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Vol.056 2019.07.19

声楽家
安田祥子さん 

<後編>

歌いかけは親子をつなぐ大切な時間
童謡が持つ日本語の豊かさを大切に

声楽家

安田 祥子 (やすだ さちこ)

子どものころ、ひばり児童合唱団に所属し童謡歌手として活躍。東京芸術大学大学院修士課程修了。1966年オペラ「フィガロの結婚」のスザンナ役で声楽家としてデビュー。1969年NYジュリアード音楽院、1976年ロチェスターイーストマン音楽院に学ぶ機会を得て、帰国後、日本歌曲によるリサイタルなどを開催。1986年から妹、由紀さおりと四季の移ろい・小動物や相手を思いやる気持ちなどを、きれいな日本語で歌っている歌の数々を次代に手渡したいという思いで、活動を続けている。2013年7月には、童謡、唱歌などを通じ日本語の美しさや日本人の心を広く伝えた活動が評価され、文部科学大臣表彰を受ける。

「日本の美しい言葉の歌を大切にして、次世代に歌い継ぎたい」――そんな願いをこめて、妹の由紀さおりさんとともに童謡コンサートを続けている安田祥子さん。保育専門学校の特任講師や、特定非営利活動法人の顧問も務められるほか、ツイッターでコンサート活動や日々の四季の移ろいを発信されるなど、新しいことにも取り組みながら精力的に活動されています。働く母親が増えて忙しい時代だからこそ、短い時間でも子どもと真剣に向き合うことが大切であり、そのツールとしてぴったりなのが童謡だと説く安田さん。歌い聴かせのコツやご自身の子育て経験から、いつまでも若々しく元気にいられる秘訣まで教えていただきました。

目次

    「大きな刺激を受けたジュリアード音楽院での学び

    声楽家 安田祥子さん

    ニューヨーク滞在中、幸運なことにジュリアード音楽院に通うことができました。ジュリアードの学生たちは皆、自分が世界一だと思っていて、プライドがものすごく高い。先生方も、英・独・仏語を話すことができ、あらゆる音楽に通じています。音楽学校ってこういうものなのだなと、ものすごく刺激を受けました。

    ここで私のターニングポイントというか、音楽探しがまたスタートします。でもオペラ歌手としてやっていくのには、あまりにも声が細いし、私のような声の人はたくさんいて、競争が激しい。オペラ歌手としてやっていくのは無理だなと、自分の限界を悟ってしまったのです。

    では、自分の音楽とは何だろうと、ニューヨーク滞在中、いろいろな方のコンサートに行きました。すると、皆さんアンコールに母国の歌を歌われる。日本の方は、日本の歌はたくさんあるのに、なぜか皆さん『荒城の月』ばかり。そこで気づきました。私はそういう歌を勉強してこなかった……と。それで帰国してから、後輩たちと一緒に日本の歌を勉強して、コンサートをやるようになりました。

    そうこうしているうち、母から「良い歌にジャンルは関係ない。妹のリサイタルで一緒に歌ったら?」とゲスト出演を提案されました。はじめは、親孝行のつもりで引き受けました。元の歌いはじめの原点である童謡をメドレーで歌うと、お客さまから「こんなにいい歌があったのに、あの時代の歌はどこ行っちゃったのでしょう」と、懐かしむお声をたくさんいただきました。そこで母が「これよ!」と、レコード作りと二人の活動がスタートしたのです。皆さん、こういう歌を待ち望んでいたのですね。

    童謡は子どものための歌なので、作詞家の方々は優しい言葉を選びます。でもたった2行でも大きな想像力を働かせてくれる言葉であり、推敲に推敲を重ねた美しい日本語です。プロデューサーからは、「そういう優しく美しい言葉の歌たちを提供する」という想いで歌わないとダメだと教えられました。

    テレビがなくラジオの時代の歌は、聴いて思い出す風景は人それぞれ。ひとつではありません。それが童謡や唱歌の強さです。ですから私たち姉妹が、自分たちが気持ちよく、自分たちの思いだけで歌ってしまうと、皆さんの思ってらっしゃる風景が吹き飛ばされてしまいます。「皆さんの歌」として歌わないといけないということです。

    わずかな時間でも、本気で子どもと向き合ってみよう

    わずかな時間でも子どもと本気で過ごすことを大切に

    声楽家 安田祥子さん

    ご家族向けのコンサートの時、「子守歌を歌っているお母さんは?」とたずねると、100人くらいのうち大抵4~5人しかいません。でも童謡や愛唱歌というのは、3分もあったら2曲くらい歌えるんですよ。

    たとえば『ゆりかごのうた』をゆっくり歌いながら、背中をトントン、お尻をポンポンすると、お母さんも落ち着きますし、お子さんもすぐ寝入ります。でもお母さんは忙しいから「早く寝てちょうだい」という気持ちで歌っていたら、それはお子さんに伝わってしまい、寝なくなる。すると、お母さんはイライラ、子どももイライラ。だからゆっくりトントンとしながら、自分の気持ちも落ち着かせる。そのちょっとの時間がすごく大事だと思います。

    仕事で忙しくても、わずかな時間を本気でお子さんと付き合えば、それは子どもにも伝わります。それが安心感や感謝の気持ちになっていけば、その後家庭で何か問題が起こっても解決できるのではないでしょうか。

    私も仕事をしながら一人娘を育てました。小さい頃から娘はいわゆる「鍵っ子」でしたが、おとなりの奥さまが息子さんたちと一緒にみてくれました。そういう仲間がいてくださったので、すごく助かりました。その奥さまからは、「漢字の書き順も自分たちの頃とは違ったりするから、学校の勉強には関わらない方が良い」とアドバイスをもらい、娘には「わからないことは学校でちゃんと解決してらっしゃい」といっていました。だから娘は全部自分でやっておりましたので、手がかからない子どもでした。娘はその後成長して一人で外国へ行き、現在も海外で頑張って仕事に取り組んでいます。私は今も娘に対して、本人がハッピーならばそれがいい、と思っています。

    私自身も自分で解決するよう育てられました。合唱団にいた時、辞めたくなったことがあり、母に「辞めたい」と言ったら「自分でやりたいって言ったんでしょ」と諭されました。そう言われたら、ぐうの音も出ません。一人の人間として、信頼されていたのだと思います。

    「親は子どもをどう育てればいいか」というのは、本当に難しいですね。今のように多様化している時代と私たちの時代とでは、環境があまりにも違いますし、「これはお手本になります」とは言えません。正解はないと思います。与えられた一日24時間は同じなので、どうしていくかは、それぞれに努力しないとならないのだと思います。

    安田さんの元気の秘訣とは?

    「毎日がスタート」と思うと、新しい発見があります

    声楽家 安田祥子さん

    今後の目標についてきかれたりしますが、目標を決めて勢いよく突っ走るのではなく、一日一日を大事にして、毎日がスタート、今日も新しい一日がスタートする、という思いで過ごしています。すると、新しい発見があったりします。

    妹とのコンサートについていえば、主要都市はほとんど行きましたが、まだお邪魔してない地域があるので、そうした場所にうかがって歌をお届けしたいですね。そのためには自分が心も体も健康でなくてはいけません。私がしているのは、一日何回も鏡を見ること。歩いていても一日何回もウィンドウで自分を映してみます。

    そして寝る前にはニコッと笑ってから寝て、朝起きて洗顔したらニコッと笑う。そうやって自分の気持ちを奮い立たせています。これ、お金もかからないし、お勧めですよ。
    ステージでは今も7cmのヒールを履いて一時間半あまり歌っています。ロングドレスですから、そのバランスが大切です。教壇に立つことも、ステージに立つのと同じだと思っていて、立ち姿を美しく見せる努力をしています。「美しく」というのは、心も体も、真摯な気持ちということも含めて、美しくありたいということです。ジムにも通っています。努力は欠かせません。

    ほかには、「風邪をひかない」「食べ過ぎない」「転ばない」そして最近加えたのが、「老け込まない!」これらをポリシーにしています。それから、若い方とはコミュニケーションをうまくとり、若い方のパワーを上手にいただくよう心がけているのも、元気の秘訣かしら。

    これから先、保育の仕事でもAIに任せるような場面が出てくるかもしれませんが、人間じゃなきゃできないことがまだまだあります。豊かな感性があるのは人間ならでは。専門学校への通学路には、庭のあるお家が結構あって、私は学生さんに、「毎朝見てきている?」と聞いています。目を向けていれば「あじさいの季節になったな」など、季節の変わり目に敏感になりますから、そうしたことを大切にしてほしいと思うのです。

    皆さんも朝は忙しいでしょうが、周りの景色を見ながら歩いたり、家を出る前にニコッと笑ってみたりしてはどうでしょうか。ちょっとした一瞬に、それができているかいないかで、一日のスタートが違うと思います。そして歌のレパートリーを、ぜひ増やしてください。歌うと元気になりますよ。私もこれからも、自分も周りも元気になるよう、日本の歌を伝え続けていきたいと思っています。

    関連リンク 由紀さおり・安田祥子音楽事務所公式サイト


    声楽家 安田祥子さん  

    前編のインタビューから

    -「歌うことは副作用のないサプリメント」
    -童謡や唱歌は日本語の豊かさに気づかせてくれる
    -安田さんが音楽を始めたきっかけとは?

     

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