「貧困の再生産」のメカニズムを打破したい
私は現在、跡見学園女子大学の学長を務めていますが、もともとの専門は組織論です。研究のスタートは東ヨーロッパ諸国の工場制度や生活研究で、大学院生の時にユーゴスラビアの大学に留学しました。当時は社会主義国の制度上の問題が表面化しつつありましたが、その制度の中で人々はどういう生活をし、工場の中ではどうなっているのか、意思決定はどうなされるのかといったことに興味があったのです。その国の言葉を勉強して、その国に住んでヒアリングするという調査スタイルを大切にしていました。
その後、今から17~8年前にバングラデシュのグラミン銀行の創設者であるモハマド・ユヌス博士や、同国のNGOであるBRACのアベド総裁と知り合えたことから、貧しい女性の自立支援のプロジェクトに関わるようになりました。そしてここ10数年来は、ミャンマーやバングラデシュで、学校に行けない子どもたちの教育支援活動をしています。
ミャンマーに関わるようになったのは、立教大学の教員時代、大学院の教え子がミャンマーの寺子屋制度を修士論文のテーマにするということで、彼女に同行してミャンマーに行ったことがきっかけでした。現地で寺子屋制度を見て興味を持ち、支援するようになりました。そのプロセスで、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン教授が指摘している「教育の欠如と貧困の再生産」の問題がとても重要だということがよくわかってきました。
つまり、親が貧しいと子どもは初等教育が受けられず、読み、書き、計算ができないまま大人になってしまう。その後、就職先を探そうにも社会の最底辺の仕事しか見つからない。結婚して子どもができても貧しいから学校に行かせられない ――そうして貧困が親から子に引き継がれ、再生産されるわけです。
私たちの貧困支援は、貧困の現状に対してお金、物を投入して事態を改善しようとすることが中心でした。つまり、貧困が再生産されるメカニズムについては十分な配慮がなされてこなかったように思います。したがって、寺子屋支援など学校にいけない子どもたちを支援すれば、貧困の再生産のメカニズムが少しでも解決できるのではと思い、募金を集め企業の協力を得て、校舎を建てるなどの活動をしてきました。
理念のある企業と協働することで社会課題が解決できる
しかし、学校に行けない子どもたちの支援も、チャリティやボランティアに頼るだけですと、プロジェクトの持続性が欠け、費用対効果もよくありません。ユヌス博士やアベド総裁とは、「ソーシャルビジネスを前面に出し、そこに企業に参加してもらって社会問題を解決しよう」という話はいつも伺っていました。
ソーシャルビジネスとは、社会が抱えている問題をビジネスの手法を通して解決すること、そして、収益をあげる活動も同時に行うことで持続性を確保できる、ということが特徴です。企業にはヒト・カネ・モノがあり、それらを活用したソーシャルビジネスは、各国が抱えている貧困・教育・環境・医療・福祉などの社会課題を解決できる方法のひとつとして有効です。もちろん社会問題の解決は、政府が税金で社会政策として対応することが大事ですが、国が財政難のこともあり、また、個人の細かいところまで手が届きにくいのが現実です。そこで、*「グラミン・ダノン」プロジェクト以降、ソーシャルビジネスという考え方が注目されるようになりました。
アベド総裁と話していた際に、「教育についてしっかりした理念と方法論を持った企業と協働したい」ということで、来日した際に公文教育研究会にコンタクトをとって、2013年に対談の場を設けました。
なぜKUMONかというと、KUMONの教育事業を支えるふたつの考え方に、私がひかれたからです。ひとつは、自分で苦労して答えを見出した喜びを知っている子は大きく伸びる可能性があるということ。もうひとつは、学ぶ喜びを知り自分で勉強する習慣がついた子はもっと伸びるということです。このふたつは、自学自習の背後にある考え方で、どんな子にも通じる普遍的な原理です。KUMONはそれを導くためのメソッドを、教材と指導法の中に作り上げていると思ったからです。
KUMONとBRACの協働へのプロセスは、簡単な道のりではありませんでした。双方の理念や利害を調整し、未来への可能性を語り合う必要があるからです。KUMONにとっても世界的なステータスのあるNGOと組むことは、教育を通じた社会貢献であり、BRACのネットワークを生かして、新しいイスラム諸国やアフリカ地域に進出できる可能性もあります。「本業に根ざした社会貢献がビジネスの新しい可能性を切り開く」、というソーシャルビジネスが持つ可能性を、このプロジェクトが持っているということです。
*「グラミン・ダノン」プロジェクト――グラミン銀行と世界的総合食品メーカーであるダノングループが、バングラデシュの子ども達の栄養失調を減らすために微量栄養素を添加したヨーグルトを製造し、マイクロクレジット等を利用して販売したりする協働事業。
ロマの女性たちが自立を可能にしたシステム
ソーシャルビジネスに関心を持つようになったのには、いくつかのきっかけがありました。お伝えしたように、私は東ヨーロッパ研究からスタートしましたが、この分野では研究職につきにくいことがわかりましたので、就職用に経営や組織論の研究をし、その業績で立教大学に就職ができました。立教大学に勤められたのはいいのですが、本来の研究分野と大学で教えている分野とが一致せず、「自分の研究は、一体何なのか」というアイデンティティクライシスみたいなものがいつも心の中にありました。そのような時に、歴史的事件や社会的活動への話がありました。
ひとつは、1989年8月にポーランドで連帯運動が勝利して社会主義体制が崩壊し、東欧の社会主義国が市場経済を導入しなければならなくなったことです。社会主義の研究者は数多くいます。また経営や組織の研究者も多くいます。しかし、両方の分野を研究している人は限られており、私のキャリアや研究が生きる可能性が生まれてきました。
もうひとつのきっかけは、1995年頃だったと思いますが、アメリカのフォード財団や日本の財団などが中心となり、中部ヨーロッパの国々(ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー)が再び社会主義に戻らないように、草の根のNGOやNPOをサポートする国際的な動きがあり、私は日本サイドの委員会の責任者に就任することになりました。このことがきっかけで、中部ヨーロッパの国々のNGOの支援事業に関わるようになりました。
あるとき、少数民族であるロマの女性たちの自立支援のプロジェクトの仕事で、ハンガリーに行きました。ハンガリーのNGOでは、無担保で少額のお金を女性たちに貸し、それを元手に小さな事業を始めさせるという「マイクロクレジット」による経済的自立の支援プロジェクトを行っていました。ロマの女性たちの家にも行きましたが、彼女たちから、「最近、夫に殴られなくなった」という言葉を聞きました。その意味はわかっていましたが、あえて私は「それはなぜですか」と聞きました。そのときに、「私たちが経済的な力を持ったからではないでしょうか」という答えを聞き、私は改めて大きな衝撃を受けました。どんな素晴らしい法律や憲法が男女平等を宣言しても、インドやバングラデシュ、そしてハンガリーのロマの女性たちの現実は変わらないのに、女性が自立してお金を稼ぐようになると、こんなにも短期間で状況は変わるのだ、ということがわかった瞬間でした。
「マイクロクレジット」は、NGOから女性たちが5人で連帯保証することによって無担保でお金を借り、そのお金を使ってスモールビジネスを組織して自立を目指すというシステムです。金融システムの外にある人たちが、お互いに助け合うシステムとして、頼母子講などを発展させてきているケースはわが国にもあります。「マイクロクレジット」の場合では、NGOが貧困対策と女性の自立支援の分野においてこの手法を用いて、一定の成果を上げているということに気がつきました。
フォード財団のスタッフから、グラミン銀行のユヌス博士やBRACのアベド総裁が提唱しているシステムであると教えていただきました。双方の方と交流のあるバングラデシュ人研究者を通じて連絡がとれたことが、今日までの交流につながりました。当時勤務していた立教大学で講演してくれるようお願いしておりましたが、2006年にユヌス博士がノーベル平和賞を受賞して脚光を浴びた翌年の2007年に約束通り来てくださり、名誉博士号の授与式も執り行いました。翌年にはBRACのアベド総裁も立教大学に来てくださり、同じく名誉博士号の授与式も執り行うことができました。そういう経緯でお二人と接点ができたことが、今の私の活動、とりわけKUMONとBRACとのソーシャルビジネスの締結の際の橋渡しのような仕事ににつながっていったものと思います。
関連リンク 跡見学園女子大学 貧困層の子どもたちへ持続的な教育支援を目指して|KUMON now!
後編のインタビューから -「型」から入ることの大切さとは? |
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