東雲の丘では、勤務する職員は全員が「学習療法実践士※1」の資格を取得しています。そして、学習療法チームのリーダーである「学習療法マスター※2」が、その日勤務するスタッフの中から当日の担当者を指名しています。
※1 学習療法実践士…学習療法を導入している施設で学習療法を実施するための資格。
資格取得により、学習療法(読み書き・計算、コミュニケーション)の支援=学習支援を行うことができる。
※2 学習療法マスター…学習療法チームのリーダーであり、学習療法実践士の養成ができる資格。
![]() ■学習療法導入時期:2013年 ■学習者:16名(利用者のうち希望者) |
全員が対応できる体制ではあるものの、学習療法は日中に行うため、どうしても日勤の決まった職員が担当することが多く、「同じ職員ばかりが関わっていて、施設全体にその経験を活かせていないのでは」「学習療法が機械的に実施されており、職員のケア力やコミュニケーション能力の向上につながっていないのでは」という声が上がっていました。
2020年、新型コロナウイルスの流行が始まると、それまで学習者(利用者)2名に対し職員1名で行っていた学習療法は、感染防止のため、学習者1名対職員1名という形に変更せざるを得なくなりました。
介護業務全般に対して感染防止が求められ、対応できる人員や時間も限られる中、通常の倍の時間が学習療法に割かれることになり、読み書き・計算とコミュニケーションといった取り組みをじっくり行うことが難しくなっていきました。そして実施回数自体も減ってしまい、「学習療法が職員の技術向上や施設全体のケアにあまり活かされていないのでは」という課題意識がますます大きくなっていったのです。
何とかしなくては、と皆が思い始めていたある日、施設管理者の平田さんは「技能実習生に学習療法に入ってもらったらどうか」と、職員に提案しました。東雲の丘には2021年からベトナム人技能実習生が3名在籍しており、技能実習生にも学習療法に関わってもらうことで、学習療法の回数確保と同時に実習生の育成にもつながると考えたのです。
当初、技能実習生が学習療法実践士になるという考えは誰も持っておらず、職員たちからは「言葉の壁もあり、学習療法に必要な支援や利用者さんとのコミュニケーションができるだろうか」「学習療法の意図を理解できるだろうか」といった不安の声が上がりました。
学習療法マスターの西原さんは、不安がある一方で、「技能実習生が頑張って学習支援に取り組んでいる姿は、ほかの職員への良い刺激になるのではないか」「これを機に、改めて学習療法が利用者さんにとって『大事な時間』になっていることを思い出し、学習療法の無限の可能性を感じてほしい」という思いもありました。そこで、技能実習生3人の中でも「日本語が一番上手で、高齢者への接し方が上手だった」タオさんに、学習療法実践士になってもらおうと考えました。
タオさんは「介護の仕事は人と接する仕事。人間関係を育む中で、日本語が上手になると思った」という理由から、介護分野での技能実習を志願し、2021年1月から東雲の丘で技能実習生として働いていました。
初めて西原さんから学習療法実践士の資格取得について打診された時、タオさんは「できません」と思わず言ってしまったそうです。介護の仕事には慣れてきていたものの、日本語がまだうまく話せず、不安が大きかったからです。しかし、施設管理者の平田さんの「タオならできるよ」という励ましの言葉と、施設からの十分なサポートの約束もあり、タオさんは不安ながらも学習療法実践士にチャレンジすることにしたのです。
学習療法実践士は、「実践士養成研修」を受講し、3カ月以上の実践経験を経て、必要な要件を満たすことで取得できます。早速タオさんが安心して取り組めるよう、勤務を日勤帯中心にするなどの調整や体制づくりが施設をあげて行われました。養成研修は同法人の特別養護老人ホームから異動してきた職員と一緒に行われ、タオさんは学習療法マスターが行う学習療法に何度も同席して手順や対応を学びました。そして、その後はほかの職員を相手に繰り返し練習しました。
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準備を重ねたタオさんは、2022年8月、学習療法デビュー。しかし、初日は手順をこなすことに精いっぱいで、緊張のために表情は固く、対応は淡々としたものになってしまったそうです。
「やっぱり日本語は難しい。私にはできない」と落ち込むタオさんでしたが、先輩職員から「ただ決められたことをやるだけが大切なのではないよ。タオさん自身が楽しく、笑顔でやるのが一番大切!!」というアドバイスをもらい、「楽しんでやってみよう」と気持ちを切り替えました。
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「私の名前わかりますか?」「タオルのタオです」といつも笑顔で接するタオさんに、利用者さんはすぐに打ち解けました。
タオさんの質問や問いに、とても嬉しそうに答えたり、「日本語が上手だから、あんたなら大丈夫よ」「あんたは偉いね。すごいさぁー」などほめてくれることもあるそうです。ほめられることでタオさんは徐々に自信をつけ、またタオさん自らも利用者さんの背景を知ろうと思うようになり、結果としてコミュニケーション能力の上達にもつながりました。
タオさんの学習支援の様子を見ていた周りの職員の意識も、次第に変わってきました。
「タオさんが一生懸命頑張って取り組んでいるのに、私たちももっと向上していかないと!と初心に返ることができた」「タオさんを通じて、学習療法は言葉の上手・下手だけではなく、取り組む気持ちこそが利用者さんを元気にするし、大切なことなのだと再認識した」「利用者さんと楽しく学習療法をしているタオさんの姿を見て、自分も楽しく取り組みたいと思った。とてもよい刺激になった」と多くの声が上がり、ほかの職員たちの行動も変わっていったのです。
利用者さんの変化に気づいたご家族もいました。送迎の時、タオさんが学習療法に携わっていることを伝えたところ、あるご家族はこんな話をしてくれたそうです。
「母が私に『お父さん(=利用者さんの夫)の名前はなんだったかー?タオに教えないといけないからさー』と聞いてきたんです。今までそんなことなかったのですが、タオさんとお話をしたからですね」と。
利用者さんがタオさんからの質問を覚えていて、ご家族に確認したというのです。
また、地域からのうれしい声もありました。市役所や地域の方などに施設の取り組みについて説明する会議では、当初、外国人技能実習生が介護の現場に入ることに対して、コミュニケーションの面などで心配の声があったそうです。しかしその後、タオさんが学習療法実践士として活躍する様子を報告する中で、「利用者の皆さんにも受け入れられていると感じました」といった声掛けをもらえるようになったといいます。
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学習療法を担当して6か月が過ぎたタオさんに、その手ごたえをお聞きしました。
タオさんは「まだまだなので、がんばります」と謙遜しながらも、「それぞれの利用者さんの性格がわかるようになってきました。利用者さんが幸せなとき、私も幸せです」と話してくれました。
また、「利用者さんや周りのスタッフからわからないことを教えてもらえてうれしいです。ほかの仕事もできるようにがんばりたい」とも。
利用者さんに接するときには、敬語がまだよくわからないので、失礼なことを言わないように気を付けているそうです。
タオさんに学習療法実践士になってもらってよかったこととして、学習療法マスターの西原さんは、
「言葉の壁に挑みながらも楽しく取り組み、利用者さんの笑顔を引き出すタオさんの姿を見て、コミュニケーションって大事なんだなと改めて思います。私たちも初心に帰ることができました。今後は、ほかの技能実習生にも学習療法実践士の資格を取ってもらって、職員全員体制で学習療法に関わり、実施体制もコミュニケーションが弾みやすい学習者2名対職員1名という元の形態に戻していきたい」と話します。
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施設管理者の平田さんは、
「言葉の面などでお互いに課題はあるけれど、タオさんが学習療法のチームに入ったことで、学習療法だけでなく、施設の介護全般における職員の『気づく力』が上がりました。タオさんも成長したけど、全職員が成長している。それがうれしい」と言います。
高齢者から学ぶことも多いという介護の仕事。文化や言葉の違いも乗り越えて成長しようとする東雲の丘の皆さんの姿から、介護の仕事へのやりがいや奥深さを教えてもらいました。
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