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Vol.063 2020.09.04

往来物研究家
小泉吉永先生

<後編>

江戸の知恵には学びがあふれている
“好き”をとことん掘り下げて
出会いを引き寄せよう

往来物研究家

小泉 吉永 (こいずみ よしなが)

東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、学校教員や出版社編集者を経て、現在、立正大学および人間総合科学大学非常勤講師、学術博士(金沢大学)。江戸時代の教育や庶民文化に関する講演・執筆や展示企画の傍ら、各種メディアにも出演。主要著作に、『往来物解題辞典』『「江戸の子育て」読本』『江戸に学ぶ人育て人づくり』など多数。近著に『心教を以て尚と為す―江戸に学ぶ「人間教育」の知恵』がある。

27歳のとき、古書店でたまたま手にした一冊との出合いを機に、「往来物」といわれる「江戸時代の教科書」の蒐集と研究を始めた小泉吉永先生。研究対象は、江戸時代の教育や庶民文化などにも広がり、現在は大学やメディアなどでご活躍されるほか、「江戸樂舎」を主宰し、誰もが楽しみながら江戸を学べる機会を提供しています。往来物の魅力や、江戸時代と現代の教育との違い、浮世絵のコレクションと研究を続けてきた公文に対する印象などについてうかがいました。

目次

教師の夢をあきらめて就職したことが今の研究のきっかけに

往来物研究家 小泉吉永先生

教員採用試験はなかなか厳しく、代用教員や講師をしながら5年ほどチャレンジしましたが合格できませんでした。そこで、高校時代の級友の紹介で公的団体(全国青色申告会総連合)に就職したのですが、これが現在の私を方向付けるきっかけとなりました。職場は神田神保町に近く、仕事帰りによく古書店巡りをし、そこで何気なく手にした一冊が『庭訓往来』でした。27歳のときです。

「往来物」の存在は知っていましたが、実際に江戸時代の本が店頭に並んでいることに驚き、開いてみて、「くずし字」がとてもきれいで、木版技術が素晴らしかったことに感嘆しました。くずし字はほとんど読めませんでしたが、「この字を読めるようになりたい」と強く思い、それを1,500円程度で買い求め、以来、2冊3冊と往来物を集めるようになり、くずし字も独学で学び始めました。

ちょうどその頃、ある本に「好きなことを毎日30分、それを10年間続けたら、その道のエキスパートになれる」と書かれていたのを真に受けて「毎日30分」を実行しました。筆ペンでノートにくずし字を写し、読めない字を解読辞典で調べました。どんなに遅くまで残業しても、お酒を飲んで帰っても、30分は難しくても、とにかく毎日、往来物を開いて眺める。これを続けたら、3年目くらいには7割方読めるようになりました。

そうなると、書かれている内容がとても面白く、未知の世界の謎を解き明かすような感興も手伝って、江戸時代にのめり込みました。やがて、石門心学(※石田梅岩が始めた庶民の実践道徳)や、通俗教訓書なども研究するようになりました。公的団体では間もなく広報誌の編集担当に抜擢されたので、江戸時代の商人心得を紹介する「あきんどマインド」というコーナーを設けて執筆もしました。けっこう反響がありうれしかったですね。

やがて、通俗教訓書や往来物にも子育てに関する記述が多くあることに気づきました。読んでみると、現代でも通用する「知恵」や「秘訣」が書いてあるのです。そこで、江戸時代の育児書も丹念に集めるようになりました。やがて、江戸関連の書籍を出している出版社へ転職し、『往来物大系』全100巻をはじめ、10年がかりで約1650頁の『往来物解題辞典』全2巻を編集するなど、多くの江戸関連の書籍を世に出すことができました。

学びに一番大切なのは?

学びに一番大切なのは本や人との「出会い」
「感謝と努力」と「志」があれば成し遂げられる

往来物研究家 小泉吉永先生

私は「学び」とは、人間らしく生きること、自分自身の人間的な成長と同時に、有志や後輩に人間教育の良き縁となることだと思います。そして学びに最も大切なのは、人や本などとの「出会い」です。「一流の人と出会いたかったら、自分が一流になるよう努力しなさい。そうするとその器にしたがって、そういう人に出会えるようになる」と何かの本に書かれていました。

そのとおりで、自分の成長とともに出会いの質が変わってきます。もし、周囲に対して「なんだこいつら」と思ったとしたら、自分も彼らと同じレベルと思ったほうがいい。貝原益軒も、志を立てることは「学の半(なか)ば」と教えるように、立志で学問の半分が成就するのです。立志は、学びの質を変え、新たな出会いやチャンスを導きます。そして、志もさらに大きくなっていくでしょう。もし、親が子どもに「こういうふうに生きていこう」と志を持たせられたら、子育ての務めは果たせたといえるでしょう。

高校時代に、恩師から「何でもいいから日本一を目指せ」と言われました。その時は「日本一」なんて夢の夢などと考えていましたが、27歳で往来物に出合った時、「往来物の蒐集で日本一になろう」と決めました。「感謝と努力」をモットーに歩む中で、往来物や石門心学のご縁で多くの方々との素晴らしい出会いがありました。そうした経験から、「感謝」と「努力」、さらに「志」が加われば、何かひとつのことは成し遂げられると信じています。

現在、往来物の個人蒐集としてはおそらく日本一で、調査した往来物の点数もどこにも負けないと自負しています。これからも、探し続けている往来物や新たな往来物の発掘、往来物研究に役立つ史料の刊行や往来物研究者の育成など、やりたいことはまだたくさんあります。

研究者育成については、先にお伝えした三次市立図書館の「おとなの寺子屋」で、その可能性が芽生え始めています。この図書館を西日本の往来物の拠点とし、図書館発のICT教育でもある「おとなの寺子屋」の全国展開や、小中学生の往来物愛好家の育成にもチャレンジしたいですね。活動を通して、歴史から学ぶことの面白さ、学ぶ意味、そこから生きる目的や志などが醸成されるように、これからも働きかけていきたいと思います。

江戸時代から受け継がれる日本の教育文化

子は親の勤勉な姿を見て学ぶ
『心教を以て尚と為す』で育てよう

往来物研究家 小泉吉永先生

幼児の頃、母が私に「幼稚園に行きたいか」と尋ねたところ、私が「行きたくない」と答えたので入園させなかったそうです。こんな調子ですから、私は親から「勉強しろ」と言われたことはありませんでした。私も息子たちに「勉強しろ」とは言いませんでした。代わりに、「時間を大切にしろ」「掃除をしろ」と言ってきました。週1回は掃除の日をつくって家族全員で掃除をすることを習慣にしていたので、会社員になった息子たちは、今でも週1回は自主的に掃除をしているようです。

私は「勉強しろ」と子どもに言うよりも、親が何ごとにも勤勉な姿を見せることが大事だと思います。親が勉強したり本を読んだりして楽しむ姿を子どもに見せ、子どもから「そんなに面白いの?」と聞かれたらしめたもの。面白さは本人が感じることですから、言葉で伝わらなくても、側で見ていて何かを感じ取るものです。

私はこの7月に、江戸時代の育児書100余点が伝える子育てや人づくりの知恵をまとめた書籍を出版しました。タイトルである『心教を以て尚と為す』は、江戸時代の教育のもっとも大事な教えを表現した言葉です。

「心教」とは心をもって相手を感化することで、ほかに、言葉で教える「言教」、行動やふるまいで示す「躬教(きゅうきょう)」という教えのスタイルがあります。言葉でも行動でも教えず、その人に接しているうちに自然と身につく、その人の影響を受けて良い方に導かれるというのが「心教」で、これは教育の最も理想的な形です。

このような日本人の姿勢は、欧米諸国の人からみると「主張も指導もしない」と捉えられますが、“意図しないところ”を大事にしたのが日本の教育文化の一つです。教育に限らず言葉で伝えることは、多少の効果はあっても、強い影響力は期待できません。例えば、人を判断する時に、その人の言葉より、その人の振る舞いを見て判断するのではないでしょうか。口先の言葉よりも、無意識の行動のほうが相手に強いメッセージを与えていると思ったほうがよいでしょう。

いずれにしても、江戸時代は知れば知るほど面白く、その奥行きに興味が尽きることはありません。人生は学びの連続です。ぜひ拙著にあるような江戸時代の知恵に学び、子育てはもちろん、自分の人生を謳歌してほしいと願っています。

関連リンク 小泉吉永ホームページ往来物倶楽部江戸樂舎三次市立図書館発「おとなの寺子屋―ネットで学ぶ往来本―」小泉吉永著『心教を以て尚と為す─江戸に学ぶ「人間教育」の知恵─』(敬文舎) 


往来物研究家 小泉吉永先生  

前編のインタビューから

-生きるヒントを江戸時代から学び伝える
-寺子屋と公文式に共通する「自学自習」
-「学びを味わう」楽しさを知った高校時代

 

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