論文を「演奏」することで、科学を楽しめる人が増える
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私のサイエンスコミュニケーターとしての原点は、大学院の修士課程を修了して就職した中村桂子先生(現館長)が新しいコンセプトで作った「JT生命誌研究館」にあります。私がそこに就職した当初、当時館長だった故・岡田節人(おかだ ときんど)先生から、「論文を演奏しなさい」といわれました。
これはどういうことかというと、たとえば音楽なら、楽譜を読めない人はたくさんいますが、演奏会を聴きに行けば誰でもその曲のことがわかりますよね。それと同じように、科学の研究成果は論文という英語の文章で書かれますが、一般の人は論文にアクセスしにくいですし、理解するのも難しいでしょう。そこで、サイエンスコミュニケーターが論文を「演奏」する。そうすることで、科学を楽しめる人が増えるというわけです。
現代の生活に科学は深く浸透していて、たとえば病院に行けば、「あなたのゲノムタイプだとこういう抗がん剤がよいですね」という説明をされることがあります。でも、ゲノムというのは何なのかは誰も解説してくれません。ですから、一般の人こそ科学リテラシーを向上させていかないといけない。
もちろん、現場でカウンセラーや医師がそういった努力をしているのですが、需要に対して供給の絶対数が足りません。研究する人が増えても論文の結果だけが積みあがってしまって、一般の人向けにアウトプットする人は少ないんです。それで、私のしているような仕事が求められるのです。
私はJT生命誌研究館にいるときから、「ここを辞めたあとも、どうすればサイエンスコミュニケーターという仕事で社会にいられるだろう」ということを真剣に考えて、かれこれ20年近く、一つひとつの仕事に取り組んできました。最近では、サイエンスコミュニケーターを育成しようという動きも出てきていますが、残念ながら「サイエンスコミュニケーター」という肩書きで稼げている人はほとんどいません。ですから、私はサイエンスコミュニケーターで稼げる人を育成していきたいという思いを胸に、日々試行錯誤しています。