社会に役立つ物質を、ありふれた元素や素材から作りたい

僕の研究は、レアメタルなどの希少な元素をできるだけ使わず、地球上のありふれた元素や素材を使って、「触媒」という物質を作り出すことです。触媒とは、ある特定の化学反応を速めることができ、なおかつ、それ自体は変化しないという物質。生活のなかで目にすることは少ないのですが、身近なのは、自動車の排気ガスが通る部分に入っている触媒。排気ガスに含まれる有害物質などを比較的無害なものに変えています。いま僕がおもに研究しているのは、そういった触媒とはやや異なる働きをする、アンモニアの合成を促進する触媒です。
アンモニアは、農作物の肥料を作るための原料として世界中で生産されている物質で、作物の成長に不可欠な「窒素」という元素を含んでいます。人工的にアンモニアを合成する技術は、約100年前にドイツで確立されましたが、それ以前は、家畜の糞を集めたり、南米のチリなどでとれる硝石(硝酸塩)を集めたり、そういう方法でしか肥料を作れませんでした。アンモニアを合成できたことで、世界中の農業生産が大きく伸びたことでもわかるように、とても重要な技術なのです。ただし、その合成にはかなり大きなエネルギーが必要です。僕らの研究は、触媒によってアンモニアの合成を促進し、大きく省エネ化しようというわけです。
また、この触媒を使っての合成は、肥料作りのほかにも有用な点があります。いま、新しいエネルギーとして水素が注目されています。例えば、石油を燃やすと二酸化炭素がたくさん出ますが、水素は燃やすと水になるクリーンなエネルギーです。そのため水素を生産する研究が盛んですが、実は生産したその水素を、蓄えて運ぶ方法がきちんと確立されていないのです。気体での水素はかさばるし、液体にするにはマイナス253℃まで冷やすことになり、大きなエネルギーが必要です。ところが、水素に窒素を反応させてアンモニアにしておくと、圧力をかければ常温でも液体になるので、ずっと楽に運べるのです。
ですから、この触媒によるアンモニア合成の低エネルギー化は、農業生産とエネルギー問題の両面で大きな効果が期待できます。僕らの目標は、現在の半分かそれ以下のエネルギーでアンモニアを合成できるようにして、しかも、その触媒を作る材料は、セメントのようにありふれた素材で構成しようとしています。