21世紀は持っている能力を
生かしていく時代
田島信元先生(以下、田島):20世紀は子どもたちの持つ知識や技能、態度、広く言えば思考力や分析力等の認知能力は、学校や社会を通じて育てていくべきだと考えられていました。しかし、研究の進展や多くの事例から、それらの知識や技能は実践的に使える能力にはならないだろうという発想に変化していきました。
実際、社会や経済もなかなか問題解決が難しい状況になってきましたし、環境の変化や研究の成果も含め、認知能力と想定されていたもののベースは、子ども自身が持つ、非認知能力であり、その重要性が叫ばれるようになりました。
20世紀の教育は学習内容に対してレベルを設定して、そこにいかに早く到達するか、一種のトレーニングを行い、テストをして確認していたわけですが、21世紀の学校では子ども自身が「こんな力を身に付けたい」と学習目標を立て、それに積極的に向かっていく「学習に向かう力(非認知能力)」や、社会状況に応じて周りの人々と協働しながら新しい知識や技能を創造していく力を育てるために、非認知能力を活かした授業を行い、教師と生徒、そして生徒同士がディスカッションやネゴシエーション、すり合わせを通して、新たな知識や技能を身に付け、創造までしていくことを目指すようになってきました。
(※非認知能力=意欲、粘り強さ、計画性など、数値化することが難しい個人の特性による能力)
公文教育研究会 池上(以下、池上):子どもたちに必要な力という切り口について言いますと、一つの論点は世の中が子どもたちにどんな力をつけてほしいと望むかということだと思うのです。たとえば日本の戦後、高度成長期の1950年代から70年代までであれば、産業社会が、日本人としてこういう成人、企業人が欲しいと考えていたものが教育の目標になっていたと思います。現在はグローバル人材ということがよく言われますが、これは、社会がグローバル化したことに即応しています。子どもたちは社会の中で自己実現を果たしていくことになるのですから、今求められる人材と言われると、それはグローバル人材と言えるのではないでしょうか。
田島:グローバル人材というと、地理的、文化的に異なる世界を超えたグローバルな世界に通用する人材のことだと思いますが、そのためには、学校は学校、社会は社会ではなく、学校から社会に至る異なる発達段階を超えて、生涯発達の全過程で通用するグローバルな人材を企業や社会が求めているということは、大変共感できます。
実際、非認知能力というのは、子どもたちが生涯発達していくために必要な力であると言えますし、私がリカレント教育(義務教育期間や大学で学んだ後に、「教育」と「就労」のサイクルを繰り返す「教育制度」)に関わった時に、自分はやればできるという自己肯定感を持った人は伸びていくとあらためて思ったことがありました。自己肯定感というのは、まさに非認知能力の到達点であると考えています。
池上:非認知能力を高めることは子どもたちにとって非常に重要だと思います。私たちは非認知能力という言葉をそのまま使っていませんが、「自学自習力」や「内面的な力」という言葉を使ってきました。公文式学習は基礎学力とともに、学習習慣や自分で考える力といった内面的な力を伸ばす教育をしてきたと言えます。
自分の居場所を感じられれば
子どもは伸びていく
田島:子どもは自分自身と周りとの関係を通じて非認知能力を身に付けていくことを、私たちは発達心理学の領域で20世紀の後半から研究してきました。
例えば、赤ちゃんを実験室に連れてきて、色んな刺激を与えてどんな能力があるか判定するのですが、研究者の期待に反して、赤ちゃんは反応してくれないんです。しかし実験室を離れて、家庭で実験をすると、同じ刺激に対して同じ子どもなのかというくらい反応することがあります。
4歳くらいまでのお子さんは自分の居場所だと感じられる場所ではどんどん学習していき、そうでない場ではシュリンクしてしまうということが多々あり、5、6歳になると場が異なっていても力を発揮できるようになってくることが分かってきました。生涯発達的にグローバル化を果たし始める時期といえましょう。
私が1970年代に公文式学習教材を知って驚いたのは、子ども自ら学んでいける、子ども自ら発達していけるよう、学習を支援する場を土台としたシステム教材だということです。創始者の公文公会長は、「場を作らないと教材がうまく機能していかない」とおっしゃっていましたよね。
21世紀は、子どもたちが生きがいをもって、生涯にわたって自学自習する時代と言えると思いますが、20世紀の後半からすでにその発想があったことに私は大変興味をもちました。
これからの社会環境のあり方も含めて、子どもたちが幸せになる=生まれつき持っているものを発揮するプロセスを作る場をKUMONがもっと広く開発してくれればありがたいですね。
池上:認知能力も非認知能力も両方一人の人間の中にあるものですが、前者はテストで測れるもの、一方後者は測りにくいものです。時代によって教育のテーマがありますが、基礎学力をつけるという教育の課題はずっと変わらないもので、そのずっと変わらない教育の課題の土台に非認知能力がある。公文式学習は両方大事にしていて、読み書き計算の習得を通して、内面的な力を高めていく学習法です。内面的な力を伸ばすにはテーマが必要で、たとえば単に「やる気を出して」と言っても無理でしょう。テーマは音楽でもゲームでも、その子の好きなものでいいのですが、KUMONの場合は学習だったということなんですね。
「コラボ、ネゴ、ウォッチ」の関わりと
必要なときの即時フィードバック
田島:人間は物事の因果関係に対して、好奇心や興味をもって解明しようという力を生まれながらにして持っています。それらを具体的に解決していく過程で非認知能力が培われていくわけですが、自分ひとりではできないときには、特に幼少期や新しい段階の学習に入ったときには、「コラボ、ネゴ、ウォッチ」という周りからの関わりが必要になってきます。
まずは親子として対象を楽しむことが「コラボレーション」。そこで子どもがある行動をとったときに、こうすればもう少し面白くなるかもしれないよと、ヒントやモデルを提示したり励ますことが「ネゴシエーション」、そして子どもがどうするかを見守ることが「ウォッチ」です。
子どもが聞いてくるまでは手を出さずに、コラボとネゴはわずかで、あとはウォッチでいいんですね。もちろん、子ども任せ(放任)というのではなく、見守りです。子どもが必要に応じて確認したり、質問したりしたときには、即時に「フィードバック」するというプロセスを強調しています。
非認知能力はいくつかの柱に分けられます。まずは人に関わりたいと思う気持ち。そして人(相手)のことをよく聞いて、自分が知りたいことを提示する、自己主張や自己抑制のバランスを取れるようになることが2つ目。その過程を通して相手の言っていることにこういう意味があるのかとイメージできること、イメージとして捉えて使えるようになる言語能力、これが3つ目です。一言でいうと「コミュニケーション力」といえましょう。このコミュニケーション力を支える3つが非認知能力から認知能力に移行する時に必要なものなんです。
池上:なるほど、言葉ひとつをとっても、国語力とか語彙力というとテストで測れる認知能力になりますし、一方でコミュニケーション力というと非認知能力になります。だから非認知能力と認知能力って連続しているものなのですね。
田島:また、何となく分かっているけれど、整理できずに力を発揮できない状態にあっても、居場所を作ることで「自分にもできるぞ」という非認知能力の原点であり、到達点でもある自信、自己肯定感が沸き起こる状況を起こすことができます。これができると、コミュニケーション力もぐっとレベルが上がる状況となり、その結果、当然ながら、レベルアップした認知能力を子ども自身で引っ張ってくることになります。KUMONの教室というのはまさにそういうことが起こっている「場」なのだと思います。
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