手話を覚えて、より良いコミュニケーションができるようになった
高校に入ってからどんどん聴力が落ちていって、母の声が完全に聴こえなくなったときはかなりショックでした。それまでも難聴で微かにしか聴こえませんでしたが、母の声を聴いていつも安心していましたから。しばらくは立ち直れず、気持ちにも波がありました。あるとき聾の人たちに出会い、生き生きと手話で会話しているのを見ました。今まで私は普通学校に通っていたので、聞こえないのは私だけなんだといつも孤独を感じていました。しかし聾の人たちとの出会いから私の孤独が消えました。それから気持ちを切り替えました。不安よりも、前に進もうという気持ちになれたんです。
それからですね、手話に真剣に取り組み始めたのは。徐々に聴こえがわるくなって初めて、手話の必要性を痛感しました。母がいっしょに習ってくれたのも大きかった。手話を覚えてくれることによって、手話で悩みの相談や会話ができることがとても嬉しかったです。 周りの聾の友だちから教えてもらって、だいたい2ヵ月で大まかなコミュニケーションを取ることが可能になりました。聾の仲間のおかげであまり大変と思わずに手話を習得することができたと思います。
あと、これは手話を覚えてからの大きな変化ですが、人ときちんと顔を合わせるようになりましたね。今まではそんなことをあまり意識していませんでしたし、正直相手の気持ちをつかみかねることもたくさんありました。手話を覚えてからは、きちんと面と向かって会話するので相手の顔を見て「怒ってるのかな」とか「喜んでいるかな」とか、表情を見ながら良いコミュニケーションができるようになったのではないかと思います。
「手話はむずかしい」という意見を聞きますが、そんなことはないんです。手話には眉毛の上げ下げや目の動きや口の形にも文法的な意味があるので、表情が豊かになります。自分のことを表現するのがあまり得意じゃないと思っている人にこそ、ぜひ手話を習って欲しいと思いますね。
手話で広がるユニバーサルな世界
海外でのホームステイも私の世界を広げてくれました。初めて聾の方たちとの交流で海外へ行ったのはタイで、高校2年生のとき。そのとき、「普通高校に通う友だちとコミュニケーションが取れない」という悩みを現地の聾の方に話したら、「私もいっしょよ!」って。国は違えど、みんな同じ悩みを持っているんだなと感じました。もし海外に行っていなければ、もっと視野は狭かったのではないでしょうか。あと性格も暗かったかも(笑)。外国に行きなさいと進めてくれた母には、本当に感謝しています。
同じ悩みを共有するというのは、相手に対して抱く“共感”につながる。面白いのは国によって手話は違うのに、不思議とすぐにコミュニケーションがとれるということです。手話の場合は多少の単語の違いがあってもすぐに分かり合える。気持ち、表情や動きが共通しているからです。すぐに冗談も言えますよ(笑)。
手話は各国共通と思われている方も多いのですが、たとえば日本だと「ありがとう」は相撲の手刀が由来。手話はその国の文化で作られている言葉ですので、それぞれの国で表現方法は違います。だから手話から文化を知ることもできるんです。ちなみにアメリカで「ありがとう」は投げキッスの形からきています。アメリカっぽいでしょ(笑)。
アメリカ留学のときにカルチャーショックを受けたのは、あちらではすべての授業に手話通訳が付いていたこと。聾者への配慮が整備されていてびっくりしました。日本も徐々に進んではいますが、すべての授業に手話通訳が付くというのはむずかしい状況です。逆にタイやケニアではほとんどそういう制度はなくて、そうして各国の違いを学ぶことができたのも、海外に行って良かったなと思うところです。
悩むことが壁を乗り越える力をくれる
今夢に向かっている人、もちろん私もそうですが、皆さんに何か伝えられることがあるとすれば、とにかくたくさん悩んで欲しい。たとえばダンスでも芝居でも、どうやったら上手にできるのか、私はいつも悩んでいます。壁に突き当たったときに、悩んできた経験がそれを乗り越える力になると思います。
その乗り越えるためにはひたすらその壁と向き合わなければいけない。途中であきらめることは簡単だけれど、続けることはきちんと気持ちがないとむずかしいのではないでしょうか。今まで私がいろいろな壁を乗り越えられたのも、また現在夢に向かってあきらめずに前へ進められるのも公文を通して身についたことだと思います。
あとは相談相手がいるといいですね。ひとりだけでは何も解決できません。相談相手がいいアイデアを出してくれて、それを聞いて「あぁそんな方法があったんだ!」とヒントになると思います。それは視野を広げることでもあるんですね。私にとっての相談相手は、家族、そして演劇の仲間です。演劇のことは家族に話しても分からないですから(笑)。
いい相談相手を得るには、普段からちゃんと人とつながっていることが大事。そして、その方たちに感謝の気持ちを忘れないこと。当たり前のことなんですけど、その気持ちをちゃんと表すことだと思います。親しい間柄だとおざなりになりがちですが、親しいからこそ大切にしていきたいなとは考えています。そんな私も自分の家族にはなかなか感謝の気持ちを伝えられていませんが……。でも本当に、貴田ファミリーに生まれてよかったなって思っています。私がもし母親になったら、自分の母のようになりたいなぁと思います。
私はこれからもひとりの普通の人間として生きていきたい。そんなに深く考えず、私は「ただ聴こえないだけ」なのだと。難聴のときはなかなかそれを受け入れられませんでした。いろいろ悩んで、ようやく今の気持ちに辿り着けました。たぶん自分の中で壁を乗り越えたのでしょう。特別扱いはされたくない。みんなと同じように生活をしていきたい。そのためには自分も壁を作らずにたくさんの人と交流していきたいですね。
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NHKみんなの手話