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Vol.006 2014.02.28

脳科学者 川島隆太先生

<後編>

学びの本質は、
過去を知って未来につなぐこと
子どもたちに伝えたい
をかなえるための4つの約束

東北大学教授 医学博士

川島 隆太 (かわしま りゅうた)

1959年生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了。スウェーデン・カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学助手、講師を経て、同大学加齢医学研究所・教授。

謎多き人間の脳について、見る・聞く・話す、さらに記憶・学習・手を動かすなど、どんな活動で、脳のどこが働くかを画像を使って調べる「ブレインイメージング研究」の日本における第一人者、川島隆太先生。『脳を鍛える大人のドリルシリーズ』の刊行や認知症高齢者への「学習療法」の実践などにより、研究成果を広く社会に還元しています。一方で、現代の社会環境は「子どもの脳の発達によくない」とも。脳科学者の視点から「脳」と「学び」の関係に迫ります。

目次

    「ちょうどのむずかしさ」をくり返すと能力は伸びる

    川島隆太先生

    認知症の高齢者に「読み書き計算」を続けてもらうことで症状が回復する――これが普遍的に応用できれば、医療の常識も福祉の世界も変える大事件です。僕は本当は、子どもたちがより健やかに育つために我々は何をすればいいのか、ということをしっかり研究したいのですが、偶然にも社会的に大事なことを見つけてしまったので、現在もこの研究と学習療法の普及という実践活動を続けています。

    並行して、大学生や動物を対象に基礎的な脳の研究を進めてきたところ、寺子屋の時代から脈々と続く「読み書きそろばん」が、脳科学的にも理にかなっていることがわかってきました。見えてきたのは、人間は「作動記憶(ワーキングメモリー)」という記憶力を積極的に使うことによって、脳の機能がどんどん良くなる、ということです。

    作動記憶は日常的に使っている記憶力のひとつですが、残念なことに容量が小さい。しかし、「トレーニング」すれば、記憶力が伸びるだけでなく、脳の「前頭前野」という人間らしい心の働きを支えている一番大切な部分の体積が、増えていくことを発見しました。

    子どもたちが「読み書き計算」を「ちょうどのむずかしさ」で継続して行うことは、まさに「トレーニング」そのものだったのです。その意味で、一人ひとりに「ちょうど」の学習を提供している公文式学習は、脳をトレーニングするのに効果的な学習方法といえるでしょう。

    作動記憶は日々使っていますが、「ちょうどのむずかしさ」がポイントです。そうするには道具がいるし、「ながら作業」ではなく、意識しないとできません。多くの人が年齢とともに脳の機能が低下してしまうのは、意識してトレーニングしていないからです。脳には自然に発達する時期がありますが、高齢になると機能が低下していきます。けれども、トレーニングを続けていれば機能低下は防ぐことができます。

    現代は子どもを育むには最悪の社会環境

    川島隆太先生

    子どもたちを取り巻く環境が、子どもたちの成長や脳の発達にどう影響を与えるかという研究も、僕たちは10年近く前から行っています。見えてきたのは、残念ながら「現代の生活事情や社会環境は子どもを育むためには最悪」ということです。

    何がよくないかというと、第一に睡眠時間や食事など基本的な生活習慣に関してです。僕らの研究では、子どもの睡眠時間が短い場合、脳のなかで新しい記憶を司る「海馬」という部分の発達がわるくなることが実証されています。朝食にコメとおかずをしっかり食べないと、脳の発達がわるくなることがデータではっきりわかってきました。

    第二は、子どものメディアとの接触時間です。これについては、子どもたちを健康診断などで日常的に診ている小児科医たちが、「何かおかしい」と以前から警鐘を鳴らしてきました。僕らの研究でも、テレビを観る時間が長いと脳の発達がわるくなり、脳機能が下がることが科学的に実証されました。携帯電話やゲーム機の長時間の使用も同じです。

    今とくに気になるのが、スマートフォン(以下「スマホ」)の使用が際限なく広がっていることです。授乳中のお母さんが、赤ちゃんの顔を見ずにスマホばかり見ていると、赤ちゃんは感情を表現できなくなり、社会の一員として生きるのが苦手になってしまうのではないかと問題視されています。

    さらに、リアルタイムコミュニケーションアプリを子どもたちが自由に使えるようになったことで、「止めどき」がわからず睡眠の時間も短くなり、質も低下してしまい、生活の質全般を落としているという指摘もあります。これについては2015年度、仙台市で数万人規模の調査をしてはっきりさせる予定です。

    また、これは私の心象ですが、移動中にスマホしか見ていなければ、季節の移ろいや街の変化は目に入りません。それで人として幸せなのでしょうか? 私たち大人がつくりたかった社会とはこういうものなのだろうかと、強い憤りと疑念を感じています。

    川島先生が考える“夢をかなえるための4つの約束”とは?

    未来をイメージすれば、今の子どもたちになすべきことがわかる

    川島隆太先生

    今の子どもたちの生活習慣や環境が、子どもたちの脳にどのような影響があるのか、大人は知っておく必要があると思います。たくさんの情報があふれるなかで、そもそも自分たちが得ている情報はどういう質のものか、を充分理解して判断する必要があると感じています。

    同時に親世代には、学びの本質をわかっていてほしい。子どもに「何のために勉強するの」と聞かれて、「いい仕事につくため」ではおかしいのではないでしょうか。「先人の知恵をまず自分のものにして、その上に新しい知恵を加えて未来につながる子孫たちに渡す、というのが我々人間の本来の役割」ということを、すべての親が哲学として持っていてもらいたいと思います。

    私自身、さまざまな出会いがあって今があるわけですが、なかでもローランド博士からは多くの学びを得ました。のちに博士の奥様に言われたのですが、博士自身もイギリスの師匠からすべてを教わり、自分の今があるとおっしゃっていたそうです。「だから次は、自分のすべてを誰かに教え、研究者として独り立ちするのを手伝うのが自分の使命だと言っていた。それがあなただったのですよ」と。今度は誰かにそれを引き継ぐのが、僕の使命だと思っています。

    人間というのは弱いもので、「今」しか見ていなければ、低きに流れてしまいます。それに抗うためには、未来を見て、今よりも少し上に行く努力をすること。未来を見るためには過去を知らなくてはなりません。この過去を知って未来を見る、というのが学びの本質だと思っています。

    まずは1年後をイメージし、それから5年先、10年先、50年先、さらに自分はいなくなっても100年先の未来を見ていくことができれば、現代社会を生きる子どもたちに何をしなくてはならないかが見えてくるでしょう。

    子どもたちには、将来やりたいことができる大人になるには、いくつか守らねばならないことがあることを伝えたいですね。1つ目は、早寝早起きで、小学生であれば夜9時までに寝ましょう。2つ目は、朝ごはんをおかずと一緒にモリモリたくさん食べること。3つ目は、家にいるときは、家族と話をしたり、本を読んだりするように意識すること。

    そして最後に4つ目です。学校などでしている勉強も公文も、自分たちのさまざまな能力を上げる力を秘めていることが、僕らの研究でわかったので、それを信じて学び続けてほしいということです。勉強がつらいのは僕も経験済みですが、信じて続けていればきっと夢はかなえることができます。

    ※学習療法はアメリカの高齢者施設でも導入され、その実践がドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』(制作:仙台放送)になりました。2014年3月に一般劇場で公開され、現在は自主上映方式で見られるようになっています。(下記、関連リンクからどうぞ)

    関連リンク 東北大学 川島隆太研究室ドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』ドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』メイキングストーリー 学習療法-映画『僕がジョンと呼ばれるまで』自主上映の広がり

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