極限状況にあった人たちが発する
「人のために何かしたい」というメッセージの重み
![]() ©UNHCR/B. Diab |
私自身が直接現場に行くことはなくても、難民となった当事者から話を聞く機会はあります。そうした現場の話が、働く上での一番のモチベーションになっています。
たとえばアフガニスタン出身の少数民族の男性は、10代で父と生き別れ、母と幼い兄弟と親戚の家を点々とするも、親戚が目の前で殺されてパキスタンに避難しました。UNHCRの旗を見たときようやく「これが平和だ」と感じたそうですが、本当の平和は日本に来てはじめて知ったと言います。彼は日本語を習得し、昨春から日本の大学院で学んでいます。また、イラク出身の20代の女性の場合は、密航業者に騙されて家族と引き離され、ヨーロッパを転々としましたが、今はコペンハーゲンに落ち着き、弁護士を目指して勉強中です。
どちらの方も、ようやく語れる状況になったからこそつらい体験も語ってくださったわけですが、共通しているのは、静かな目をして淡々と語られること。そして「いま自分には何ができるんだろう」と考えていることです。極限状態を体験したのに、それでも「人のために何かしたい」と思う。人間はここまで崇高になれるんだと、ヒューマニズムの力強さを感じると同時に、同じ人間なのに、なぜこうしたことが彼らに起きたのか、怒りや理不尽さも強く感じます。
私が企業や団体の担当者に伝えなくてはならないのは、この怒りや理不尽さの感覚であり、そういう気持ちになっていただくような報告をしなくてはならないと肝に銘じています。人間界には「難民」や「避難民」という人種はなく、これらの言葉は人が置かれた「状況」を指しているにすぎません。彼らは難民・避難民である前に、親であり、子どもであり、恋人であり、職業人なのです。
私たちと同じ人、誰かにとってかけがえのない大切な人であり、「6560万人の難民・避難民」と数字ですべてを語れるものではありません。だからこそ、私たちのような仕事、一人の人間としての視点で、人間としてのストーリーを紹介する仕事に意味があるのだと思っています。もっともっと、「難民・避難民当事者の声」を日本の皆さんに届けたいと思っています。
![]() ©UNHCR/Olivier Laban-Mattei |
私は法人チームの担当者として、日本の主要な企業のCSR報告書すべてに「難民・人道支援」の項目が掲載される日を夢見ています。現在、協会への寄付収入の9割近くは個人からの寄付で、法人担当としては法人の割合を増やしたいですが、一方で、個人の方からの継続的な支援が重要なのは言うまでもありません。
月々の安定したご支援があるからこそ、迅速な援助活動が可能になります。協会では月々一定額のご寄付を続けていただく「毎月倶楽部」を設けています。ぜひ国連UNHCR協会のサイトを見ていただきたく思います。(※「毎月倶楽部」については、次ページ末尾の関連リンクからご確認ください。)