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Vol.076 2021.04.23

産業技術総合研究所主任研究員
二橋亮さん

<後編>

突き詰めれば価値が出てくる学びがある
地道な努力を怠らずに力をつけよう

産業技術総合研究所

二橋 亮 (ふたはし りょう)

富山県生まれ。県立高岡高校を卒業後、東京大学理科一類に入学。同大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 博士課程を卒業。日本学術振興会 特別研究員などを経て、2009年から産業技術総合研究所の研究員として着任、現在に至る。東京大学ほかの大学講師,京都大学の客員准教授なども務め、2012年に日本動物学会奨励賞、2014年に日本進化学会研究奨励賞、平成26年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞などの受賞歴も持つ。

子どもたちに人気の昆虫のひとつトンボ。童謡にもうたわれるなど馴染みのある昆虫ですが、意外にも解明されていないテーマが多いそうです。その謎を解明しようと研究を続けているのが生命科学博士の二橋亮さん。子どもの頃から昆虫の中でも特にトンボに興味を持ち、“トンボ愛”を育む一方で、公文式教室では持ち前のチャレンジ精神を発揮し、学びの土台を固めてきました。やがて“昆虫に関わる仕事”という子どもの頃からの夢をかなえます。二橋さんが“好き”を仕事にできた道のりやトンボ研究の魅力などについてうかがいました。

目次

    「昆虫に関わる仕事」という夢を与えてくれた大人たち

    二橋 亮さん

    数学が得意だったので、高校は地元の公立校の理数科クラスへ進学しました。定期試験期間中は学校が午前中で終わりますが、そんな日に父は店を閉め、一緒にトンボ採りへ。試験中なのに「勉強しろ」とは言わずに、「一緒に採りに行こう」と(笑)。すると逆に、周囲は自宅で勉強しているので、自分はトンボを追う一方で、「このままではまずい」と集中して勉強するようになるんです。そうしてトンボを追いかける父子を、母は何も言わず見守ってくれていました。ありがたかったですね。

    「将来、昆虫を使った仕事ができると楽しいだろうな」という想いは、子どもの頃からありました。昆虫を扱っている大人に出会う機会が多かったためでしょう。とくに3つの出会いが影響していると感じます。ひとつは地元博物館の学芸員の方との出会い。顔見知りになり働く姿も間近で見ていて、楽しそうだなと感じていました。2つめは、その学芸員さんつながりで富山大学の先生と知り合ったこと。中学生ながら研究室にお邪魔したり、一緒に虫採りをしたりする中で、「いい仕事だな」と憧れました。高校生になると、調べた結果を発表するようなり、そこで全国のアマチュア研究者と知り合うことができました。これが3つめの出会いです。中には「遺伝子の解析でこんなトンボの分類ができるかも」と話をする人もいて、「そういうところに自分も携われるといいな」と漠然と思っていました。

    それで大学は、生物学科を第一志望に。東京大学に決めたのは、研究の選択肢が広がるかなと感じたからです。遺伝子解析などの分子生物学を学ぼうと、卒業研究は昆虫ではなくクラミドモナスという単細胞生物を扱う研究室に進みました。一方で、大学時代は週末ごとに富山に帰省して、トンボ調査に明け暮れていました。ちょうど博物館でトンボの目録を新たにつくることになったため、富山県の市町村ごとになるべく多くの種類を記録しようと目標を定めて取り組みました。

    大学院に進んだのは、本格的に昆虫の研究をしてみたいと思ったからです。カイコを中心に昆虫の模様の研究をされていた藤原晴彦先生の研究室に興味が湧いて、そこでおもにアゲハチョウの幼虫の模様の研究をしました。昆虫関連の学会で、現在の上司にあたる深津武馬先生と知り合ったご縁で、現在に至っています。

    夢に近づく選択

    選べるチャンスがあるときは、「やってみたいこと」を選ぼう

    二橋 亮さん

    振り返ってみると、公文時代から、その都度自分で目標を設定し、モチベーションをあげてきたように思います。そして自分で選べるチャンスあるときには、「やってみたいこと」を選んできました。これが、夢を現実に近づける秘訣ではないかと思います。

    私の場合「チャンス」というのは、たとえば産総研の中で、何を研究するかを自分で決めることができたということです。でもこれには同時にリスクも伴います。とくにトンボ研究に関しては、やりたいことをやっているように見えますが、先にお伝えしたようにトンボは研究の先例が大変少ないため、研究方法も確立されていません。サンプルも自分で調達しなくてはなりませんし、どんな結果が出るかもわかりません。でもリスクがありながらも、何をやるかは自分で選べる。そこで「チャレンジするなら今しかない」と思って行動した結果、今があります。

    やりたい研究ができるのは、ある程度自由な研究の場を提供してくれているグループ長や部門長はじめ周囲の方々のお陰で、出会いに感謝しています。同時に、なにかを達成するには、やはり本人の地道な努力が大事です。本当にやりたいことがあるのなら、勉強はしっかりやっておいたほうがいいと思うことがあります。そうすれば、やりたいことができるチャンスが広がるように感じています。

    例えば研究者にとっては論文を書くのは非常に重要で、論文は英語が基本なので英語力は必須です。でも、より大事なのは国語力です。英語はAIなどを使った自動翻訳で対応できる未来が来るかもしれませんが、それでもオリジナルの日本語の文章力や、論理が破綻していたらどうしようもありません。また、生物の研究では結果を数値として表すことが多いため、解析には数学的なセンスも欠かせません。こうした基本的な力を地道に積み上げてきたことも、私が夢に近づけた一因かもしれません。

    興味を突き詰めた先の価値

    一見ささいな子どもの興味の“価値”を認めてあげよう

    二橋 亮さん

    今後は「やりたいこと」と「できること」を、時間を有効に使って研究していきたいと思います。「やりたいこと」とは、例えば“見た目の違い”を解明することです。トンボの中にはメスとオスの見た目が違う種が多いのですが、よく調べてみると、オスとそっくりなメスと、オスと見た目が全然違うメスが同時に存在する種もいます。そのパターンは種ごとにさまざまで、それが遺伝的なものか環境的なものか、メカニズムがわかっていないので、それを解き明かしてみたいです。

    また、自分で発見した新しいタネが、応用研究につながることを期待しています。現在進めているのは、シオカラトンボのオスが分泌する“紫外線を反射するワックス”に関する研究です。シオカラトンボは、小学校のプールなど木陰がない水辺でも生息できるのですが、それはこのワックスが太陽の強い日差しから細胞を守っているからではないかと考えています。このメカニズムを、たとえば化粧品など、人が使うものに応用できると素晴らしいなと思っています。

    この例のようにイメージしやすいトンボの魅力が解明されれば、より多くの人に興味もってもらえるのではないかと思っていますし、研究を進めれば、ほかにもいろんな発展のある発見につながることを期待しています。特に昆虫は子どもが興味を持ちやすいテーマなので、子どもたちに「昆虫や生きものなど身近なところにおもしろいテーマが残っている」ことを知ってもらえたらうれしいですね。

    私がそうだったように、子どもたちには「やりたいことがあったらそれに集中しよう。するとそれが糧になる」と伝えたいですね。ものごとを究めようとすると、結果的にいろんなことを勉強することになりますから。一見すぐに何の役に立つかわからないことでも、ある程度突き詰めれば急に価値が出てくることがあります。一見ささいな子どもの興味の“価値”を、大人が認めてあげると、子どもはやる気になります。おうちの方はぜひ、それをうまくサポートしてあげてください。

    子どもは「これをやりなさい」といってもやらないものです。わが家では、読ませたい本があれば何も言わずに、さりげなくリビングに置いておきます。すると自然に読むようになります。親が子どもの興味に一緒に関わるのもいいですよね。私自身は、そもそも父が昆虫好きで、一緒に昆虫を追いかけていましたが、子どもの興味を親が伸ばすというのは、いざ自分が親になってみると、それがいかに難しいことか分かります(苦笑)。現在、小学生の息子は、昆虫も好きですが、最近は将棋に熱中しているので、私は得意ではありませんが一緒にやっています。両親が私にしてくれたように、私も本人がやりたいことをサポートしながら、成長を見守っていきたいと思います。

    前編を読む

    関連リンク

    国立研究開発法人 産業技術総合研究所生物共生進化機構研究グループ


    二橋 亮さん   

    前編のインタビューから

    -身近なトンボの知られざる体
    -0歳からの昆虫採集
    -公文式学習で学んだ見通しを立てる大切さ

    前編を読む

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