存在を肯定する「ほめる」「認める」が
気持ちの安定化と翌日のモチベーションに
まず初めに、公文式導入の経緯について、株式会社ドコモ・プラスハーティ業務運営部担当部長の岡本孝伸さんにうかがいました。
岡本孝伸さん |
―― 知的障がいのあるスタッフの皆さんが、どのような仕事をされているのか教えてください。
岡本さん: 障がいのあるスタッフと指導員(ジョブコーチ)が共に行う「チャレンジドハウスキーピングシステム®」を導入し、現在は全国6カ所の拠点で79名の知的障がいのあるスタッフたちが清掃業務にあたっています。そのうち、東京の拠点の一つである池袋センターでは、事務室、休憩室等の衛生管理(消毒清掃)を実施。清掃スタッフ18名に対し、指導者であるジョブコーチが4名います。「清掃業務」と言っても、私たちが目指しているのは「プロフェッショナル」。ジョブコーチは国際医療福祉教育財団認定の「環境衛生士」の研修を受講し資格を取得。最高基準の病院清掃のやり方をベースとし、使用している用具や洗剤もプロ仕様のものを揃えています。
―― 公文式を導入しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
岡本さん: 開設当初、障がい者雇用で採用したスタッフが6名いたのですが、そのなかにダウン症のスタッフが1人いたんです。それで、「ダウン症の退行」について調べていたのですが、訪れたオープンセミナーで、偶然隣席に座っていたのがKUMONさんの社員の方だったんです。その方から「障がい者施設では公文式を導入しているところもある」というお話を聞いて興味を持ったのが最初のきっかけでした。セミナーの主催者に紹介していただいた講師の先生に、その時こう言われたんです。「障がい者にも学習支援は大事。社員の方に研修をやるのと一緒ですよ」と。その言葉に背中を押されて、「なるほど。うちの会社でも導入してみようかな」と思ったのが最初でした。翌年、2期生の8人が入って、14名から始めました。
―― なぜ、公文式を導入しようと思われたのでしょうか?
岡本さん: 知的障がいのある方の定着にあたって、課題の一つとして「老化・退行への効果的な対策」はどうしたらよいのかというものがありました。清掃業務の手順がわかってくると、作業としては単純になってしまい、刺激が少なくなってくるだろうという懸念があったんです。そこで、何かスタッフに刺激を与えられるものがないかと思っていたところ、KUMONさんが高齢者施設で行っている「学習療法」に近いことが公文式学習でできるのではないかと思ったんです。
―― 実際に導入してみて、いかがでしたでしょうか?
岡本さん: 公文式は、脳への刺激だけでなくメンタルヘルスケアの部分でも効果があると感じています。公文式では、「ほめる」「認める」を大切にしています。「ほめる」「認める」というのは、つまりは存在を肯定すること。スタッフたちは、これまでおそらく、社会に適合してもらおうと、周りから注意を受けてきたことの方が多かったと思うんです。そういうスタッフたちにとって、肯定されるということは非常に大切なことなのではないかなと。
今では刺激を与えるという以上に、メンタルヘルスケアの意味で、公文式の重要性を感じています。たとえ業務で失敗をしても、その後のプリント学習で、100点をもらってほめられて笑顔で帰ることができれば、翌日の仕事への活力にもつながるし、メンタルの面での安定感が期待できる。そうすると、社会性の向上にもつながっていきます。私は、重度の知的障がいのある方たちにとって最も必要なのは、メンタルヘルスケアの部分だと考えています。そして、その部分を公文式学習が担ってくれていると感じています。
公文式導入で広がった会話の幅
「できるようになりたい」気持ちで前向きに
学習中のYさん |
次に、ジョブコーチとしてスタッフの指導にあたっている浅川友佑さんに、実際の学習の様子や、導入後の変化についてお話をうかがいました。
まずは、毎週末には映画館に通うほど映画が大好きなYさん。過去の映画から最新の映画まで、聞けばすぐにタイトルや公開日を教えてくれます。公文の学習では、特に算数が楽しいというYさんについてうかがいました。
―― 公文式導入後、Yさんにはどのような変化がありましたか?
浅川さん: Yさんと一緒に学習をするようになって、まだ1年ほどなのですが、最初の頃は、会話が「オウム返し」のように私が言ったことをそのまま言うという感じでした。それが、公文式の教材のレベルが上がるにつれて、質問に対して自分が思っていることを伝えてくれるようになりました。どんどん会話の幅が広がってきていると感じています。
―― 例えば、どんな会話をするようになったのでしょうか?
浅川さん: お昼休みには、おにぎりを何分温めるかということを話したり、帰り際には、翌日に持ってくるペットボトルの数を確認したりするんです。これまでは、いつも私の方が「何分温めますか」とか「明日はペットボトルを○個だけ持ってきてください」と言っていたのが、今ではYさんの方から「おにぎり、何分温めます」「明日はペットボトル○個、持ってきます」と伝えてくれるようになりました。先月より今月、というふうに変化がみられています。会話のキャッチボールができるようになったという部分では、私たちコーチの中でも「今伸びているよね」という話をよくしています。
―― Yさんが公文を楽しそうにやっている様子は、どういうところから感じられますか?
浅川さん: たとえば、ずっと同じところを間違っていたのが、今月になってできるようになると、お昼休みに私のところに来て、「ここができるようになりました」と教えてくれるんです。「あぁ、公文が好きなんだなぁ」と実感しますね。毎日、学習の最後にはその日やった枚数分だけ学習記録表のマスを塗っていくのですが、Yさんはその作業が大好きなんです。自分がここまでやったんだ、というのが形として見えるのが嬉しいのだと思います。
―― 仕事には何かつながっていますか?
浅川さん: はい。「ここは新しくこうなったので、こういうふうに清掃してください」と言うと、それに対してきちんと返答してくれるようになった、という話は他のコーチからも聞いています。
お二人目は、スポーツを見たり、散歩をしたりして体を動かすことが好きなOさん。テレビでは、メジャーリーグの大谷翔平選手の活躍をよく見ているそうです。公文式では「自分の頭で考える計算が好き」と語ってくれたOさんについてうかがいました。
清掃業務中のOさん |
―― Oさんの学習意欲については、どんなふうに感じていますか?
浅川さん: Oさんは算数が好きで、特に筆算が得意です。一方、国語は少し苦手なのですが、それでもとても熱心に勉強しています。以前は濁音を苦手としていたのですが、お昼休みに私のところに来て「できるようになりたいです」と言ってくれまして、それから2か月ほど一緒に練習しました。それでだいぶできるようになって、教材が進みました。今は助詞の壁にぶつかっているのですが、お昼休みに自分で予習をしています。そんなふうに、Oさんはいつも前向きで熱心に公文に取り組んでいます。
岡本さん: Oさんはご自身では国語に苦手意識があるかもしれませんが、実は一昨年の「就労フォーラム」で事例としてあげさせてもらうほど、3年目に国語の成績が一気に伸びました。おそらく語彙の積み重ねだと思うのですが、読解で満点が取れるようになったんです。字形にしても、最初の頃とはまるで違います。「止め」や「はね」が、ほとんど見られなかったのが、今ではとても丁寧で、お手本のような字を書けるようになっています。
「清掃」と「公文式」との共通点は「時間管理」
スタッフの可能性に大きな期待
浅川友佑さん |
入社して1年半のジョブコーチの浅川さん。ご自身は幼児から中学生まで公文式を学習していたという浅川さんに、公文式の効果について、どのように感じておられるかをうかがいました。
―― ジョブコーチとしてスタッフの皆さんと過ごされてきて、公文式学習についてどのように感じていますか?
浅川さん: 一番は、コミュニケーションが取れるというところにあるのかなと思っています。もちろん、一日の振り返りでコミュニケーションをとっているのですが、それは清掃業務の話がメインになります。でも、公文式のプリントを通してコミュニケーションをとる時には、細かい性格的なところも見えてきたりして、スタッフ一人ひとりのことを知るいい機会になっていると感じています。
―― 公文式学習と仕事とのつながりはありますか?
浅川さん: たとえば、文字を枠からはみ出して書いてしまうスタッフは、仕事のうえでも書類をぐしゃぐしゃっと折りたたんで持ってきたりするんですね。でも、「教材を大切に扱いましょう」ということを教えていくうちに、仕事の書類も大切に扱うようになってきているんです。そうした部分も公文式を通じて教えることができるんだなと感じています。
それと、「今月は何枚やる」というふうに目標をたてることで、そのためにはどうしなければいけないのかを考え、時間配分や時間管理をするようになります。それは清掃業務にもつながっているのかなと思いますね。「決められた時間の中で、正しく、丁寧にやる」というのは、公文式学習にも清掃業務にも共通していると思います。スピーディーにやらなければならないけれど、だからといって時間だけを気にしてやると間違いが多くなってしまう。これを清掃に置き換えると、雑にやってしまうとゴミの見落としが多くなり、やり直すことによって倍の時間がかかる。ですので、清掃業務でミスが多くなってきたスタッフには、「公文でもこうだよね」と言ったりして、「どちらも同じ」ということを伝えるようにしています。
―― これから、どんなことを期待されていますか?
浅川さん: 公文式学習を通して、スタッフのできることが多くなるにつれ、「もっとこういうことができるようになったらいいな」とか「こういうこともできるようになるのではないか」という可能性を感じています。ですから、私自身がすごく楽しみですし、スタッフの成長について期待感をもちながらやらせてもらっています。