押しつけではなく子どもたちのアイデアを大事にして指導したい
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FIFAマスターを終えてからは、どちらかというとオブザーバー的な活動が増えてきました。でも、そこでいま一度、自分の強みを誰にアウトプットできるのか、自分はどういうところにやりがいを感じるのか、ということをフラットに考えてみたんです。結果、もう一度現場に戻ろうと、ガンバ大阪アカデミーでコーチングスタッフの仕事を始めました。現在は中学1年生を教えていますが、身体が動くいまだからこそ、ダイレクトにデモンストレーションできると感じています。おそらく50歳になったときに身体で何かを伝えようとしても、それはなかなか難しいでしょう。
僕が子どもたちを指導するときに気をつけているのは、その選手が持っているアイデアを消さないようにするということ。たとえばプレーを止めてアドバイスをするときも、その動作の根底には何かアイデアがあったはずですから、「どうしてそのプレーを選択したのか?」ということをまずは聞くようにしています。その上で、他のバリエーションも提示します。
押しつけではなく、彼らが持っているオリジナルな部分を尊重しながら指導したい、といつも思っています。自分のことを尊重してくれているということがわかれば、子どもたちはのびのびプレーできますしね。いまはまだ試行錯誤の途中ですが、アドバイスをしたときの子どもたちの表情や発言を見て、自分の教え方が良かったのか悪かったのかを省みるのもまた、自分自身の学びになると思います。
以前、オーストリアの子どもたちと接したとき、彼らが積極的に発言してくることに驚きました。一方で、日本の子どもたちの場合はコーチの言葉を待つことが多い。たとえば「コーチ、これは◯◯ですか?」が日本の子どもたちの発言だとすると、オーストリアの子どもたちは「コーチ、僕は◯◯だと思う」。その積極性はサッカー選手のみならず、必要なことだと思います。実際にフィールドに立てば、監督の意見より自分たちの考えで進めなければならないことがたくさんあるからです。
忙しいときほど”夢”に思いをはせる
文化としてサッカーが根付くためには、サッカーのレベルが上がることはもちろんですが、サッカーを正しく伝えるメディアも大切だと考えています。たとえばW杯の期間中はサッカーに関する番組が増えます。そして、そこにきちんとサッカーを語れる人が出演して視聴者に伝えられれば、日本人の“サッカーIQ”は上がっていくと思うんです。また、サッカーや運動によって健康を増進して、地域のコミュニティが生まれるようなスタジアムを増やすというようなことも、大事だと思います。そして何より、子どもたちが「あのチームのエンブレムをつけてプレーしたい!」と夢をふくらませられるような環境を作ってあげたいですね。
子どもたちだけでなく、大人になっても夢は持ち続けたいですよね。大人になると毎日の生活に追われてなかなか夢や目標を持ちづらくなるのは事実です。でも、日常に忙殺されているときほど、余裕を持つために夢や目標に思いをはせてみるのもいいと思います。先のことを考えるとフッと力が抜けて、いま抱えている仕事でいい判断ができたり、客観的な視点も持てるような気がします。
スポーツ選手の引退後の人生について、先ほど“セカンドキャリア”と言いましたが(前編参照)、本当はこの言葉は適切でないかもしれません。現役中も引退後もすべて自分の人生ですから。だから長い目で自分の人生を考えたときに、引退後を有意義に過ごすための準備や教育は確実に必要になります。引退してからではなく、もっと早い段階でその後の準備をしたほうがいい。僕は子どもたちにも、「サッカーだけの人間になるなよ」ということは常に言っていますし、勉強に、趣味に、さまざまなことに興味を持てる人になってほしいと思います。
好奇心で切り拓いてきた人生
子どもたちには、いま目の前にあることに対して100%の力でぶつかってほしいと思います。たとえば公文をやるときは公文に、遊ぶときは遊びに、サッカーするときはサッカーに、ご飯を食べるときはご飯に。“ながら”ではなく、切り替えを大事に。
僕の両親は仕事でとても忙しかったのですが、それが自立するうえではよかったのかもしれません。でも週末は家族一緒にご飯を食べることはもちろん、夏休みには父親がキャンプに連れて行ってくれたり、要所要所で思い出を作ってくれました。母親はよく「親は先に死ぬから」と言っていたのを覚えています。自立するのが当たり前でしょう、と。自立って、自分の人生を他人任せにせず、主体的に能動的に生きることだと思うんです。僕は好奇心が旺盛なので、色んなとことろに首を突っ込んできましたし、そこで新しい人と知り合って自分が知らないさまざまなことを学んできました。人生はそうやって、少しずつ切り拓いていくものなのかなと思います。
僕のサッカー人生も、大きなケガをしたり、代表の選考から漏れたり、挫折とピンチの繰り返しでした。決してエリートではありません。だからこそ、なりたい自分をいつも思い描いて、いま何をすべきかを考えてきました。サッカーほど、自分が一生懸命になれるものはなかったですから。勝ち負けはもちろん、一つひとつのプレーに対して、嬉しがったり悔しがったり。おそらく僕は一生サッカーに飽きることなく向き合っていくのだろうと思います。
関連リンク
宮本恒靖公式サイト
前編のインタビューから – 「サッカーだけでなく勉強も大事に」という両親の教え |