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Vol.010 2014.06.06

化学者 北野政明さん

<前編>

にぶち当たったときは
自分が変わるチャンス
その経験が、また自分のになる

東京工業大学元素戦略研究センター 准教授

北野 政明 (きたの まさあき)

1979年大阪府生まれ。大阪府立大学工学部卒業、同大工学研究科応用化学分野博士課程修了。2013年より東京工業大学元素戦略研究センター准教授に。

若くして東京工業大学の准教授となり、国家プロジェクト「元素戦略プロジェクト」の拠点の1つである同大・元素戦略研究センターで活躍する北野政明さん。意外にも高校では理系科目が苦手だったとのこと。研究者を志す原点や研究に注ぐ思いをうかがいました。

目次

社会に役立つ物質を、ありふれた元素や素材から作りたい

化学者 北野政明さん

僕の研究は、レアメタルなどの希少な元素をできるだけ使わず、地球上のありふれた元素や素材を使って、「触媒」という物質を作り出すことです。触媒とは、ある特定の化学反応を速めることができ、なおかつ、それ自体は変化しないという物質。生活のなかで目にすることは少ないのですが、身近なのは、自動車の排気ガスが通る部分に入っている触媒。排気ガスに含まれる有害物質などを比較的無害なものに変えています。いま僕がおもに研究しているのは、そういった触媒とはやや異なる働きをする、アンモニアの合成を促進する触媒です。

アンモニアは、農作物の肥料を作るための原料として世界中で生産されている物質で、作物の成長に不可欠な「窒素」という元素を含んでいます。人工的にアンモニアを合成する技術は、約100年前にドイツで確立されましたが、それ以前は、家畜の糞を集めたり、南米のチリなどでとれる硝石(硝酸塩)を集めたり、そういう方法でしか肥料を作れませんでした。アンモニアを合成できたことで、世界中の農業生産が大きく伸びたことでもわかるように、とても重要な技術なのです。ただし、その合成にはかなり大きなエネルギーが必要です。僕らの研究は、触媒によってアンモニアの合成を促進し、大きく省エネ化しようというわけです。

また、この触媒を使っての合成は、肥料作りのほかにも有用な点があります。いま、新しいエネルギーとして水素が注目されています。例えば、石油を燃やすと二酸化炭素がたくさん出ますが、水素は燃やすと水になるクリーンなエネルギーです。そのため水素を生産する研究が盛んですが、実は生産したその水素を、蓄えて運ぶ方法がきちんと確立されていないのです。気体での水素はかさばるし、液体にするにはマイナス253℃まで冷やすことになり、大きなエネルギーが必要です。ところが、水素に窒素を反応させてアンモニアにしておくと、圧力をかければ常温でも液体になるので、ずっと楽に運べるのです。

ですから、この触媒によるアンモニア合成の低エネルギー化は、農業生産とエネルギー問題の両面で大きな効果が期待できます。僕らの目標は、現在の半分かそれ以下のエネルギーでアンモニアを合成できるようにして、しかも、その触媒を作る材料は、セメントのようにありふれた素材で構成しようとしています。

研究の支えになる2つの思いとは?

何かよくわからないことがあれば、徹底的に調べる性格

化学者 北野政明さん

ところが、アンモニアの材料となる窒素は気体として非常に安定していて、ほかの元素と反応させるのが難しいのです。例えば、缶コーヒーを開けるとプシュッと音がしますよね。あれは、空気だとコーヒーが酸化されて味が落ちるので、窒素ガスが詰められています。そういった食品保存にも使われるほど窒素は他の物質と反応しにくいのです。

だからこそ、触媒を使って低エネルギーで窒素を反応させようというのは、サイエンスとしてかなりやりがいのある分野だと言えます。純粋にサイエンスとして面白いことをやりたいという思いと、世の中に役立つ研究をしたいという、2つの気持ちが強くあり、そこで選んだ研究テーマのひとつが、触媒によるアンモニアの合成だったのです。

研究テーマといえば、研究の目標が途中で変わったり、後付けで決まったりすることも多々あります。「こんな反応をする物質を作ろう」と目指していても、途中で新たな性質や使い方に気付いて、「じゃあこっちに応用できるんじゃないか?」と、研究の方向が変わるといったこともめずらしくありません。もちろん、研究成果を発表するときには、いかにも「初めからこれを狙っていました」みたいに話しますけどね(笑)。

そんなこともあるので、研究のプロセスでできた物質でも、その性質や特性を徹底的に調べるようにしています。研究の始めの段階では幅広い視野で研究を行いますし、社会的な課題などに対するさまざまな情報収集も必要です。そうした意味で大変な部分もありますが、僕の場合は、ずっと研究者になりたいと純粋に思っていましたし、研究することが大好きなんです。おそらく子どものころから、何かよくわからないことがあったら、それがわかるまで徹底的に調べてみたいという性分なんですね。

小学生時代に興味津々だったこととは?

小学生のころ、ファーブルのような昆虫学者になろうと本気で思っていた

化学者 北野政明さん

僕が科学的な研究に興味を持ったきっかけは、子どものころに読んだ伝記でした。小学校低学年のとき、何か本を読まないといけない授業があり、たまたま図書室から借りた『ファーブル昆虫記』がとても面白かったんです。本を読むのは大嫌いだったのに、『ファーブル昆虫記』ばかり読んでいた時期がありました。その後はいろんな人の伝記を読むようになりましたが、特に興味を持ったのは、やはり研究者の話が多かったですね。野口英世、シュバイツァー、エジソンとか……。そういう研究者の伝記を読んでは、何かいいなぁ、カッコいいなぁと、心に響いてくるものを感じていました。

ファーブルが大好きだったので、小学生のときは本気で昆虫学者を目指していました。家にテレビゲームが無かったし、育ちは大阪の南の方でしたが、畑や雑木林はけっこうある地域だったので、いつも外に出て虫捕りとかしていました。標本作りまではしなかったものの、「あ、これは色が面白いな」「模様がちょっと違うなぁ」と図鑑と見比べながら、昆虫を探すのが好きでした。蛙の体の構造がどうしても気になり、解剖の真似事みたいなことをしたときもありましたね。とにかく生き物に興味があったのが、私の少年時代でした。

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