新聞は社会にインパクトを与え、ひとりの人生を変える
念願の新聞記者となり、さまざまな取材をする中で印象に残っていることは、1982年の日航機羽田沖墜落事故の取材です。この事故では、機長の異常な行動により、羽田空港着陸寸前に海に墜落し、多数が亡くなりました。
その前日、東京・千代田区のホテルニュージャパンで火災事故が発生し、社会部で若輩者だった私は、先輩から本社に泊まるよういわれました。デスクが帰り際、「ちゃんと起きていろよ、明日飛行機が墜落したら大変だから」と言い残して…。すると、翌日本当に墜落事故が発生。私は他社に先駆け一番乗りで現地に着き、機長らが真っ先に救命ボートで避難してきたのを、「大変だったのだな」と思いながら見ていました…。
しかしよく考えれば、乗客より先に機長が逃げてくるのはおかしい。「なぜ最初に乗客じゃなくて機長が?」と考えることができれば、「これは機長が何かおかしいのでは」と気づけたはずです。それなのに、そこまで考えが至らなかった。もしそこで、その異常に気づけば特ダネになっていたかもしれません。
「現場で見た」ということは誰でもできます。しかし新聞記者は、目の前の現象に「どういう意味があるのか」に気づかねばなりません。その時の教訓として、「見たもの」「聞いたこと」の「意味」に気づくことが何より大事だと思い知りました。
20年の記者生活の中で、特ダネを書いたこともあります。1988年元旦の一面トップで、「日・米・中で乗用車生産」という記事です。当時、元旦の紙面は特ダネを書けという社内の意識がありました。しかも、その1年を見通すような世の中の動きをキャッチした記事が求められます。当時私は自動車業界を担当していて、3ヵ国それぞれの自動車会社が合弁で中国に工場をつくるという特ダネをつかみました。1ヵ月くらいかけて取材を続けた結果です。元旦一面トップを書いたのは、これが最初で最後でした。
新聞記事というのは、このように産業界、社会全体にインパクトを与えるものですが、その一方で、個人の人生に影響を与えることもあります。記事を書いて約20年経ってから、記者冥利に尽きるうれしい出来事がありました。
私が書いたのは、「森の中の私塾“高校”」という見出しで、福島県の山の中にできた私塾についての記事です。従来の学校教育とは一線を画した、個性を伸ばす手作り教育で、今でいう不登校の子のための学校でもありました。1978年、福島県・須賀川通信部時代に書いたもので、署名入りで全国版の夕刊に掲載されました。
20年後、その学校の式典に呼ばれて参加したところ、「あなたが尾関さんですね」と男性に声をかけられました。その方は記事を読み、東京から出てきてその私塾で学んだのち、医者になり同窓会長となった人でした。記事を書いてから20年間、自分の記事に影響を受けた方がいたということは全く知りませんでしたので、声をかけていただき、非常に感激しました。
このように社会や個人に影響を与えることが、新聞記者という仕事の大きな魅力です。加えて私は、「日々の仕事の結果が歴史になる」ということが、新聞記者の醍醐味だと思っています。記者時代、上司から「日々、歴史を書くつもりで原稿を書け」と言われ、部下にも言ってきました。給与や出世よりも「今、どういうことが必要か」「どういう問題が埋まっているか」と、社会のためになることを考え続けられる人が、新聞記者に向いていると思います。
見出しの大きさを見れば、何が重要かわかってくる
ここ10数年来、ネットメディアやSNSが隆盛し、メディアを取り巻く環境も変わってきています。記者会見でもパソコンのキーボードを叩くばかりで、話し手の顔を見ない記者もいます。でも、それでは発言者の表情がわからず、深みのある記事が書けないのではないかと危惧しています。それは「気づかない」のと同じことです。
人が取材し、人が真実と考えられることを報道することが、新聞の役割です。私が羽田沖の飛行機事故で学んだ教訓のように、「現場で見た」だけでは何の意味もなく、解説のないテレビの野球中継と同じです。また、発表記事はあくまで「発表記事」であり、「新聞記事」ではありませんし、「速報記事」だけが重要でもありません。
発表記事や即時性のある一報はオンライン記事に任せて、新聞としてはより深い記事、「なるほど」と読者をうならせるような解説記事や調査報道、特ダネ記事が必要です。そうでないと新聞の需要はなくなり、マスメディアの退化、日本の報道の退化につながります。きちんとした情報が入らなくなってしまって、一番損するのは国民だということを忘れないでいただきたいです。
近年は新聞離れを懸念する声もあります。たしかにオンライン記事はパッと出た1行を見て、興味のある記事だけを読めばよく、手軽です。そして記事は出てきたと思ったらどんどん消えていきます。しかし新聞は、瞬間的にできて消えていくものではありません。とくに1面の記事は、10数人の各部のデスクで協議して、当番の編集責任者が「大きな価値がある」と判断して掲載しているもの。そこがネットメディアとの大きな違いです。
新聞に載る小さな記事も見逃さないでほしいですが、やはり大きな記事には大きな意味がある。すべてをじっくり読もうとすると相当の時間を要するので、せめて見出しだけでも見てほしいですね。記事の大きさや見出しの大きさが違うのは、それなりの意味があると理解し、電子版でもいいので、紙面の形のものを読んでほしいと思います。すると、「こういうことがあるんだ」と気づくことができます。その気づきは、自分たちの生活にとても密接なことなのです。
世の中の多くの記事は、ある部分を切り取って一方的な内容に仕立てがちですが、物事には100%というのはありません。6割や7割、あるいは3割かもしれないと、絶えず多角的に見ることが大切です。それはマスメディアにいる人でも企業人にも、もっと言えば、子育てにも必要な視点でしょう。そうした見方を提供するのがマスメディアの役割であり、広報の役割でもあると思っています。
多角的な視点をもち、子どもの目指すことをつぶすことなかれ
尾関さんからのメッセージ 「若者よ 新聞記者を目指せ」 |
私は新聞記者という夢はかなえることができましたが、正確にいうと、希望通りなのは新聞記者になり、社会部の警視庁クラブに配属されたことまで。あとの仕事はすべて社命によるものです。経済部に異動になったときも、「経済なんて勉強したことない」という状態でした。読売新聞社で最後の職場となった教育支援部も、自分で希望した部門ではありません。けれどもいずれも赴任してみたら、楽しくてしょうがない。最初は意に沿わなくても、大変だと思うより好奇心を持って取り組んでみると楽しくなります。
加えて、上司などへも遠慮せず、自分の意見、自分の進路は、信じることに従い、遠慮なく決断し、諦めずに取り組んできました。それが夢をかなえる秘訣でもあるように思います。
実は私は、第一希望の私立高校に落ちました。そのときの作文の出題が「お母さん」でした。その数年後、やはり落ちてしまった第一希望の大学の小論文のテーマも「母親」で、留年したのち受験した読売新聞社の入社試験の作文テーマも「母親論」でした。
その3度目の作文は、「二度あることは三度ある。それとも三度目の正直となるか」と書き出し、合格を勝ち取りました。私のこの実体験のように、失敗しても、諦めなければ幸運が巡ってきます。ですから子どもたちにも、やりたいこと、かなえたい夢があったら、何度でも諦めないで挑戦してほしいと思います。
学生と接していると「自分は特別な活動をしたことがないので、自信がない」という子が目立ちます。それは自分の人生をしっかり振り返っていないだけで、振り返ってみれば「自分だけの人生」、言い換えれば「自分だけの価値」が必ずあります。「自分だけの価値」はそれぞれ違うものです。そうでなくては、人間を取材するマスコミの存在意義はありません。みな違うから価値があり、記事になるのです。
保護者の方には、子どもたちの失敗を責めないで、と伝えたいですね。周囲に忖度し、子どもの目指すことをつぶすことはしないでほしいと思います。「今いい学校に入れなかったからダメ」「今成績が悪いからダメ」ではなく、多角的に見てあげて、その子の個性を伸ばすことが大事だと思います。子どもの価値は「いい学校」「いい成績」とは違うところにある。それを忘れないでほしいと思います。
マスメディアや新聞への誤解が、企業広報や社会にはまだまだあると感じているので、私はこれからも社会にとってマスメディア、特に新聞が有用だということを知らしめていきたいと思っています。それにより、よく調べて多方面から考えられる“よき人材”がマスコミに、企業・組織の広報に、育つことを願っています。
関連リンク メディアと広報研究所
前編のインタビューから -メディアと企業の間の「越すに越されぬ溝」を埋めたい |
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