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Vol.070 2020.07.17

文化遺産コンサルタント
佐々木義孝さん

<後編>

今の環境でしかできないこと」から
「その環境で自分が夢中になれること」
探して、実践していくと、道は開けてくる

文化遺産コンサルタント

佐々木 義孝 (ささき よしたか)

埼玉県生まれ。都内の中高一貫校に進学するも一転、高校からスイス公文学園高等部へ。卒業後は秋田県の国際教養大学国際教養学部で学ぶ。大学と自治体による共同の地域創生事業のプログラムなどに参加、歴史ある地域の特徴を活かした地方再生に関心をもつ。卒業後はギリシャにて、ケント大学(イギリス)・アテネ商科大学(ギリシャ)合同修士課程の文化遺産管理(Heritage Management)を専攻。修了後、民間の環境アセスメント企業に就職。文化遺産コンサルタントとして活躍中。

文化遺産関連のコンサルタントとして、国内外を飛び回っている佐々木義孝さん。世界遺産委員会に出席して、英語などによる審議内容を日本語でまとめて報告書を作成するなど、語学力を活かしつつ、関心を寄せていた文化遺産に関わるお仕事をされています。スイス公文学園高等部(KLAS)の16期生である佐々木さんは、「KLASに行かなければ出合えなかった仕事」と振り返りますが、中高時代は英語が不得意で、将来どのような職業に就くのかもイメージできなかったとか。いかにして苦手を克服し、「面白い」と思うことに携わる仕事にたどり着いたのか、KLASでの生活の様子を含めてうかがいました。

目次

深まる焦燥感の中から、
「KLASでしかできないこと」への発想の転換

佐々木義孝さん
お世話になった寮父さんと一緒に

初日に抱いた焦燥感が更に深まった要因は、苦手意識を持っていた英語でした。
KLASの公用語は英語で、日常生活の情報は全て英語で示されます。校舎ロビーの掲示板にはその日の予定や週末の行事などの連絡事項が書かれた「ブリテンボード」と呼ばれるA4の紙が毎日掲示されます。生徒はそれを見て自分がするべきこと(提出書類の締め切り、授業の部屋割りの変更など)や、興味あるイベントなどを把握するというシステムになっているのですが、当然全て英語です。自分がすべきことを把握するには書かれている英語を理解して、情報を取捨選択する力が必要ですが、英語が苦手で入った人にとっては、なんとか水に浮かぶことができる人にクロールで25m泳げ、と言うくらい、無理難題でした。
辞書を引いても時間がかかりすぎて、気がつくと提出書類の締め切りが過ぎていたりすることが日常茶飯事になり、生活や学業にも支障が出てきてしまいました。

そうして深まる焦燥感に比例して余裕も失われ、落ち込むことが多くなりました。夜は21時ごろまで明るく気候も爽やかな夏から、日に日に日没が早まり寒くなる秋になるにつれ、塞ぎ込むことも多くなりました。そのような時には不思議と人間関係もよくなくなり、寮生活も順風満帆とはいきませんでした。まさに、入学前に思い描いていた状況と正反対の状況になってしまったわけです。

そのような状況が半年ほど続き、自然と「スイスまで来て何をやっているのだろうか」という思いが頭から離れなくなりました。その思いを振り払おうと、気分転換のため、レザンの街中や山道に散歩に出かけるようになりました。秋も進み空気が冷たく澄んでくる中、紅葉で色付く木々の中を歩くと自然と落ち着くことができ、どのように今の状況をよくしていけるだろうか、と考える余裕が徐々に生まれてきました。
同じ時期に、当時の寮父さんにも相談に乗っていただいていました。過去の卒業生も悩んでいたことや、皆それぞれ自分なりの答えを出して行動していったことなど、さまざまなお話を伺ったことを覚えています。
そのような時、散歩中にふと「自分は今、すごく非日常な場所にいるのではないか」と強く思いました。自分が想像していた環境ではありませんでしたが、スイスにある山奥の村にいることは、当たり前ですが、非日常ですよね。「日本の高校生活ではできないことができる場所にいるのに、その場所でしかできないことに何1つ挑戦していない。自分の英語力を上げる努力をしつつ、今でもできることをやってみよう」そう思えたからこそ、焦燥感に押しつぶされずに、気持ちを切り替えることができたのだと思います。

できることを探すため、まず「ブリテンボード」の内容を全て理解しようと決めました。ただ掲示板の前で辞書を片手に見るわけにもいかないため、ブリテンボードのコピーを毎日貰えるよう、事務局の方に相談したところ、快く手配してもらうことができました。毎日繰り返し読んでいくと、内容の型が理解できるようになり、解らない英単語があっても文章の大意をすぐに理解できるようになっていきました。また、日常生活や自分の興味あるイベントへの参加などもスムーズにできるようになりました。さまざまな体験を積むチャンスを掴めるようになり、その経験を通じて段々と心に余裕が生まれ、状況もよくなっていきました。

同時にこの頃から、週末にスイス国内の都市・町を日帰りで訪れるようになりました。想像していたロンドンやパリとは異なるものでしたが、見たことない景色やモノで溢れており、夢中になって街を散策しました。卒業までにはスイスの5大都市に加え50以上の街・村を訪れました。行先が増えると、大体の街が教会を中心に形成されていることや、建物の様式とその街の成り立ちが深く関わっていることなど、現地の歴史・文化的な要素に大きな関心を持つようになりました。

今の仕事につながる出合いとは

レザン隣村の教会コンサートが
今の仕事への萌芽に

佐々木義孝さん
レザン隣村の教会コンサートが
今の仕事への萌芽に

現在の職業分野に興味を持ったのも、KLASでの経験です。冬に、レザンの隣村の教会でクラシック音楽のコンサートがある、という情報をブリテンボードで見つけ、すぐに応募して聞きに行きました。
中世に建てられたというこじんまりした教会で、表面に光沢があるほど使い込まれていた簡素な木製の長椅子が並び、中の装飾も簡素でした。ガイドブックなどに載っている有名な文化遺産ではありませんが、世代を超えて地域住民の日常生活で使われていた歴史ある場所、という印象でした。
演奏は四重奏で、奏者はローザンヌの音楽学校を卒業したばかりの20代の人だったと思います。観客も村の住人が多く、その中に私のように近くの村、町から来た人が少し混じっていたと思います。
良い演奏だったと記憶していますが、演奏中、奏者と聴衆を見ながら、同じような光景は100年前にも見られたのかもしれない、という思いが頭をよぎりました。もしかするとこの聴衆のお祖父さん・お祖母さんも同じようにこの教会に集まり、同じような音楽を楽しんだのかもしれない。それよりも昔、この教会が建てられた中世でも、信仰の場としてこの村のコミュニティの生活の中心にあり、多分人々が集う結節点として機能していたのだろう。今も集う理由は違えども、人が集まる場としての機能は生きていて、人の生活の一部として存在し、利用されている。500~600年ほど前の遺産が今でも日常生活の中で利用され人が楽しむ場になっている。その人と文化遺産の距離の近さにすごい衝撃を受け、同時にとても豊かな時間を経験したと感じました。そして、そのような体験を日本でもできないか、仕組みを作ることはできないか、との思いが生まれました。この思いが大学院への進学、ひいては今の職業を選択した理由だったと思います。

上述の思いや、KLASでのさまざまな他の経験を経て、次の4点を念頭に大学を選択しました。論文が書ける程度の英語力を身につけること、留学が卒業要件として義務付けられていること、1人暮らしができること、それら全てを高い学費を払わずに達成できること。それを全て満たしていた、秋田県にある国際教養大学(AIU)国際教養学部に進学しました。また、「寮生活で自然豊か」という環境がKLASと似ていたこと、東京・大阪などの大都市に比べ地方の方が伝統文化や文化遺産に触れられるのではないかという点も、魅力に感じました。

秋田県は少子高齢化による人口減少により、多くの社会的問題に直面しています。ですが、豊かな自然や伝統的な祭祀、価値観、文化が色濃く根づいていて、「文化遺産」は豊富です。大学と自治体による共同の地域創生事業などにも参加する中で、そうした歴史ある地域の特徴を活かし、いわゆる地方再生ができないかと考えるようになりました。

就職活動で進路を模索する中、「文化遺産」を軸とした仕組み作りができないか、という疑問が大きくなりました。AIUの教授陣、友人たち、両親の後押しもあり、大学院進学に舵を切り、ケント大学・アテネ商科大学合同修士課程の文化遺産管理専攻に進学しました。
キャンパスがあるギリシャは、主要産業の1つが観光産業でありGDPの2割を占めていますが、人を惹きつける基はギリシャ文明の文化財・文化遺産です。過去の遺産が国の主要産業の基になっている、面白い国だと思います。首都アテネで生活し現地の状況を見つつ、文化遺産の管理・活用や仕組み作りが進んでいるイギリスの教授陣の講義を受ける、というプログラムでした。
大学院の間にも、観光も兼ねてアテネ市内や近隣のヨーロッパ諸国で行われた文化遺産に関わるシンポジウムに積極的に足を運ぶなど、さまざまな国を訪れました。
イタリアのフィレンツェで開催された国際シンポジウムに参加した際、大学などの研究機関のブース内に、AIUのポスターが貼ってあるのを見かけ、驚きました。私の卒業後にAIUに着任した考古学の先生も偶然そのシンポジウムに参加されていたのです。それがきっかけとなり、帰国後には進路のご相談に乗っていただき、現在の会社を知ることになりました。
KLASに進学しなければこの分野に身を投じることもなく、AIUを選ばなければ今の職業に就くことはなかったと思います。またその過程で多くの方に支えられ、引っ張りあげていただいたことには感謝しかなく、幸運であったと感じています。

佐々木さんの大事にしていること

「犬も歩けば棒に当たる」
足を動かして、体験して、
歩きながら考えると道は開けてくる

佐々木義孝さん

将来海外に留学したい、海外で生活してみたいと思っているお子さんに対して何かアドバイスをするのであれば、高校時代の経験になりますが、「今自分がいる環境でしかできないことを見つけて、精一杯やる」姿勢を大切にして欲しいと思います。自分が「面白そう」と思うことを自分で見つけ、気の済むまで体験したり、調べたり、挑戦してみる。それを繰り返していけば、どんな環境でも楽しく有意義に過ごせるようになるのでは無いかと思います。
またそういう姿勢でいると、チャンスが来た時に見逃さずものにできるようになると思います。今思い返すと、KLASの日常はさまざまなチャンスに溢れていましたが、準備不足で実力が足らずに棒に振ってしまった、自分の興味のアンテナを張っていなくてチャンスが来たことに気がついていなかった、ということも結構ありました。中にはいつもチャンスをものにする人もいましたが、そういう人は大体準備万端、用意ができていました。

逆に、「結果が分かっているから、やっても無駄」と最初から行動しない、自分の望む結果が得られないから行動を躊躇する、という姿勢ではあまり良いことはないと思っています。
「犬も歩けば棒に当たる」という諺がありますが、これには「何かをしようとすれば、何かと災難に遭うことも多い」という意味と、「出歩けば思わぬ幸運に出合う」という2つの意味がありますよね。自分が予想できなかった、自分の想像力を超えた出合いや、成長の機会に巡り合う可能性は、行動すればするほど上がります。痛い思いをするリスクもありますが、過度に恐れずに、行動に移していくと面白いことになるのではないでしょうか。

今はインターネットやVR(仮想現実)・AR(拡張現実)の技術が発展し、現場や特定の環境でなければできないことがどんどん少なくなっている気がします。10年後には日本の自宅に居ながら、レザンの暮らしを体験できるようになっているかもしれません。しかし、現実の要素が全てプログラミングされて100%現実と同じ体験ができるのか。もしかしたら、プログラミングした人が省いた要素があるかもしれませんよね。それは一輪の花だったり、虫や動物だったり、地味で小さな教会かもしれませんが、その省かれた要素が、ある1人にとっては人生の方向を変える様な衝撃をもたらすことがあると思います。

躊躇することなく、現地に足を運んで、自分が何を感じ考えるのか、面白いと思うのか、そんなことを感じ取る機会を大切にしてみて下さい。スイスのアルプスも映像で見ると静謐で綺麗な感じですが、実際は牛のカウベルのガラガラという音や落し物の匂いとか、割と雑多な雰囲気でもあります。行ってみなければ分からない。百聞は一見に如かずです。

将来は、スイスで出合った古い教会のように、世代を超えて現代まで受け継がれてきた建物や場所を活かした「人が集まるそこだけの唯一無二の空間」を、日本の中で多く創り出したいと考えています。専門である文化財の知識を更に深めることや、町づくりのノウハウや法律など、さまざまな知識や技術を身につけ、経験を積むことで目標を成し遂げたいと考えています。それまでにさまざまな寄り道や無駄足もあると思いますが、物怖じせず、一歩一歩進み、まだ見えない世界を見に行こうと思っています。

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関連リンク

スイス公文国際学園高等部(KLAS)公式サイトスイス公文学園高等部(KLAS)の3つの柱 |KUMON now!スイス公文学園高等部 |KUMON now! 


佐々木義孝さん   

前編のインタビューから

-文化遺産コンサルタントのお仕事とは
-公文式で身についた力とは
-スイス公文学園高等部(KLAS)への進学のきっかけ

前編を読む

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