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Vol.100 2023.12.08

日本将棋連盟会長 棋士
羽生善治さん

<前編>

誰にも予測ができない未来
「想定外」を乗り切る力を
次の世代にどう伝えるか

日本将棋連盟会長 棋士

羽生 善治 (はぶ よしはる)

1970年埼玉県生まれ。12歳の時、プロ棋士養成機関「奨励会」に入り、15歳で四段に昇段して史上3人目の中学生棋士に。19歳で初タイトルの竜王を獲得。当時タイトルが7つだった1996年に、25歳で七冠を制覇。2017年には永世竜王の資格を得て、47歳で史上初となる「永世七冠」を達成。タイトル獲得数は史上最多の99期。2018年「国民栄誉賞」受賞。小2から公文式学習をはじめ、奨励会に合格してからも中3まで学習を継続。著書に『羽生の頭脳』『挑戦する勇気』『決断力』『大局観』など多数。

KUMON now!「学習経験者インタビュー」第100回となる今回は、10年ぶりに羽生善治さんにご登場いただきます。
15歳で中学生棋士となって以来、将棋界の記録を次々と塗り替えてきた羽生さん。第1回「学習経験者インタビュー」では、将棋との出会いや“迷う経験”の大切さをお話しいただきました。
今回はこの6月に日本将棋連盟の会長職に就任されてからの日々や抱負から、将棋界とAIのユニークな関係、そして羽生さんにとっての「学び」などについてうかがいました。

目次

    多くの方々に支えられた将棋界

    棋士になって40年弱。私はこの6月に日本将棋連盟の会長に就任し、初めて運営側の立場になりました。
    日本将棋連盟はタイトル戦など棋戦の運営をはじめ、イベントを通じての将棋の普及活動や外部の方々との折衝など、幅広い活動をしていますが、それらは現役の棋士が中心となって行って運営しています。
    たとえばスポーツの世界では、プレーヤーが引退した後に運営に携わることはありますが、私たちは現役棋士が中心となって運営している珍しい団体です。ただ近年はさまざまな世界の方々と交渉する機会が増え、新しい取り組みも多くなっています。
    そのため、棋士以外の方にも常勤理事として入っていただいたり、外部理事としてアドバイスいただいたりと、組織も時代に合わせて変化しています。

    また会長職を現役プレーヤーが担うのも、他の競技団体にはないことかもしれません。
    しかし過去、引退された方で日本将棋連盟の会長に就いたのは二人しかいません。
    会長職としては、催事や式典などへの出席やアマチュア棋士の棋力を認定する免状への署名などを行うとともに、一般の組織と同じように、他の役員の方と話し合って組織の方向性を決めるなど、これまで棋士として活動してきたこととはまったく異なる業務をしています。

    会長という立場になって、改めてわかったことがあります。
    そのひとつが、将棋界は将棋ファンのみなさんをはじめ、企業や自治体、全国にある日本将棋連盟の支部の方々など、じつに多くの方々に支えられているということです。会長就任にあたり、さまざまなところに挨拶回りをする中で、そのことを強く実感しました。
    また棋士は個人の活動なので、自分の裁量で完結できることが多いのですが、組織を運営するとなると、多くの人が関わることになります。また自分が想定していなかったことが起こることもあります。
    そう聞くと、会長職はたいへんそうに思われるかもしれませんが、個人での活動はすべて自分で対処しなければならなかったのに対し、組織の場合はいろいろな方がサポートしてくださいます。そういう心強さがあるのが組織活動のよい点だと感じています。

    将棋でも学習でも大切な
    「少しずつ積み重ねる習慣」

    公文式学習は、現在60を超える世界の各国や地域に広がっているそうですね。
    「読み 書き そろばん」という表現がありますが、これは日本だけの話ではなく、人間が生きていく上で大切な、万国共通の基礎的な素養です。言語や地域、また学ぶ内容が若干違えども、そのベーシックな部分は共通していますから、それを世界各地域で行っているのはすばらしいことだと思います。

    学ぶ環境や教え方は時代とともに少しずつ変わっていくのかもしれませんが、「次の世代を育てていく」ということが社会の“要”であることは、けっして変わらないと私は思っています。
    指導する立場にある方にとっては、それぞれにいろいろなケースがあってたいへんなこともあるかもしれません。
    しかし「次の世代を育てていく」ことの重要性は、古今東西を問わず変わらないことですので、誇りをもって前進していってほしいですね。

    私自身は、小学2年生から公文式学習を始めました。小学1年生で将棋に出会い、2年生で道場に通うようになったので、将棋と公文はほぼ同じ時期に始めたことになります。
    公文は、6年生で奨励会に合格して忙しくなってからも、中学3年生まで継続することができました。将棋と同じで、たいへんだけれども楽しかったことに加え、今振り返ってみると、持続しやすいメソッドになっていることが、継続できた秘訣だと感じます。

    子どもというのは飽きっぽく、続けるのが難しいことがよくありますが、公文式学習はそうならないよう工夫されているように思います。
    たとえば間違えたところは、前に戻ってやり直したりしますよね。一般的に、一度どこかでつまずいてしまうと、そこから前に進めなくなってしまうことがあります。
    しかし公文式はつまずきをしっかりとフォローしながら続けられるシステムになっており、そこがとても優れている特長だと思います。

    私は公文式学習を続けていたおかげで、「少しずつ積み重ねる」という習慣が身につきました。このことは学習だけでなく、将棋においても大切なことだと思います。

    オープンマインドな将棋の世界

    現在の将棋界は、藤井聡太さんをはじめとする若手たちの活躍で注目を集めています。
    将棋界ではいつの時代も、10代後半から20代前半の強い棋士が登場するのはよくあることなのですが、藤井さんはその中でも突出した存在で、すごい結果を出しています。そのおかげで幅広い人たちが将棋界に興味感心を持ってくださるのはうれしいことです。

    藤井さんの場合、先天的な能力や才能、周囲のサポートはもちろん、AIソフトを上手に活用したことが、短期間で飛躍的に実力を伸ばすことにつながったのだと思います。
    将棋の世界にAIが導入された初期は、過去の対局データや計算能力に頼った、いわゆる力づくの「ブルドーザー方式」で、AIは人間相手の勝負に勝ってきました。
    しかし10年ほど前から、AIも人間的な思考に近いことができるようになり、そして現在では、人間がそのエッセンスを取り入れていくことで能力を伸ばしています。

    こうした将棋におけるAIの活用は、他分野に比べて非常に早く広がりました。
    なぜそうなったのかというと、公開されているプログラムなどを、誰もがオープンソースとして活用できる環境が整っているからです。将棋ソフトを開発する方々の多くが、自身が開発したプログラムを無料で公開してきました。
    リソースが権利関係で守られてしまうと、一部の人しか使えなかったりしますが、将棋の世界ではここ10年間、そうした障壁がほぼありません。

    このような流れが自然にできたのは、オープンマインドのAI開発者が多くいたことが大きかったのだと思います。将棋をこよなく愛する開発者のみなさんは、将棋ソフトの開発で稼ごうと思っている人たちが少ないのです。
    そのため、開発したプログラムを自分のスキルを披露する場として捉えて公開し、私たちが将棋AIを使うためのアプリも無償で公開してくれています。
    日本将棋連盟から将棋AIを開発してほしいとお願いしているわけではなく、開発者のみなさんが自主的につくってくれているのです。本当にありがたいですよね。
    将棋界はよくAIの先行事例といわれるのですが、これはかなりレアなケースでしょう。

    後編を読む

     


     

     

    後編のインタビューから

    -AIが問う「人がやることの意味」
    -「好奇心」が前へ進む原動力
    -予測不可能な未来に向けて 子どもたちに伝えたいこと

    後編を読む

     

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