AIでは測れない人間同士の対局だからこその学びもある
池上:
今はAIと練習する機会も多くなってきていると思うんですが、人間と対局するときとAIとでは、気持ちの高ぶりが違うというところはあるのでしょうか。
藤井:
そうですね。普段の練習ではAIと対局したり、他の棋士の方と指していただいたり、両方あるんですが、やはり感覚が異なります。
もちろんまったく違うというわけではないんですが、ただやはり局面における進め方にはその人の個性があります。だからAIとの対局を使っているだけでは習得できないところ、人間同士で指すからこそ学べる面もあるので、どちらも大事なのかなと考えています。
そして対局ですと、必ず持ち時間というものがあって、それに合わせて指さなくてはなりません。AI相手ですとその制約がなく、自分が好きなだけ考えられるところもあるので、その違いもあります。
池上:
AIと違って人間には個性があります。将棋でいうと相手の方の「棋風」になるのでしょうか。藤井さんは相手の棋風を意識されるものでしょうか。
藤井:
もちろん、ある程度は相手の棋風によって、どういう展開になるかの想定はします。
でもその相手がこういう棋風だから、こういうふうに指してくるんじゃないかということばかりにこだわっても、そううまくは運びません。
ですのでやはり、相手の棋風というよりは、自分自身の一手に集中して対局します。
池上:
相手の研究も必要ですが、やはり、最後は自分でしっかり考えるということが大切だということなのですね。
最近の将棋の対局では、ある程度はAIが事前に想定した定跡局面まで進むことも多いと聞きます。その想定局面まで行ってからが考えどころ、勝負どころとなるものなのでしょうか。
藤井:
序盤については最近かなり定跡が整備されていて、その定跡のまま中盤、あるいは終盤に近いところまでいくというようなことがあります。
とはいえ変化もすごく多いですから、定跡から外れる可能性もかなり高いです。そのどちらにも対応しなければなりません。定跡を深く突き詰めていく一方、それが外れた時に対応できなければならないわけで、そのバランスはすごく難しいところです。
自分の可能性を新たに知ることがモチベーションに
池上:
将棋の流れで序盤、中盤、終盤と進んでいく中で、つねに形勢判断をされると思うんですけど、AIではなく人間の判断ですから、どちらかというと楽観的に判断する、いや悲観的に判断する、どちらかの感情が動くと思うんですけど、藤井さんはどちらのタイプでしょうか?
藤井:
そうですね、悲観も楽観もせずフラットに考えます。
なかなか難しいところで、たとえばちょっと悪く考えたらかえって状況が厳しくなってしまったとか、逆に良さそうだったけど失敗してしまったりと、どうしても悲観、楽観のバイアスが入ると、判断がより複雑になってしまうと思います。ですから、フラットに保つようにしています。
池上:
フラットを保つというのは、できる限り客観的に自分や周囲を見ようとする態度のことですね。このことはどんな世界でも大切な心構えですね。
ところで、将棋でも勉強でもそうですが、モチベーションってすごく大事だと思うんです。
藤井さんは将棋を始められた頃、お祖母様と対局されていた時に、勝てて嬉しかったというのがひとつのモチベーションだったと思います。そういう点で、現在の藤井さんのモチベーションはどこにあるのでしょうか。
藤井:
やはり最初の頃は、勝てて嬉しいというところが大きなモチベーションになっていました。
現在は、今までとは違う新しい手筋、新しい指し方、そういうのを知ることができた時が楽しいです。自分の考え方がどんどん増えていくことがモチベーションになっています。
池上:
ご自分が成長していくプロセスがいちばんのモチベーションなのですね。藤井さんは現在「竜王」「王位」「叡王」「王将」「棋聖」と5つのタイトルを持っておられますけども、タイトルや新記録という結果よりも、日々の探究こそが高いモチベーションということでしょうか。
藤井:
もちろん棋士ですから、やはり対局したその結果、というのは少なからず意識しますし、大事なものです。とはいえ、当然ながら負けてしまうこともあります。結果はコントロールできるわけではないので、結果そのものを意識しすぎるとモチベーションの維持が難しくなります。
池上:
結果を意識しすぎると、かえってそれが足かせになることもあるということなんですね。
藤井:
そうですね。調子がいい時もありますけど、なかなかうまくいかないときもあります。記録やタイトルはあまり意識しすぎないように、と思っています。
池上:いいパフォーマンスを発揮できるような状態を心掛けていけば、結果はついてくるということでしょうか。これも子どもたちに伝えたい心構えですね。
今の自分より明日の自分を積み重ねてさらなる高みへ
池上:
藤井さんのこれからについて伺います。まだ20歳とお若いですが、これからさらにご自身の可能性を追求されて、ますます強くなられると思います。これから先の目標はどのようにお考えでしょうか。
藤井:
一プレイヤーとして、自分の実力をさらなる高みに上げていくのは大きな目標です。将棋は難しい競技ですから、強くなる余地というのはまだすごくたくさんあります。具体的にどこまでということはなくて、可能性のある限りという感じです。一歩ずつ上を目指していきたい気持ちです。
もちろん、棋士の仕事は対局だけというわけではありません。将来的には対局だけでなく、将棋の魅力を広く伝える気持ちをもって活動することができたらと考えています。
池上:
将棋の強さの頂上は果てがありませんから、今の自分より明日の自分の方がさらに強くなっていることを目指し続けるということですね。自らの可能性をどんどん伸ばしていこうとされている藤井さんは本当に素晴らしいと思います。
公文式の特長に「可能性の追求」というのがありますが、人と比べるよりも、これからの自分が一歩でも二歩でも先に進めるようにという姿勢を大切にしています。
藤井:
おそらくこれから5年も経つと、私よりも年下の棋士と対戦する機会もきっとできてくると思います。追う立場だったのが追われる立場になるわけですが、私より下の世代の方がどういう将棋を指されるのかなというのは楽しみでもあります。
池上:
最初から将棋AIで育ってきたような子どもたちですから、新しいタイプの、いわば次世代の棋士が出てくるかもしれませんね。将棋界でも、ベテランの棋士の方と若い棋士の方の世代間の戦いが将棋を発展させてきたとも思うので、藤井さんが5年後10年後に年下の棋士の方々と対戦されるのを楽しみにしています。
最後に、藤井さんから子どもたちへのメッセージをいただけますか。
藤井:
私自身、「スタディ将棋」から始めて、将棋がとても楽しくてのめりこんでいったことが、今に至るきっかけです。ですから、自分が少しでも興味を持ったことを追求していってほしいなと思います。
池上:
子どもの頃から自分の好きなことを夢中になって追いかけ、好きな気持ちと能力を伸ばしていくと、その先の未来の道が開けるということですね。
本日はどうもありがとうございました。
~あとがき 公文教育研究会 代表取締役社長 池上秀徳~
藤井聡太先生との対談がかなうというお話をいただいたとき、あまりの嬉しさに心が躍りました。というのも、わたしは大が十ぐらいつくほどの、藤井先生のファンだからです。
最初に藤井先生のことを知ったのは2015年ごろのことです。藤井先生は、『将棋世界』などで「5人目の中学生棋士になる可能性の高い逸材」ということでとても注目されていて、将棋ファンの一人として関心を持って見ていました。
将棋界の期待どおり、藤井先生は、2016年4月からの三段リーグで一期抜けをされて、加藤一二三先生の14歳7ヵ月という記録を抜いて史上最年少の中学生棋士になられましたが、そのころから、将棋界のみならず一般のニュースでも大きく取り上げられるようになり、わたし自身も藤井先生のご活躍を追いかけるファンになりました。
そんな中、自分のある個人的な思い出と藤井先生の想いが重なることがありました。
2017年6月21日に放映されたNHKクローズアップ現代「14歳棋士・知られざる偉業への道 ~歴代最多29連勝・藤井聡太~」という番組の中で、当時の藤井聡太四段が大師匠である故・板谷進九段の夢-「東海地区にタイトルを持ち帰る」-を実現することが自分の夢でもあると語られているシーンがありました。板谷進九段は藤井先生の師匠である杉本昌隆八段の師匠で、藤井先生は東海を拠点としていた板谷一門に連なる棋士なのです。
板谷進先生は自分にとってもとても思い出のある棋士でした。板谷先生が1974年に出された「熱血将棋順位戦」という本があります。この本は板谷先生が1973年度の第28期順位戦でB1からA級に上がる13局(12勝1敗)を自戦記にまとめられたもので、タイトルのとおり、熱血対局の記録です。
当時、わたしは大学受験に失敗し、精神的に追い込まれていました。しばらく受験勉強から遠ざかって頭を切りかえたいと思い、好きな将棋の本を読み漁っていたとき、たまたま板谷先生の本を手にしました。板谷先生は、将棋の対局を通じて、負けそうになっても絶対に自分を信じて戦うことで道が開けると熱く語っていました。その情熱が落ち込んでいた自分に勇気と活を入れてくれたのです。
こんな個人的な思い出があったので、板谷先生の想いが藤井先生に引き継がれたのを知って本当に嬉しくなったものです。ますます藤井先生の大ファンになりました。
2020年7月の棋聖戦で藤井先生が史上最年少の17歳11ヵ月でタイトルを獲得したのはまだ記憶に新しいところですが、これは同時に「東海地区にタイトルを持ち帰る」という板谷先生の夢を藤井先生がかなえた瞬間でもありました。
今回の対談では、わたしが繰り出す質問の一手一手にしっかりと「読み」を入れながら誠実にお答えくださいました。対談の時間はあっという間に過ぎ去ってしまいましたが、あらためて文字になった対談を読ませていただくと、あの時の至福の時がまた思い出されて、幸せな気持ちになります。
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