「学習者主体の学び」を実現している公文式
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私は岐阜県高山市で育ちました。自然豊かな地ですが、外遊びをするよりも家の中でゲームばかりしていましたね。私が幼稚園児のころ、5歳上の兄がMSX(テレビに接続してプログラミングやゲームができる、パソコンとテレビゲーム機の中間のような端末)で遊んでいたことが影響しています。そばで見ていて、なんとなくプログラミングとはどういうものなのかを理解するようになりました。80年代の話なので、プログラミングの概念と接したのは比較的早い方だったのではと思います。
以降、ファミコンをはじめ、たいがいのゲーム機は経験済みです。中学生になり、学校のパソコン室で初めて富士通のFM TOWNSという本格的なパソコンにふれ、高校生になるとAppleのMacintoshを購入。映像の編集などに没頭するようになりました。
ゲームばかりやっていた一方で、小学3~4年生くらいのときに公文式に通うようになりました。公文に通っている友人が、なんだかかっこよく見えたんです。それで自分もやりたいと親にお願いして算数を始めました。単なる憧れからのスタートでしたが、得意ではなかった算数の計算がものすごく早くなりました。その後まもなく、兄が通っている塾に移ることになったのですが、その入塾テストで「君、計算がものすごくはやいね」と先生に驚かれた覚えがあります。
そんなふうに計算が速くなったことが大きな収穫でしたが、それ以外にも有意義だったと思うことがあります。それは、プリントを渡されて、まずは自分で解いてみること。最初から教えてもらうのではなく、まず自分でやってみて、その後に答え合わせをするスタイルは、主体的に学ぶ姿勢につながりました。当時としては斬新なやり方だったのではないでしょうか。
今、教員という立場になってあらためて、「まずは自分でやる」ことの大切さを実感しています。私が大学で授業をするときも、学生が主体的に考えて動けるような設計にしています。近年、アクティブラーニングの大切さがいわれていますが、公文式はまさにそれを先駆けていたのではないかと思います。
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常葉大学
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