教師の夢をあきらめて就職したことが今の研究のきっかけに
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教員採用試験はなかなか厳しく、代用教員や講師をしながら5年ほどチャレンジしましたが合格できませんでした。そこで、高校時代の級友の紹介で公的団体(全国青色申告会総連合)に就職したのですが、これが現在の私を方向付けるきっかけとなりました。職場は神田神保町に近く、仕事帰りによく古書店巡りをし、そこで何気なく手にした一冊が『庭訓往来』でした。27歳のときです。
「往来物」の存在は知っていましたが、実際に江戸時代の本が店頭に並んでいることに驚き、開いてみて、「くずし字」がとてもきれいで、木版技術が素晴らしかったことに感嘆しました。くずし字はほとんど読めませんでしたが、「この字を読めるようになりたい」と強く思い、それを1,500円程度で買い求め、以来、2冊3冊と往来物を集めるようになり、くずし字も独学で学び始めました。
ちょうどその頃、ある本に「好きなことを毎日30分、それを10年間続けたら、その道のエキスパートになれる」と書かれていたのを真に受けて「毎日30分」を実行しました。筆ペンでノートにくずし字を写し、読めない字を解読辞典で調べました。どんなに遅くまで残業しても、お酒を飲んで帰っても、30分は難しくても、とにかく毎日、往来物を開いて眺める。これを続けたら、3年目くらいには7割方読めるようになりました。
そうなると、書かれている内容がとても面白く、未知の世界の謎を解き明かすような感興も手伝って、江戸時代にのめり込みました。やがて、石門心学(※石田梅岩が始めた庶民の実践道徳)や、通俗教訓書なども研究するようになりました。公的団体では間もなく広報誌の編集担当に抜擢されたので、江戸時代の商人心得を紹介する「あきんどマインド」というコーナーを設けて執筆もしました。けっこう反響がありうれしかったですね。
やがて、通俗教訓書や往来物にも子育てに関する記述が多くあることに気づきました。読んでみると、現代でも通用する「知恵」や「秘訣」が書いてあるのです。そこで、江戸時代の育児書も丹念に集めるようになりました。やがて、江戸関連の書籍を出している出版社へ転職し、『往来物大系』全100巻をはじめ、10年がかりで約1650頁の『往来物解題辞典』全2巻を編集するなど、多くの江戸関連の書籍を世に出すことができました。