手がかりを発見することができたのです。
研究も同様に、結果がすぐに見えるとは限りませんし、後から仮説が間違っていたと判明することもあります。しかしそれは、ひとつの可能性が検証され、たくさんある仮説の中からそのひとつが消えたということであり、科学は確実に前進しています。あとは楽しむことも大切ですね、楽しそうに取り組んでいる人のところには人も集まってきます。
小惑星の天然資源を分析し
人類に貢献したい
子どもたちには、「昨日より一歩前に進むこと」を大切にしてほしいと伝えたいですね。ゆっくりでもいいです。たとえすぐに理解できなくても、立ち止まらずに前へ進み続けてほしいです。
一方で、保護者の立場から考えると、子どもにどのような言葉をかければよいかは難しい問題です。ただ、保護者がサポートできる時期に、できるだけいろんな経験をさせてあげるといいかもしれません。私自身も機会があれば、子どもを研究の現場に触れさせたいと思っています。また、基本的な生活習慣を整え、健康を支えることも非常に重要です。そうした土台があれば、成長の可能性は大きく広がります。
私の夢は、好きなアニメ「ガンダム」シリーズに登場する「アナハイム・エレクトロニクス社」のような、月と地球に拠点を持つ企業を実現することです。月に基地をつくりたいのですが、さすがに私が生きているうちは難しいでしょう。ただ、その前段階として、現実的にできることがあります。小惑星に存在する天然資源を分析することです。
小惑星には多様な天然資源が存在します。小惑星からの試料や隕石を分析することで、どのような元素がどの程度存在するのかが明らかになります。例えば、特定の元素が豊富な小惑星は、ロケット燃料の補給源として活用できる可能性があります。また、金属資源を多く含む小惑星であれば、製造業などへの利用が期待できるかもしれません。
このような研究を進めることで、その先に様々な応用の可能性が見えてきます。さらに、ひとつの可能性から、多くの人が関わることによってより多くのアイデアが生まれ、そしてベンチャー企業や新たな組織が生まれ、新産業の創出につながる可能性もあります。小惑星を科学的に評価することは、私たちの研究分野が社会に貢献できる大きな強みなのです。
小惑星は数多く存在しますが、それらの小惑星に到達するための技術は、現時点では十分に確立されているとは言えません。加えて、小惑星に含まれるどの資源がどのように重要であるかを体系的に評価する仕組みも、まだ十分に整備されていません。そうした評価手法を確立することが、次の私の研究テーマです。
評価の結果、それらの小惑星や月で資源が活用できるようになれば、人類の居住範囲が広がり、より持続的で豊かな社会の実現につながる可能性があります。私はそのような未来に貢献したいと考えています。
もうひとつの夢は、「やりたい」という意欲をもつ人が自然と集まる研究環境をつくることです。現在も「高知チーム」には海外からの学生やポスドクが研究に参加しており、今後も多様な国からの研究者を積極的に受け入れていきたいと考えています。こうした人たちが集まることで、新しい発想や研究成果が生まれると期待しています。
研究でも人生でも、大切なのは大きな夢をもち、着実に前進し続けることです。皆さんもぜひ、自分の夢に向かって一歩ずつ進んでいってください。
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前編のインタビューから -小さな砂粒に宿る 壮大な宇宙の記憶 |








