「夢」「学び」を支えるKUMONの「いま」を伝えます

記事検索
Vol.038 2016.11.25

経済学者 松繁寿和 先生

<後編>

教育による人の成長
人的資本としての価値を高める
「自分がどう生きたいか」を考えよう

経済学者

松繁 寿和 (まつしげ ひさかず)

香川県生まれ。1980年に大阪大学経済学部卒業後、大阪大学大学院経済学研究科修士課程を修了。その後、オーストラリア国立大学にて Ph.D.を取得。南山大学経済学部講師、大阪大学経済学部講師などを経て、1994年、大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授に。2003年には同教授となり、現在に至る。著書に『大学教育効果の実証分析――ある国立大学卒業生たちのその後』(編著、日本評論社)など。

経済学者として、大阪大学大学院国際公共政策研究科の教授を務める一方、この7月に設立された大阪大学COデザインセンターの初代センター長を務める松繁寿和先生。「経済学」というと、金融や財政を思い浮かべがちですが、先生が専門とする「労働経済学」は、「人」にフォーカスをあてた経済学の一分野です。今に至るまでの松繁先生の歩みと、日々学生と接する中で感じるこれからの教育に必要なことなどについて伺いました。

目次

積み重なった疑問に対する解決策を見出そうと大学院に進むが……

経済学者 松繁寿和先生

そんなふうに経済学の何たるかをまったく知らずに進学したのが、数学と統計で知られる大阪大学の経済学部でした。しかし、私が気になっていたのは、社会の矛盾や構造――たとえば、荒れた中学があり、進学校がある。さらにそれぞれの場所で、価値観が異なっていることもある。なぜそういうことが起こるのか――といったこと。ですから、当時は「数学と統計を学ぶために大学に進学したのではない」という感覚がありました。

それなのになぜそのまま大学院まで進んだのかというと、労働経済学の先生のゼミで、経済学の中に「人的資本(ヒューマン・キャピタル)」という考え方があることを知ったからです。人的資本とは、人間が持つ能力(知識や技能)を資本として捉えたもので、教育を受けることで仕事に必要な能力が高まり、結果として賃金が上がり収益が得られるという考え方。「経済学にも人を扱う分野があるんだ。これなら自分の疑問に応えてくれそうだ」と興味をもったのです。

ただ、大学院では本当に好きな研究ができると思っていたのですが、そうでなかったのは大きな誤算でした。私としては、「人」や「人の成長」、そういう人たちが織りなす社会の矛盾、「どうしてこうなるのか」とたまった疑問が、大学院に行けば解けるだろうと考えていたのです。ところが、やるのはひたすら統計や数学など経済学の基礎トレーニングばかり。それらは学者になるなら当然必要となることなのですが、どうしても自分の中では受け入れられなかったのです。

そもそも日本では「こうでないといけない」という傾向が強くあります。自分がやりたいことはできずに、「これをやりなさい」と言われる状況に疲弊し、しかも自分が抱えている疑問にも応えてくれる人がいない。大学院をやめようかと思っていました。そんなとき、たまたまオーストラリア留学の話があり、行くことにしたのです。

現地では人に対する制約が弱く、私はそこで解放されました。自分の好きな領域を好きに勉強できたことで、立ち直れたのです。オーストラリア国立大学でPh.D.を取得して卒業する頃、日本はオーストラリアブーム。現地で学んだ人が欲しいと、帰国後すぐに職も見つけることができました。本当に運が良かったと思います。

松繁先生が今の大学生を見ていて感じることとは?

まず「自分がどう生きたいか」を考えることが大事

経済学者 松繁寿和先生

これまでお話ししてきた歩みの中で、私は将来についてあまり具体的には考えていませんでした。普通の高校生なら持たないような疑問をたくさん感じていたので、「自分は多くの人と同じようには生きていけない人間だ」と高校時代から認識していたからです。

結果的に、「労働経済」の研究者となり、いまこうして振り返ると、一本につながっていることがわかりますが、これは運良くつながっただけでしょう。進路指導で、「あなたが抱いている疑問に応えてくれるのは、こういう分野だ」などとは誰からも一度も言われませんでしたから。私の経験を踏まえて、子どもたちの進路指導やキャリア教育に携わる方々には、まずその子が何をしたいか、何にこだわっているかをじっくり聞いてほしいと思いますね。

いまの学生たちを見ていると、多くはとにかくまじめでいい子たちですね。一方でとにかく反発する少数派の学生たちもいます。つまり与えられた環境にできるだけ順応するか、すべてを拒否するかの二極化している。本来、「自分がどう生きたいか」を考えることがまず大事で、そう考えると順応するか、拒否するかの二者択一ではなく、与えられたことの一部は取り入れ、一部は取り入れないというように、さまざまに組み合わせていくことができると思います。しかし、そのような選択をしている学生はあまり見かけません。ちゃんと自分で考えているのかな、と心配になります。

日本はまだまだ守られた温室のように感じられるかもしれませんが、グローバル化が進む今、「日本だけで生きていきますから」とは言っていられません。日本企業は海外進出するだけでなく、海外企業に飲み込まれる状況です。ですから、私は学生たちにはなるべく早く外に出ろ、と言っています。外の世界を知ることで意識を変えてほしいと思っています。

子育て中の保護者へのメッセージ

グローバル化に迎合するだけでなく、「日本の価値」をもっておこう

経済学者 松繁寿和先生

子育てをしている親御さんたちには、「日本は沈みかけていることを知っていますか」と言いたいですね。それはいろいろな指標に表れているのですが、日本人はなかなか気づいていません。多くの人は依然として、沈みかけている船に子どもを乗せようと子育てしているように見えます。

本当に自分の子どものことを考えるのであれば、子どもたちが社会の第一線で活躍するようになったとき、世界はどうなっているかを考えておくことが大事です。親が生きてきた経験に基づいて考えるばかりではなく、20年後、30年後の日本や世界がどうなっているか、そこで生きていけるようにしてあげるにはどうすればよいか、を考える必要があるでしょう。

一方、環境変化に対応することは大切ですが、グローバル化する社会であるからこそ他の人が持っていないもの、つまり日本語を含めて日本の価値を持っておかなければならないということも意識してほしいですね。たとえば、いま日本では英語学習を推進中です。英語の世界に対応することも必要ですが、一方で他国の人たちが持ちえない「日本で生まれ育ち生きてきたという価値」を子どもたちにどう持たせ、どう高めるか。そこを考えて子どもたちを育てていく必要性を感じます。英語を使える人は世界にたくさんいます。英語ができるだけだと、他の国の人に簡単に取って代わられてしまう。

そういった教育についての課題意識を持ちながら、私自身が大学教育の立場でこれから力を入れていきたいのは、この7月に設立された大阪大学COデザインセンターでの教育研究の推進です。センターのロゴマークには、COの後にアスタリスク(*)がついています。ここにさまざまな文字が入ること、Communication、Collaboration、Co-creationなどの単語を形成することができますよね。ここには、異なる分野の人や学外の人などと共に実践を通じて創造的な活動を起こしていきたい、という想いが込められているのです。そして、ここでの取り組みの成果を社会に還元することを目指します。

異なる分野をつなげ、さまざまな人とともに何かをやることは、傍から見れば「経済学と教育学をつなごう」と考える私だからこそ、貢献できることかもしれないと思っています。

関連リンク大阪大学COデザインセンター


経済学者 松繁寿和先生 

前編のインタビューから

-「労働経済学」とは?
-環境の変化が大きかった松繁先生の小中学生時代
-社会への疑問を持ち始めた高校生時代

 

    この記事を知人に薦める可能性は、
    どれくらいありますか?

    12345678910

    点数

    【任意】

    その点数の理由を教えていただけませんか?


    このアンケートは匿名で行われます。このアンケートにより個人情報を取得することはありません。

    関連記事

    バックナンバー

    © 2001 Kumon Institute of Education Co., Ltd. All Rights Reserved.