会社を辞めて立場が逆転。
発注側の気持ちがわかることが強み
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美大で学んでいたのはグラフィックやマーケティングなど、商業デザインです。企業に入って活躍するデザイナーを育てるカリキュラムが中心で、当時の私の将来の夢は、「企業に入ってデザインの仕事をするのかなあ」という、いたって漠然なものでした。
その筋書き通り、卒業後はメーカーに就職し、広告部門で制作物を担当しました。自分で手を動かすのではなく、デザイン会社につくってもらう、つまり口で仕事をしていた感じです。その後マーケティング部に異動し、会社案内やCIを担当しました。こうした会社での業務は、自分では実際につくらないものの、企業内で制作物をつくる際の一連の制作工程を知ることができたという点で、とてもよい経験をしたと思います。
ただ、社内でベテランになってくると管理職に向けての研修が始まります。もともとものをつくるのが好きな私は、そこに労力を費やすなら好きなことに時間を注ぎたいと思い、7年目に思い切って辞めました。とはいえ、仕事のあてがあったわけではなく、退職後は3ヵ月間ヨーロッパへ。スケッチブックを手に心に残る風景をスケッチしての旅でした。語学もたいしできなかったのですが、この旅ですべてをひとりで対処できたことは自信につながりましたね。
帰国後は友人から仕事を紹介してもらったり、作品をファイリングしたものをデザイン事務所に見てもらったりして、少しずつ仕事を増やしていきました。このころ心がけていたのは、自分の希望や意向にかかわらず、声がかかった仕事はしっかり引き受けるようにしていたことです。そうするうちに知り合いが増えますし、一生懸命やっていると必ず見ていてくれる人がいて、お声がかかることも増えてきます。
仕事をしつつ、自分のタッチを探っていた時期でもありました。やがて作品がたまったら自分の好きな作品だけをファイリングして、好きなタッチの依頼が来るように工夫する余裕も生まれてきました。早い人であれば2~3年でできることかもしれませんが、私は余裕ができるまで10年くらいかかりました。遅々としていましたが、積み重ねの結果、今があると思っています。
ここまでやってこられたのは、やはり相手が喜んでくれるものをつくろう、と心がけてきたからでしょうか。会社員時代はデザイン事務所に発注する側でしたが、独立後の今はその逆の立場。だから「納期は1日でも早く」など、発注側の気持ちがわかるので、その気持ちに応えるようにしています。