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Vol.071 2020.08.21

アート・トランスレーター
田村 かのこさん

<後編>

今ある“型”にはまらなくていい
自分にできることを一つずつ進めていけば
自ら“型”をつくることができる

アート・トランスレーター

田村 かのこ (たむら かのこ)

東京都生まれ。都内の中学校を卒業後、スイスのアメリカンスクールを経て、2008年タフツ大学工学部土木建築科(米国)卒業、2013年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。2016年から2018年まで、東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻で助教を務めたのち、同大で非常勤講師としてアーティストのためのコミュニケーション授業「アートコミュニケーション」を担当。アートを専門とする通訳・翻訳者の活動団体「Art Translators Collective」主宰。札幌国際芸術祭2020では、コミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーション(媒介)を実践。NPO法人芸術公社所属。

現代アートや舞台芸術のプログラムを中心に、日英の通訳・翻訳、編集や広報など、幅広く活動されている田村かのこさん。「アートと人と言葉の間に立つ媒介者でありたい」と、自身の職業を「アート・トランスレーター」と名付けて活躍されています。幼い頃から絵を描くのは好きだったそうですが、それを仕事にすることは考えず、学生時代は将来を思い悩み、紆余曲折があったと振り返ります。公文式で学んだことをきっかけに数学好きになり、アメリカで土木工学を学んだ経験もお持ちです。公文の教室での思い出なども含め、現在に至るまでの道のりや、心がけてきたことについてうかがいました。

目次

「想像も及ばないことを考えている人がいる」
ことを知るのはおもしろい

田村 かのこさん

私は22歳で藝大に入学したので焦りもあり、この4年間で、今後の身の振り方を考えたいという気持ちがすごくありました。周回遅れで入学したからこそ、結果として大学で提供されている学びを最大限享受できたと思います。

藝大では、アーティストを目指している同級生に囲まれて、作品の見方、おもしろがり方なども学びました。この分野で何かしていきたいと思うと同時に、自分はアーティストになる才能はないとも感じました。であれば、自分ができることで美術の世界で貢献し、自分自身もアートに関わり続けられる方法を探そうと、学内外のさまざまなプロジェクトに参加。在学中からアーティストやキュレーターのアシスタント、コーディネーターなどをしていました。

そうしているうちに、何かをつなぐ――たとえば、ある職業の人とまた別の職業の人や、違う文化を持つ人たちの間に立ってつないでいく、といったことに喜びを感じ、それが得意だと気づきました。さらに、そこで私が活かせるツールは「言葉」だと思ったのです。

私は留学して言葉を獲得していくなかで、言葉そのものにとても興味を持ちました。外国語を使いこなせない不自由さや、同じ意味だとされている単語でも意味が少しずつ違っていて、そこに文化も紐づいていたりすることなどがおもしろく、言葉自体をアートに関わっていくときの取っ掛かりにしようと決めました。

語学習得についていえば、私の場合、問答無用で留学することになったので、英語は習得せざるを得なかったという事情があります。そんな私が思うに、語学習得の秘けつは、「言葉の通じないこの人と会話がしたい!」「自分の思いを伝えたい!」という経験をなるべく早く持つことです。

「英語はやった方がためになる」といくら人から説明されても、それ以上のモチベーションがないと勉強の域を出ません。私は中1で初めてサマースクールに行って英語がまったくわからず、友達ともまともに会話ができず、大変悔しい思いをしました。そういう経験があると「完璧な英語でないと恥ずかしい」と言っている場合ではなくなるはずです。

自分とはまったく違う国や文化で育った人と言葉を交わすことは、ほかに代えがたい経験です。はじめはゲームを通じてでも、自動翻訳機を使ってでもいいのです。自分の知らない世界を知りたいという好奇心が芽生えてはじめて、語学習得がただの勉強ではなく自分ごとになります。

日本は、前提として共有されているものが多い社会なので、みんな同じように考えていると思いがちですが、「自分がまったく想像も及ばないことを考えていたり、自分が知らない世界を見ていたりする人がいる」ということ自体を知らないと、いまのやり方で行き詰まったとき、方向転換できないのではないかと思います。語学は、目の前の世界だけに縛られない生き方をするための大きな力になります。

恩師からの「田村かのこになれ」という言葉の意味とは

恩師から「田村かのこになれ」と叱咤され、自分を知る

田村 かのこさん
「Art Translators Collective」の
メンバーとのミーティング風景(一番右)

藝大卒業後は、演劇祭の事務局の広報チームにアルバイトで入り、そこで舞台芸術を学びつつ、広報的な観点から作品と観客をつないでいく仕事を本格的に始めました。そこで出会った方々とは今でも仕事をしています。

おわかりの通り、私は小さいときからなりたいものがはっきりあって、それを目指してきたわけではありません。藝大に入学した頃、「何をやりたいの?」と聞かれても、ひと言で答えられず、聞かれるのがつらい日々でした。あるとき、「目標を定めて進むこと自体が向いていないのかも」と思い、「目の前のやれることを一つずつやっていこう」と考えるようになってから、気がラクになりました。

きっかけの一つは、藝大在学中に所属していた研究室の恩師で、昨年亡くなられたアートプロデューサー・翻訳家・通訳者の木幡和枝先生とのやりとりです。いつも「あなたは何をやりたいの?」と聞かれたり喝を入れられたりしていましたが、あるとき「通訳でやっていこうと思う」と伝えると、「通訳にはなるな。田村かのこになれ。田村かのこという名前を聞いたら“こういう人だよね”とわかる人になれ」と言われ、「そうか、自分を目指せばいいんだ」と考えるようになりました。

つまり、今ある型にはまるのではなくて、この自分をどうしたいか、ということです。私は結構器用で、何ごともソツなくできるタイプでした。用意されている型にはめようと思うと何にでもハマることができるような気がして、選べなくて悩んでいたのです。

ものごとも俯瞰して見ていて、今必要なものを考えたり、欠けているものを補ったりということが得意でした。だから、何かと何かをつなぐことに喜びを感じるのだと思います。迷いも含めて自分を受け入れ、型にハマらなくていいと考えるようになったら、良い仕事や人に巡り会うようになりました。そういう方々がここまで導いてくれたと思っています。

子どもたち・保護者の皆さんへのメッセージ

いま、夢や好きなものがわからなくても大丈夫
たくさんインプットをして、自分をつくっていこう

田村 かのこさん

こうした私の経験から、子どもたちには「いま将来の夢や好きなものがわからなくても大丈夫」と伝えたいですね。保護者も心配せずに、子どもだけでは気づかない選択肢を示してあげればいいと思います。

ただ子どもたちには、だからこそ、インプットすることを大事にしてほしいですね。肉体が食べたものによって成長していくように、人の内面も外から得たものでしか成長できません。内からの「何になりたいか」は、自ずと後から出てくるので、子ども時代はできるだけ多くいろいろなものを取り入れるのがいいと思います。本や映画、友だちに会うでも何でもよいので、自分のやり方で大いにインプットしてください。

新しいものを取り入れる力は年齢とともに衰えていき、大人になるほど、これまで信じてきたものを壊して自分を更新することは難しくなります。それに苦しんでいる大人たちが今、人を攻撃したり自分の信条だけで発言したりしているように思います。大人になってもいかにインプット力を保てるかが、その人の人生の豊かさを左右すると思います。

私自身は今後、コミュニケーションのデザインやディレクションをしていきたいと考えています。コミュニケーションは大切といわれる一方、「言葉を発すれば自動的に相手に伝わる」と思われているのが気がかりです。本当は、お互いが理解しよう、伝えようと努力しているから成り立つものであり、コミュニケーションが発生する場の文脈、話し手、文化的背景などによってその都度伝え方を組み立て直さなくてはならないものです。

これはアートの世界でもとても重要で、ものごとの伝え方と伝わり方を、もう少し丁寧に設計していきましょうということを、いろんな人に伝えていきたいのです。その方法の一つが通訳や翻訳ですが、それだけではなく、人と人のあいだをつなぐメディエーター(媒介者)として、その必要性と可能性をいろんな人に理解してもらえるよう活動していきたいですね。コミュニケーションデザインの大切さがいろんな人に理解されるほど、よりよい作品が作られる環境が整うと思っています。

私がそうしたいのは、できるだけ多くのアーティストと良い作品に出会い、感動して人生を終えたいからです。その可能性を高めるために、自分ができることをしているわけで、私がアーティスト同士やその関係者をつなぐことによって、思いもよらない発想や作品が生まれるなら、これほどうれしいことはありません。アートはとてもおもしろく、この生きづらい時代にも希望をもたらしてくれるものです。ぜひみなさんも現代アートの「謎解き」に挑戦してみてください。

前編を読む

関連リンク

Art Translators Collective


田村 かのこさん   

前編のインタビューから

-アート・トランスレーターという仕事とは?
-人生に影響を与えたスイスでの高校時代
-公文式で得たのは「やればできるという」自信

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