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Vol.100 2023.12.15

日本将棋連盟会長 棋士
羽生善治さん

<後編>

誰にも予測ができない未来
「想定外」を乗り切る力を
次の世代にどう伝えるか

日本将棋連盟会長 棋士

羽生 善治 (はぶ よしはる)

1970年埼玉県生まれ。12歳の時、プロ棋士養成機関「奨励会」に入り、15歳で四段に昇段して史上3人目の中学生棋士に。19歳で初タイトルの竜王を獲得。当時タイトルが7つだった1996年に、25歳で七冠を制覇。2017年には永世竜王の資格を得て、47歳で史上初となる「永世七冠」を達成。タイトル獲得数は史上最多の99期。2018年「国民栄誉賞」受賞。小2から公文式学習をはじめ、奨励会に合格してからも中3まで学習を継続。著書に『羽生の頭脳』『挑戦する勇気』『決断力』『大局観』など多数。

KUMON now!「学習経験者インタビュー」第100回となる今回は、10年ぶりに羽生善治さんにご登場いただきます。
15歳で中学生棋士となって以来、将棋界の記録を次々と塗り替えてきた羽生さん。第1回「学習経験者インタビュー」では、将棋との出会いや“迷う経験”の大切さをお話しいただきました。
今回はこの6月に日本将棋連盟の会長職に就任されてからの日々や抱負から、将棋界とAIのユニークな関係、そして羽生さんにとっての「学び」などについてうかがいました。

目次

AIが問う「人がやることの意味」

今社会におけるAI活用はまだ、人間がやりたくない面倒なことをするにとどまっていることも多いですが、ゆくゆくは、「AIでどうやって人の可能性を引き出せるのか」というベクトルに、もっと注目が集まるのではないかと思います。
将棋の世界であれば、師弟関係の中で技術的なことを教わる人の他に、AIと学んで強くなる人もこれからは出てくるかもしれません。
今のところは、いろいろな棋士がAIを活用していますが、人と行う対局分析も取り入れるなど、AIとの学びと人との学びをミックスして使っているケースがほとんどです。

私の場合、将棋への理解が深まったり、新たなアイデアが浮かんだりするのは、人といろいろなコミュニケーションをとる中で起こります。
子どもが何かを学ぶときも、親や先生たちから答えを教わると同時に、その答えにいたる考え方や間違えた理由などをコミュニケーションの中から学んで成長していくものですが、それと同じことでしょう。
ですから、AIからインプットをするだけの学びでは、使えるアウトプットにはつながらないのではないかと思います。

以上のことは、あくまでも今の将棋の世界での話です。
しかし、ChatGPTのような対話型AIが将棋の世界に入ってくれば、状況が変わる可能性もあります。今はAIによる対局分析を、私たちは数字でしか見ていませんが、そこに言語が加われば、間違いなく状況が一段階引き上がります。そうなったときに人間はそれをどう感じて、どう取り入れていくのか、とても興味深いですね。

何より、人よりも強い将棋AIが登場した今、なぜ人は将棋を指しているのか? 私たちはプロ棋士としての存在意義や存在価値を考えなくてはいけません。
もちろんAIの登場により、私たちの将棋を学ぶ環境は良くなり、技術やレベルは上がっていますが、それは別の話として、もっと根幹的なこと、厳しいことを目の前に突きつけられているのが現状です。

強くなることも大事ですが、オリジナリティーや個性をどう出していくか、今までにない発見をどうやって見つけていくか、そして人が持っている創造性とは何か…
AIの進歩は、そういった「人がやることの意味」を考えるきっかけになっていると思います。

「好奇心」が前へ進む原動力

たとえば空に何かが飛んでいたとします。人がそれを見れば、飛行機か鳥かドローンなのかは区別がつきますよね。人はものを10回ほど見ると覚えて、識別することができるようになるそうです。
しかしAIは、何万枚もの画像を見せて学習させないと、飛行機と鳥とドローンとを識別できるようになりません。そこまで学習すれば、AIは人間の識別能力をはるかに超えるのですが、人は知らないことに対しての対応能力はAIよりも高いといえます。

AIは、今まで見たことがない、経験したことがない、カテゴライズされていないものに向き合っていくことはできません。
しかし人は自分で学ぶことで、知らないことを知り、知らないことを見つけることができます。私はそこに、人が存在している価値や意味があるのだと考えています。

棋士の成長・進化においては、戦法などの知識を「覚える」段階から、自ら戦術を「発見する」に至ることができるかどうかが、勝負の分かれ道になります。
ただ定跡を覚えるだけでなく、自分で新たな発見ができるようになるためには、まずは物理的な知識の量が必要です。新しい発見をするにも、その土台となる知識がなければできません。たくさんの知識があれば、応用したり、組み合わせたりして新しいアイデアを見つけられます。
そしてもう一つ、新しい発想を「発表していい」「実行していい」という気持ちがあるかどうかです。それがないと、そもそも新しいものは出てきません。
今は自分が見つけた新しい発想もAIによってすぐに判定されてしまうので、AIが進化するほどに、そのモチベーションは弱くなる可能性もあります。
しかしそんなときは「AIはこういっているけれど自分はこうだ」といかに思えるかが大事になるでしょう。

私が今まで将棋を続けられたのは、いつも発見があったり、自分の進歩を実感できていたからです。
少しずつでもいいので、「進歩したな」と感じることが、何かを究めていくうえで大切です。いくらやっても手応えがなければ、おもしろくないのでやめてしまいますよね。

そして「発見」や「進歩」の源泉は「好奇心」だと思います。
知らないことがあれば調べてみる。やったことがなければ「やってみよう」と思ってやってみる。こうしたことが前に進むときに大きな原動力になります。

私は「同じことの繰り返しにならないように」ということを、何事に対しても心がけてきました。
人は生きていると、何事もルーティン化してしまいがちです。もちろんルーティンも大事ですが、そのループから抜け出せなくなると、マンネリ化してしまいます。
そこでたまには「違うことをやってみる」。それが好奇心や新しいことへのチャレンジにつながります。
まさに今の私の会長職などその典型例ですね。もちろんこの仕事は、マンネリ防止のためにやっているわけではありませんが(笑)。

また「発見」をするには、「観察する」のもよい方法です。
私は電車の中で、よく人を観察しています。最近はスマホを見ている人ばかりで、誰も私に見られていることには気づかないのですが、私の方は気づくことがいろいろあって、おもしろいですよ。

予測不可能な未来に向けて
子どもたちに伝えたいこと

10年前、今の自分がこうした立場になっているとは思っていませんでした。
将棋の対局はルールや人数、時間などの条件が固定されているので、先をシミュレーションしやすいのですが、人生はなかなか想定通りにはいかないことが多いですよね。
しかし自分の思い通りにならなかったときに、その人の本質的な部分が一番よく出てくるように思います。

昔から先輩棋士には「年を取ったら考え方も変わるから、そのときはそのときだよ」とよく言われていました。「60歳にはこうしよう」と決めて向かうのもよいと思いますが、実際には年月が経つと自分の考え方も置かれた状況も変わっていることは結構あるでしょう。

今は、誰であっても未来を予測するのが難しい時代で、これをやっておけば安心だということはありません。ですから大事なのは、そんな想定外の状況になったときに、どういう判断をして、どんな行動をとるかではないでしょうか。

予測不可能なことが起こったときに対応できる力、乗り切る力というのは普遍的なもので、そういうことをどう次の世代に伝えていくかは、私自身の課題でもあります。

しかしそれは答えがなく、正解があるかどうかさえも何十年か経たないとわからないことです。
ですから私たちは、日々トライアンドエラーを繰り返す中で、そこから新しい何かが生まれることを期待することになるのですが、そこで大切なのは、大人たちがそうやって試行錯誤している姿を子どもたちに見せることだと思います。

そして子どもたちには「自分が興味あることは何か」をいつも考えておいてほしい。
それがそのまま何かの職業に結びつくという意味ではありませんが、そこに進むべき未来があるはずです。
それこそAIに尋ねてみれば「みんなこうしたほうがいいですよ」と示されてしまいます。
しかしそうではなく、ひとりの人間として「どういう生き方がよいのか」をいつも考えておいてほしいと思います。

日本将棋連盟は2024年に創立100周年を迎えます。
会長としては、よい形で100周年を迎えたいですし、これだけの歴史と伝統がある世界なので、この先の100年もいい形で継続できるような仕組みをつくれたらと思っています。
具体的には、将棋が子どもたちの生活に自然に入っていける環境づくりや、将棋の魅力の海外への発信、また将棋の楽しさは指すだけではないので、対局を観戦し、見たり、イベントに参加したりという形での新しいファンの発掘など、やりたいことはいろいろあります。

そして私はあと2年で棋士生活40年になります。棋士として、自分はどこまでできるのか。そこにチャレンジしていきたいですね。

前編を読む

 


 

 

前編のインタビューから

-多くの方々に支えられた将棋界
-将棋でも学習でも大切な「少しずつ積み重ねる習慣」
-オープンマインドな将棋の世界

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