Unlocking the potential within you ―― 学び続ける人のそばに

記事検索
Vol.121 2026.06.04

芸人・カベポスター
浜田順平さん

<前編>

サラリーマンから漫才師の道
一つひとつの経験の積み重ね
芸人人生を支えてくれた

芸人・カベポスター

浜田 順平 (はまだ じゅんぺい)

1987年大阪府出身。清風高等学校を卒業後、大阪市立大学法学部に入学。大学時代はユースホステル部に所属し、日本一周を経験。また、フィジー共和国への留学にも挑戦。卒業後は大手自動車メーカーで1年半会社員として勤務した後、NSC(吉本総合芸能学院)に入学。2014年、NSCで出会った永見大吾さんと「カベポスター」を結成。2022年「第11回ytv漫才新人賞」優勝、同年「第43回ABCお笑いグランプリ」優勝、年末のM-1グランプリで初の決勝進出を果たす。2023年には「第58回上方漫才大賞 新人賞」を受賞し、さらに2年連続でM-1決勝に進出した。2026年4月より活動拠点を大阪から東京に移す。

漫才師たちの頂上決戦であるM-1グランプリでは2年連続決勝進出(2022・2023年)。独特な場面設定とワードセンスを武器に、唯一無二の存在感で、一躍全国区の人気者となったお笑いコンビ、カベポスター。ツッコミ担当の浜田順平さんは大阪市立大学を卒業後、一度は大手自動車メーカーへ入社したものの、「多くの人を笑顔にする仕事がしたい」と芸人の道へ進みました。そんな転身の土台となったのが、「どんな壁も頑張れば乗り越えられる」という、子どもの頃に通ったKUMONでの経験だったと言います。2026年、満を持して大阪から東京に進出し、「今がまさに、正念場です」と語る浜田さん。お笑いの世界で挑戦し続ける立場から、KUMONを頑張る子どもたちにメッセージを送ってくれました。

目次

    東京進出、R-1挑戦
    環境を変える「覚悟」

    浜田 順平

    取材で名刺をいただくと、どうしても机に並べてしまうんですよね。会社員は1年半しかやっていないのに、当時のクセが抜けません(笑)。春は新生活がスタートする季節ですが、それは僕らカベポスターも同じです。2026年4月、長く活動してきた大阪を離れ、東京にやってきました。上京したばかりで、まだ暮らしも落ち着いていません。

    皆さんにはあまりピンとこないかもしれませんが、大阪の芸人が東京に出てくるのって、実は相当な覚悟がいるんです。最近こそ、「当然のように進出します」みたいな風潮にはなってきているんですけど、数年前まではもう「一大決心」というか、「こうなったら絶対売れるしかない」みたいな空気があったんです。大阪の人にちょっとだけ「裏切り者や」と思われるような…。でも今は会社(吉本興業)側も、「行きたいなら行っておけ」と、芸人の意思を尊重してくれるような文化にはなってきていると思います。

    ありがたいことに大阪では、『せやねん!』『おはよう朝日です』『ワチャラチャ忍忍』といったテレビのレギュラー番組をもたせていただいていたので、僕らを知ってくださる方もある程度いらっしゃいました。だけどそこを卒業すると決めた時は、もう「退路を断って、東京に賭けよう」という気持ち。東京で成功して全国区になることが、「今まで応援してくれた方への恩返しやな」と思って、あえて全部終わらせるという決断を、相方としました。

    浜田 順平

    今年のはじめには「R-1グランプリ」にも挑戦しました。芸人が一人でネタをする、いわゆる「ピンネタ」というやつです。挑戦した理由はいくつかあるんですけど…半分ぐらいは「自分一人でどれぐらいできるか試したい」という気持ちでしたが、東京進出にあたって戦略的にもどうにかしないと…という思いもありました。

    東京に行くにあたっては、大阪でのそれまでのレギュラー番組が続けられなくなるので、基本仕事が全部なくなるわけです。去年スタートした「ダブルインパクト」という漫才とコントの賞レースがあるのですが、僕らは決勝に行けなかった。M-1もダブルインパクトも決勝進出できないとなると、あとはR-1で結果を出さなければ話題にもなれないと考えたんです。

    それと、ピンネタを頑張ろうと思った理由はもうひとつあります。昔、よしもと祇園花月という劇場に出演することになっていたのに、相方の東京の仕事が押して、出番に間に合わなかったことがあったんです。その時劇場の支配人に、「お前ピンで(一人で)やれ」と言われ、初めて一人で舞台に立ったんですね。その時点で僕は11年ぐらい芸人のキャリアがあったのに、一人で5分のネタをやるだけで足が震えてしまって…。「お前はいったい何をしてきたんや?」と自分自身に問いました。もう恥ずかしくて。その時は幸い、周りの芸人さんが「スベってもええやろ」ってアドバイスをくれたので開き直れたのですが、もう少し自立しないと、と感じたんです。

    データ収集、分析、推理…
    競馬で知った自分の「特技」

    大阪時代は劇場でのお仕事がメインで、テレビは週に1~4本ぐらい。月に15日くらいはテレビの仕事があったと思います。でも、自分に一番向いているというか、やっていて楽しいのは、やっぱり劇場でネタをしている時ですね。劇場ではお客さんを前にネタを試せるので腕が磨かれます。テレビのお仕事は最後まで慣れないまま卒業してしまいました。ニュース特番で政治や戦争のことにコメントするのは非常に難しかったですし、情報・バラエティ番組も、もっと面白くできればよかったっていう悔しさがあります。

    浜田 順平

    それとしゃべるのは好きなので、ラジオは得意な方なんですけど、コンビとして面白くできていたかというとちょっと微妙で…自分たちでハードルを高くしすぎていたので、プレッシャーの中でやっていましたね。

    ただ、競馬のラジオ番組だけは力を抜いて、自分の好きなことを出せました。僕、競馬はダントツで詳しいんですよ。素の状態で一番いい自分が出せる仕事ができて幸せだなとずっと思っていましたね。

    競馬が趣味になったのは芸人2年目の時でした。ある日、相方が寝坊してネタの打ち合わせに来ないことがあったんです。出演する劇場が入っているなんばパークスの壁に向かって、ほかの若手芸人たちがネタ合わせしているのをぼーっと見ているのもなんなので、どこかでお茶でもしようかなと思ったけど、小銭が200円しかなくて、喫茶店にも入れない。

    そこで周辺の施設を調べたら、なんばパークスにはウインズ難波(場外馬券売り場)があるとわかったので、ふと立ち寄ってみたんです。競馬のことは何も知らないままスマホで調べてみたら、「1番人気から4番人気の馬が勝つ確率はどれも20%ぐらいで一緒だけど、4番人気の馬はオッズが高い(当たれば儲けが大きい)」ってことがわかりました。「じゃあ4番人気の馬にかけてみよう」と思って、100円ではじめて馬券を購入したら、なんと当たりまして! 100円が喫茶店のコーヒー以上の金額になったので、コーヒーにオムライスもプラスして食べました。その時のオムライスの味は今でも忘れられません。

    でもそれからはさっぱり当たらなくなり、「なんでこんなに当たらへんのやろ」と思って、いろいろ調べ始めたのが、競馬が趣味になったきっかけでした。

    興味関心の広い僕を
    両親は受け止めてくれた

    浜田 順平

    昔からクイズや推理小説が好きでした。謎を解くのが好きだったんです。『世界ふしぎ発見!』というテレビ番組で、世界中を飛び回り、いろんなことを紹介してくれるミステリーハンターに憧れたり、『名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』といった探偵マンガを推理しながら読んだり。僕には競馬もそれと同じで、過去のレースのデータ、距離、馬場状態、血統…多くのファクターを元にレース結果を予想していく、推理の最高峰みたいな感じがあるんです。そして数をこなすことで予想が「ちょっとずつ上手になってる」のがわかる。まぁ、結果はめっちゃ負けてるんですけど(笑)。

    データを集めて、分析して、予想する。そういうことへの興味は小さい頃からありました。自分なりの手柄を立てて、ほめてほしいという気持ちは誰にでもあると思うんですが、僕の場合は謎を解いて「俺が当てた!」って言いたい。コナンや金田一少年がいろんな客観的な事実から答えを導いて、かっこよく事件を解決するような、ああいうことがしたかったんです。

    浜田 順平

    今ふり返ると、僕は理屈っぽくて、いつも「自分が一番や」と思っている子どもでした。ゲームの「ドラクエ(ドラゴンクエスト)」をやっていても、本気で「自分は本物の勇者なんじゃないか?」って思ってしまうんですよ。「俺だけはすごいやつや」と。

    その分、できないことには苦しんでいましたけどね。サッカーを始めても「こんなに才能がないんか!」と辞め、バスケを始めてみたけれど、「俺の半年と桜木花道(バスケットボール漫画『SLAM DUNK』の主人公)の半年が違いすぎる!」と辞め…。

    そんな僕のことを、両親は「よういろんなことに興味をもつ子やな」という感じで、「生温かく」(笑)見守ってくれていたと思います。僕がやりたいと言った習い事はほとんど制限なくやらせてくれました。水泳、バスケ、サッカー、習字、野球…あとは『ゼルダの伝説』というゲームに影響されて「オカリナが吹きたい!」と騒いで、10万円ぐらいする通信教育のセットまで買ってもらいました。結局1週間でやめましたけど…。懐が深い両親で、本当に感謝しています。

     


     

     

    後編のインタビューから

    -つまずいた僕を救った KUMONで頑張った「経験」
    -会社員になって気づいた 本当の「夢」
    -いつか「あの日の頑張り」に救われる

    後編へ続く(近日公開)

     

      この記事を知人に薦める可能性は、
      どれくらいありますか?

      12345678910

      点数

      【任意】

      その点数の理由を教えていただけませんか?



      このアンケートは匿名で行われます。このアンケートにより個人情報を取得することはありません。

      関連記事

      バックナンバー

      © 2001 Kumon Institute of Education Co., Ltd. All Rights Reserved.