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Vol.053 2018.03.16

株式会社LOUPE CEO 浅谷治希さん

<後編>

「雨垂れ石を穿つ」の精神で
「続けること」を大事にすれば
は近づいてくる

株式会社LOUPE CEO

浅谷 治希 (あさたに はるき)

1985年生まれ 神奈川県出身。2009年慶應義塾大学経済学部卒。大手教育企業に入社し、女性向け大型ポータルサイトの集客に従事。2012年8月に退職し、自身がユーザーだったITサービス企業に入社。その直後の同年11月米マイクロソフトなどが協賛する起業コンテストStartup Weekend東京大会にて教師向けコミュニティサイト「SENSEI NOTE(センセイノート)」を立ち上げ、優勝。その後開催されたGlobal Startup Battleで世界112チーム中8位に入賞。2013年2月に株式会社LOUPEを設立。世界経済フォーラム(ダボス会議)が任命するコミュニティ「グローバルシェイパーズ」メンバー。

学校の先生が最大のパフォーマンスを発揮できるよう、ITを活用した事業を展開する浅谷治希さん。先生同士が共通点を通じてつながるサービス「センセイノート」や、日本全国にある教育系のイベントをまとめるサービス「センセイポータル」の運営をされています。高校時代から「経営者になりたい」と考え、大学時代には飲食店や古着販売事業を立ち上げ、その後、教育をテーマに起業することになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。思いを実現するために大切にしてきたこと、これから成し遂げたいことなどについてもうかがいました。

目次

シェアハウスで「世の中のためになにができるか」毎夜議論

浅谷治希さん

もともと教育には興味があっての就職でしたが、大手の社風がなじまないこともあり、1年半で退職しました。違うところで力をつけたいと、ITベンチャー企業に就職したのですが、直後に起業の可能性が出てきたため、試用期間の最終日に辞めることを伝えました。

学生時代の起業の経験を経て、自分は起業は向いていないと思っていたのに、起業するにいたったのには、当時、同世代の仲間とシェアハウスに住んでいたことが大きく影響しています。シェアハウスのメンバーは官僚や起業家など多士済々。「仕事を通じて、世の中をどうよくしていくか」という話を夜な夜なしていました。

あるとき、シェアハウスのメンバーのアメリカの友人が泊まりに来ました。彼は、私が起業するきっかけになった「Startup Weekend Tokyo大会」というイベントのファウンダー(共同創業者)でした。そこで「君も出てみたら」と勧められ、出ることになったんです。

イベントでは新規ビジネスを週末3日間で仕上げてプレゼンするのですが、翌日の月曜が転職先の試用期間の最終日。やるなら今しかないと、この3日間で「先生のためのサービス」を具体化しました。それが入賞し、世界大会にも出場、起業することになりました。

もともと学校教育は自分の知らない分野です。教員をしている知人は、着想のきっかけをつくってくれた同級生ただひとり。そこで全国の先生方に話をききに行きました。加えて、事業運営に必要な法律や会計などの専門知識は、お金がなかったので、その分野の専門家にメールで連絡をとり、ランチにつきあってもらうことにしました。約1時間のなかでききたいことを全部きくのです。大学時代、自分はリサーチ能力と行動力を養えたと思いますが、このときに「人に話を聞く」力が身についたと思います。

センセイノート継続の危機で得られたものとは?

「やめる」選択を考えたときに「続けることの意味」がわかる

浅谷治希さん

起業にあたり苦労したのは「事業として成立させること」です。これは、今後も苦労していくでしょう。前例がないことへの理解をしてもらうこと、収益を得るためのビジネスモデルの研究などにも骨を折りました。

私は、この事業を何があってもやめないと決めていましたが、2年前に一度、悩んだ時期があります。事業のそもそもの目的は「先生の課題を解決したい」でしたが、「センセイノートを成功させる」ことが目的になってしまい、いろいろな課題をすべてセンセイノートに詰め込もうと思ってしまったのです。創業メンバーがやめる事態にも陥りました。

このとき初めて、この事業をやめるか、売却するかを考えました。結局、続けることができましたが、このことがあって「続けることの意味」や「何が大事なのか」が明確になったと思います。「センセイノート」以外のサービスができたのもこのときです。

また、それまでは「浅谷治希」という個人の人格と、「株式会社LOUPEの社長」という人格が同一でしたが、これを機にふたつを切り離して、プライベートな時間も大事にするようになりました。

ピンチを乗り切れたのは、大企業に勤務する友人が仕事をつくってくれたおかげもあります。振り返ってみると、ピンチになると出会いがありました。「教育界には、うまくいくか・いかないかではなく、大事なことは大事だといって突き進む人が必要。私はそんな人を応援したい」といって出資に応じてくれた方もいます。

私は「雨垂れ石を穿つ」ということを大事にしています。どんなに小さな力でも、根気よく続けていればいつか成果が得られると思うんです。特に誰もやったことがない領域は、それがどんなインパクトをもたらすのか誰にもわからないものです。とにかくやってみて続けていくことで、「それ、いいね」と興味を持ってくれる人や、やっていることを理解してくれる人が出てきてくれました。そうして現在に至っています。

世の中に貢献している企業の創業者たちは、圧倒的なビジョンをもって時代を引っ張ってきました。私も自社のことというより、世の中に貢献するための器としての会社を続けていきたい。社会を勇気づけてリーダーシップをとりたいと思っています。

浅谷さんから子どもたちへのメッセージ

自分の「クセ」を大事にして
天井を作らずに突き抜けよう

浅谷治希さん

私はこの事業を始めて、学校や教育が社会問題とものすごく紐付いていることがわかり、世の中のことを考えるようになりました。今後も広い視点で、物事を本質的に見ていきたいと思います。場当たり的な解決策ではなくて、世の中の動きにあわせ、かつ、それが日本だけではなく欧米や中国でも通用する。そんな何かを生み出していきたいですね。国や文化に依存しない本質的な問いと常に向き合っていけば、より多くの人たちに価値を提供できるのではないかと考え続けています。

小さい島国をこれだけ成長させた日本の教育は、とても優れていると思うので、その教育システムを輸出することも視野に入れています。「国民をある水準にもっていく」という日本の教育は、これから伸びる国には必要なリソースだと思うんです。

日本は教育の機会にも恵まれた豊かな国です。でも世界にはそうしたチャンスを手にできない人たちもたくさんいます。私たちはそのチャンスを手にしている以上、やらなくてはいけないことがあるのではないか。根底にはそんな想いがあります。

これからを生きる子どもたちには、自分の特性やクセを大事にしてほしい。周りが設定した物差しに自分を当てはめないで、自分のための物差しを自分でつくってほしいと思います。自分の可能性の天井を作らないで突き抜けてほしいですね。

保護者の方にお伝えしたいのは、自分が育ってきた時代とこれから子どもたちが生きる時代とは環境が違うので、自分たちの物差しで子どもたちの未来を描かないようにしてほしいということです。一般的に正解といわれていることにわが子を当てはめず、子どもの個性をどれだけ伸ばせるか?を親も学びながら伴走してほしいと思います。

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関連リンク株式会社 LOUPE


浅谷治希さん  

前編のインタビューから

-「センセイノート」とは?
-浅谷さんが感じた公文式のよさとは?
-大学時代の起業で学んだこととは?

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