読み聞かせは「豊かな心を育てる」ことを脳科学的に実証

東京都の研究所のあと日本大学へ移り、さらにアメリカの大学へ留学し、「行動と脳の関係」の研究を霊長類でしていたのですが、留学から帰ってすぐ東北大学の川島隆太先生と知り合いになりました。そのとき川島先生は人の脳活動を計測する脳機能イメージングの最先端技術を留学先から日本に持ち帰ってこられたところでした。そのおかげで、日本ではまだほとんど行われていなかった脳機能イメージング研究を川島先生と一緒に始めることができました。これも、めぐり合わせ、いいタイミングとしか言いようがありません。2002年に仙台でHuman Brain Mappingという国際学会を開催したのは懐かしい思い出です。
脳機能イメージング研究を始めた結果、研究の幅が社会的な領域にまで広がりました。川島先生と一緒に高齢者対象の「学習療法」の立ち上げに関われたのもそうですし、心理学の先生方や公文との共同研究でもある「読み聞かせと脳の関わり」の研究もそうです。
読み聞かせについては、昔から「聞く力が養われる」「賢い子が育つ」などと言われてきましたが、科学的になぜなのかは検証されていませんでした。そこで、脳科学的に確かめようということで、研究が始まりました。
心理学の世界では「賢い子が育つ」といわれてきた読み聞かせですから、仮説では、「思考・記憶・創造などを司る前頭前野という部分が活動しているのでは?」と考えていました。しかし、子どもの頭にNIRS(近赤外線分光装置)という機器をつけて脳の働きを見たところ、前頭前野に活動は見られませんでした。
仮説は残念ながら崩れたのですが、こんどはfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)という機器で調べてみると、大脳辺縁系と呼ばれる部分が活動していることがわかりました。この部分は、喜怒哀楽など心の動きや情動を司ります。そのため、僕はわかりやすく「心の脳」といっています。読み聞かせによって、「心の脳」が発達し、子どもは豊かな感情を育むことができる――そんな結果を導き出しました。
この結果は、公文式教室の先生方や図書館などで読み聞かせを実践している人たちに、大きな共感をもって受け入れてもらえました。読み聞かせしている人たちは、「自分がしている読み聞かせという行為は“知育”とか“本好きな子に育てよう”という方向性とは何か違う」という思いを持っておられたようです。それが、「子どもの“心の脳”に働きかけている」という解釈を聞いて、「スッと腑に落ちました」と納得されたのです。
このように、読み聞かせが脳のどの部分に働きかけているかを調べることで、どんな効果を生み出しているのか解明できたわけです。その後、「歌いかけ」も読み聞かせと同様に「心の脳」を活動させるということがわかりました。こうした科学的な立証もさることながら、子どもの顔を見つめながら歌ってあげたり、心を込めて語りかけたりすることが、子どもたちの心の安定につながっているのは間違いありません。親も子どもをよく見るようになり、コミュニケーションが深まります。読み聞かせや歌いかけは、親子の絆をしっかり育むのです。