深まる焦燥感の中から、
「KLASでしかできないこと」への発想の転換
![]() お世話になった寮父さんと一緒に |
初日に抱いた焦燥感が更に深まった要因は、苦手意識を持っていた英語でした。
KLASの公用語は英語で、日常生活の情報は全て英語で示されます。校舎ロビーの掲示板にはその日の予定や週末の行事などの連絡事項が書かれた「ブリテンボード」と呼ばれるA4の紙が毎日掲示されます。生徒はそれを見て自分がするべきこと(提出書類の締め切り、授業の部屋割りの変更など)や、興味あるイベントなどを把握するというシステムになっているのですが、当然全て英語です。自分がすべきことを把握するには書かれている英語を理解して、情報を取捨選択する力が必要ですが、英語が苦手で入った人にとっては、なんとか水に浮かぶことができる人にクロールで25m泳げ、と言うくらい、無理難題でした。
辞書を引いても時間がかかりすぎて、気がつくと提出書類の締め切りが過ぎていたりすることが日常茶飯事になり、生活や学業にも支障が出てきてしまいました。
そうして深まる焦燥感に比例して余裕も失われ、落ち込むことが多くなりました。夜は21時ごろまで明るく気候も爽やかな夏から、日に日に日没が早まり寒くなる秋になるにつれ、塞ぎ込むことも多くなりました。そのような時には不思議と人間関係もよくなくなり、寮生活も順風満帆とはいきませんでした。まさに、入学前に思い描いていた状況と正反対の状況になってしまったわけです。
そのような状況が半年ほど続き、自然と「スイスまで来て何をやっているのだろうか」という思いが頭から離れなくなりました。その思いを振り払おうと、気分転換のため、レザンの街中や山道に散歩に出かけるようになりました。秋も進み空気が冷たく澄んでくる中、紅葉で色付く木々の中を歩くと自然と落ち着くことができ、どのように今の状況をよくしていけるだろうか、と考える余裕が徐々に生まれてきました。
同じ時期に、当時の寮父さんにも相談に乗っていただいていました。過去の卒業生も悩んでいたことや、皆それぞれ自分なりの答えを出して行動していったことなど、さまざまなお話を伺ったことを覚えています。
そのような時、散歩中にふと「自分は今、すごく非日常な場所にいるのではないか」と強く思いました。自分が想像していた環境ではありませんでしたが、スイスにある山奥の村にいることは、当たり前ですが、非日常ですよね。「日本の高校生活ではできないことができる場所にいるのに、その場所でしかできないことに何1つ挑戦していない。自分の英語力を上げる努力をしつつ、今でもできることをやってみよう」そう思えたからこそ、焦燥感に押しつぶされずに、気持ちを切り替えることができたのだと思います。
できることを探すため、まず「ブリテンボード」の内容を全て理解しようと決めました。ただ掲示板の前で辞書を片手に見るわけにもいかないため、ブリテンボードのコピーを毎日貰えるよう、事務局の方に相談したところ、快く手配してもらうことができました。毎日繰り返し読んでいくと、内容の型が理解できるようになり、解らない英単語があっても文章の大意をすぐに理解できるようになっていきました。また、日常生活や自分の興味あるイベントへの参加などもスムーズにできるようになりました。さまざまな体験を積むチャンスを掴めるようになり、その経験を通じて段々と心に余裕が生まれ、状況もよくなっていきました。
同時にこの頃から、週末にスイス国内の都市・町を日帰りで訪れるようになりました。想像していたロンドンやパリとは異なるものでしたが、見たことない景色やモノで溢れており、夢中になって街を散策しました。卒業までにはスイスの5大都市に加え50以上の街・村を訪れました。行先が増えると、大体の街が教会を中心に形成されていることや、建物の様式とその街の成り立ちが深く関わっていることなど、現地の歴史・文化的な要素に大きな関心を持つようになりました。