貪欲な気持であらゆるイベントに参加
模擬国連で敗北感と違和感を味わう
スイス公文学園卒業式 |
スイス公文学園(KUMON Leysin Academy of Switzerland/KLAS)では様々なイベントが開催されます。経験できることは全部経験しようと、あらゆるイベントに参加していました。何ごとも積極的に活動するルームメートに憧れていたことも一因です。KLASでは必ず異年齢のルームメートがいるので、それもKLASのいいところだと思います。
印象に残っているイベントのひとつは、カルチャートリップ(文化旅行)です。そのレポートを書くのがすごく楽しくて、表現力を磨く機会にもなりました。ふたつめは、模擬国連への参加です。ここでは「英語力の低さ」と「ディスカッション力の乏しさ」という敗北感と、その一方「リアルじゃないな」という違和感を味わいました。
具体的に言うと、ある教育課題について、私がスクールバスを走らせる提案をすると、ミャンマー出身の男子高校生から、「ミャンマーの山奥は雨が降っただけで道がグチャグチャになって車なんか通れない。だからその解決案はリアルじゃないよ」といわれました。「確かに」と思い、やっていることの不自然さを感じたと同時に、「現場を見にいかなきゃいけない」という気持ちを焚きつけられました。
今、現場に片足でも突っ込んでいないと、ちゃんとした仕組みを作れないと思うのは、この時の経験が影響していると思います。そのほか、「スキーデイ」も印象に残っています。天気がいい日に、授業を1日とりやめて「今日はスキーをしよう」と先生が提案してくれるのです。制約がある中での緩さ、自由が、心地いい思い出として残っています。
私にとって中学まで授業はおもしろくないものでしたが、KLASは授業の質が高く、印象的な授業がいくつもありました。例えば文学の時間の「Choiceless choices(=選択のない選択)」というトピックです。題材は第2次世界大戦時のユダヤ人の迫害についてでした。どれをチョイスしても誰かが傷つく、痛みを伴うというもので、それは生きている中でたくさんあるよね、と。そうした答えのないことを真剣に議論します。先生は「答えはない。でも、自分が選んで後から振り返って正解にしていくものかも知れない」と。そんな概念を体得できる授業でした。
「何でも質問して」という文化があるのもうれしかったです。公文式はここで初めて触れました。自分のペースでできるのがよかったですね。それまで国語が苦手でしたが、公文の教材を解くことで苦手意識が解消されました。教材のサイズが小さくて、どんどん次に進め、すぐに達成感が得られるのもいいと思います。
スイスではホームシックにはならず、困った記憶もありません。「買い物の機会が少ない」とか「日本食が恋しい」というレベルのことはありましたが、それも今となっては、「あるものの中で最大限どう楽しむか」という訓練になったのではないかと思います。
スキル+マインド+“柔らかい何か”
が人の成長には必要
多くのイベントに参加した私ですが、実はボランティア旅行には参加していません。一時的な幸せを提供するよりも、10年、100年と続くような幸せをつくることに興味があったからです。今ならそのためには仕組みづくりがポイントだということがわかりますが、当時はそこまで考えが及びませんでした。
そんなあるとき、貧しい人にお金を貸すグラミン銀行を作ったムハマド・ユヌス氏の本を読み、「社会課題に現場感を持って解決できる仕組み作りができる」と知りました。高3のときです。こうした人がもっと増えれば社会はよくなるのではないかと、社会起業家に関心を持つようになり、それをテーマに慶應義塾大学のSFCのAO入試に挑みました。
実は海外大学への進学も頭の中にあり、国内外の様々な大学を訪問して、図書館や生協にいる学生に、「見学に来たのですが、この大学どうですか?何が楽しいですか?」と聞いて回りました。そこで一番フィットしたのがSFCでした。学生の方に話しかけると、「君、そうしていること自体がこの大学に絶対に合うよ」と言ってくれたり、聞いていないこともどんどん話してくれたり。自分の研究を熱心に説明してくれるなど、情熱を持った学生生活を過ごせていることが伝わってきました。
入学後は、1年次から社会企業家について考えるゼミに所属し、3年次にはパターン・ランゲージという手法で、暗黙知・経験知を言語化して社会企業家を育てる研究をしていました。大学4年次には、社会企業家のパターンを教育プログラムとして教材にし、高校生や大学生に提供しました。ところが、響く人と響かない人がいる。なぜそうなるのか。スキルとマインドだけではない、もうひとつ“柔らかい何か”が人の成長には必要なのでは、と思うようになりました。
その“柔らかい何か”を研究しようと、ポジティブ心理学の領域で知られるペンシルベニア大学教育大学院で学ぶことにしました。そこで出会ったのがSEL(Social Emotional Learning=社会性と情動の学習)です。私が学びたかったのはこれだ、スキルやマインドなど表層的なものではない、もっと奥にある感情に焦点を当てる必要性に気づいた瞬間です。
帰国後は、オルタナティブ小学校の教員になりました。天職だと思うほど楽しかったのですが、「目の前の子にはインパクトを与えることはできるものの、これを続けていいのだろうか」と悩み、少し休んで考えることにしました。
その後、教材会社で教材をつくる仕事をしながら、フリーランスとして教育にかかわる複数のプロジェクトに参画し、やがてその仕事が軌道に乗り始めたので、教材会社を辞めて教育クリエイターとして独立しました。東京ではないどこかに根を張りたいと思い、何度も訪れて大好きだった沖縄に拠点を持つことにしました。やがて仲間も増え、現在は会社組織にして活動しています。
リアルに触れて「学びのスイッチ」を入れよう
研究者や教員という立場で教育にかかわってきた私が子どもたちに伝えたいのは、「一人ひとり、自分の思っている以上に可能性を持っている」ということです。子どもですから、可能性がまだ磨かれきれていないことがあります。それを磨くには、いろんな人と出会い、いろんな経験をすること。ただ、海外など遠い場所に行かなくても、身近なところにも出会いや多様性、おもしろいことはあります。解像度を上げて日常を見るようにすれば、可能性は磨かれますよ。
そんなお子さんを、保護者は「個」として尊重することを忘れないでください。自分とは違う個だと認識して、その上で子どもの意志を受け止める。「受容の愛」だけではなく、ときには引っ張る「厳しい力」も必要なので、それをバランスよく保っていてほしいですね。
教育というのは、いろいろな制約があり閉じてしまいがちです。私はその仕組みや風土に風穴を開け、皆がいきいきと「学ぶことはおもしろい」となるような空気を加速させたいという思いで活動しています。
交流と対話から生まれる学び、特に社会や地域とつながりながら学ぶのはおもしろい。なぜならそこにリアルがあるからです。「社会に開く」ということの本質は、リアルなものに触れることだと思います。そうすると、「学びのスイッチ」が入ります。誰かがつくった問題を解くのではなく、答えのない問題を見つけて向き合うおもしろさに気づきます。そのスイッチが入るよう、子どもたちが様々なリアルに触れ、「学びはおもしろい!」となるのが本来の教育、あるいは学校ではないでしょうか。
そう私が考える教育のあるべき姿を、まずは沖縄で実現させ、各地に広めていくのが私の夢です。沖縄では「沖縄の未来のために何かしたい」という人が多く、そうした人たちと連携してできることがあるとワクワクしています。3年続ければ、何が意味のあることなのかわかってくると思うので、その間は総合的な探求期間と位置づけ、いろいろなことに取り組んでいきたいですね。
ただ、各地への展開は私たちroku youだけがしなくてもいいと思っています。3年を待たずとも同時並行的に、うまくいったこともいっていないことも徐々に染み出していきながら、マネできることはマネしてもらいたい。そうやって日本全体で、社会の中で楽しくおもしろく学べることができるようになればいいなと思っています。
関連リンク
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