「作業中心の就労支援プログラムで利用者の方全員が就労できるのだろうか…」
午前中の公文式学習は「よろしくお願いします!」 という元気なあいさつからスタート |
愛知県にある社会福祉法人愛光園は老人介護、障害児・者などの支援施設のほか、就労移行支援事業所である就職トレーニングセンター(以下「就トレ愛光園」)も運営しています。JR東海道本線共和駅から徒歩7~8分、なだらかな丘に広がる住宅地の一角に就トレ愛光園はあります。清掃が行き届いた建物や車がきちっと並んだ駐車場のたたずまい、そして利用者の方たちとスタッフのみなさんの笑顔に、就労をめざす真摯な姿勢を感じずにはいられませんでした。
就トレ愛光園は2011年5月に開設された就労移行支援事業所(以下「支援事業所」)。一日平均18名程の方が利用されています。就トレ愛光園がほかの多くの支援事業所と異なるのは、その支援プログラムです。月~金の午前中は公文式学習(算数・数学と国語)、午後はSST、JST、WRAP(いずれも下記参照)といったコミュニケーションを大切にしたプログラムになっています。製品の組み立て・封入といった作業の風景は、就トレ愛光園では見ることができません。けれども、現在の支援プログラムに行きつくまでには紆余曲折があったのです。
2006年の障害者自立支援法(2012年改正、2013年障害者総合支援法に)の施行に伴い、それまでの「授産施設」「小規模作業所」(通常の就労がむずかしい障害者のための働く場)のほとんどは、就労の機会を提供する「就労継続支援A型(雇用)・B型(非雇用)」、あるいは知識や能力の向上を図る「就労移行支援」の施設へと順次移行していきました。しかし、多くの施設での就労支援プログラムは、従来と同様の作業中心の内容を踏襲していました。それは、就トレ愛光園も例外ではありませんでした。
就トレ愛光園のセンター長、青山さんはこうふり返ります。「支援事業所としてスタートし、作業中心の支援プログラムでそこそこの実績はあがっていました。しかし、自問自答の毎日でした。たとえば、蛇口の部品の組み立てを企業さんから請け負い、利用者の方たちの支援プログラムの一貫としてするのですが、器用な人とそうでない人の作業効率は目に見えて違います。また、請け負った仕事ですから作業完了が前提となり、利用者の方で病気で休む人がいると、いきおい器用な人の負担が大きくなり、われわれスタッフも手伝うことになります。そんな光景を見るにつけ、このままでよいのか…。利用者の方全員が就労できるようになるのだろうか…。悩む日が続きました」。
*SST *JST *WRAP |
“集中して学べる”ということに、利用者さん自身が喜びを感じる
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そんなある日、青山さんは『働く広場』(2012年4月号 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構発行)という障害者雇用の月刊情報誌で「読み書き計算の学習を支援プログラムの中心に据えて、高い就労実績をあげている支援施設がある」ことを知りました。千葉県成田市の明朗アカデミー(就労移行支援事業所、巻末のリンクからご参照ください)です。
「その学習が公文式でした。正直エッ?という気持ちでしたが、詳しい話を聞いているうちに、これは自分が求めているものに近いかもしれないと感じました。さっそくスタッフ2人と明朗アカデミーを見学し、利用者の方たちの凛とした学ぶ姿勢に驚きました。これなら就労にもつながるはずだとうなずけました。すぐに内部でも話し合い、公文式の導入を決めたのが2年ほど前です。もちろん、“学習でよいのか?”“もっと実践的な支援プログラムのほうが…”という意見のスタッフが当時はいました。また、新入のスタッフも同じように最初は疑問を持ちます。しかし、その答えは利用者の方たちの笑顔でわかる気がするのです」(青山さん)。
就トレ愛光園の主任、辻さんにうかがってみました。辻さんは公文式学習の指導責任者でもあります。「青山さんから、作業中心から学習中心の支援プログラムにしたいという話を聞いたとき、大丈夫かな?とすごく心配になりました。それは明朗アカデミーを見学して、青山さんの意図は理解できたのですが、こんどは愛光園をそこまでのレベルにできるだろうかと不安になったからです。実際、導入してみると、少ない数でしたが利用者の方たちから“なぜ勉強なのか?”“仕事をしたいのに…”といった声もでて、ざわついた感のある状態でのスタートだったと記憶しています」。
ところが、公文式を導入して半年くらいすると、静かで落ち着いた学習状態に変化していったといいます。「勉強が苦手あるいは集中して作業を続けにくい利用者さんには、学習するということ自体がむずかしいのではないかと思っていました。たしかに、はじめのころは学習をしたがらない方もいましたが、各利用者さんの学力に合った教材を提供できるので集中できるんです。その集中して学ぶ姿は、われわれスタッフにも新鮮でしたが、なによりご本人がうれしいのではないかと感じました。“きちんとできて、すごいですね”と言葉をかけたときの笑顔が輝いていますから」(辻さん)。
「認めて・ほめると、心にゆとりができ、できないことができるようになります」
「公文式を導入して、いろいろな気づきがありました。変化もたくさんありました」と青山さんは話してくださいます。「午前中の公文式学習が良い状態になると、午後のSST、JST、WRAP(いずれも前出)といったコミュニケーションを大切にしたプログラムがスムーズにできるようになりましたね。午前中が作業中心だったころにはなかったことです。考えるに、午前中の公文式学習で自分に向き合い、できたことを認められ・ほめられて自己肯定感が生まれる。それがあるから、午後にほかの利用者の方やわれわれスタッフとコミュニケーションする、つまり他者と向き合うこともうまくいくのだと思います。このことは就労にはとても大切ですね」。
また、辻さんはこんなことも話してくださいました。「ある利用者さんの支援を考えるとき、その方がどんなことができて、どんな問題をかかえ、何を求めているかといった評価をします。アセスメントと言います。作業中心のときもアセスメントをしていましたが、公文式学習でも同じようにできることがわかりました。それも、作業中心のころよりも質の高いアセスメントができています。作業中心のころは、どうしても作業の完了を先に考えるので、お一人おひとりの利用者の方をじっくり見る余裕が足りなかったと思います。公文式の時間では自分に合った内容を学習するので、お一人おひとりの状態や得意な面も不得意な面もよく見えるようになりました。それも、できることをしてほめられた状態で見るので、利用者の方もうれしいはずです」。
そして、青山さんと辻さんはこう口をそろえます。「認めて・ほめると、心にゆとりができ、できないことができるようになるんです」と。たとえば、最近こんなことがあったそうです。就労実習の一貫として、企業の面接会にある利用者さんと参加したときのことです。その利用者さんは就トレ愛光園に来た1年ほど前は引っ込み思案で、いつも自信がなそうな表情、声もか細い印象。その人が、自分の名前を呼ばれると、「ハイ!」と元気よく返事、立ったあとすぐに自然にイスをしまう、姿勢よく大きな声で自分の名前を言う。この一連の動作がスムーズにできたとのこと。「それができた要因はたくさんあるでしょうが、やはり公文式学習で培った「職場を意識した学習作法の習慣」と自己肯定感がいちばん大きいと思います」(青山さん)。
就トレ愛光園の午後の支援プログラム(SST、JST、WRAP)では、さまざまなグループワークをしますが、大切にしているのは「利用者相互のいいとこさがし」だそうです。スタッフからいいところを言われるのはうれしいのですが、隣りにいる利用者さんから言われると、うれしさはさらに大きいといいます。こんな取り組みも自己肯定感の醸成にはとても効果があるのでしょう。
就労できる能力とは、“働きたい”という意欲、そして“自己肯定感”
青山さんと辻さんのコメントのなかに「自己肯定感」という言葉が何度もでてくるので、なぜでしょうか?とうかがってみると、こんな答えが返ってきました。「障害のある方たちは、就トレ愛光園の利用者の方たちを見ているだけでも、これまでの成育環境のなかで不得意な面やできなかったことを指摘されることが多かったようで、自信がなかったり、何事にも遠慮がちという傾向があるようです。けれども、その状態では、その方の得意なところや本来もっている能力がわからないと思うのです。自己肯定感があるからこそ、もてる能力を発揮できるのだと思います」(辻さん)
青山さんがこう続けます。「就労する・できるためのスキルや能力はいろいろあると思います。障害があっても特定のスキルや能力にとても長けている人もいます。でも、その能力を最大限に発揮できるのも、自己肯定感があればこそだと思います。人とのコミュニケーションも、自己肯定感があるのとないのとでは大きく違うと思います。自分のよりどころをしっかりもっているからこそ、人とかかわりあうことができ、少々のことではへこたれないのではないでしょうか。とすれば、就労できる能力や長く働きつづけられる能力というのは、“働きたい”という意欲、そして自分もやればできるのだ、という自信に裏打ちされた自己肯定感だと思うのです。もともと“勉強”が苦手であった彼らが、公文式に出会い、“勉強”ではなく“自ら学ぶ”ということに自信をもてるようになったのは非常に大きいと思いますね」。
就労が決まり、就トレ愛光園を卒業する利用者の方たちは、異口同音にこんなことを話されるそうです。「愛光園に入ったばかりのころは、公文をやるのがつらかった。でも、やっているうちに楽しくなって、公文があるからここに通っていたのかもしれない」「自分でもこんなに集中してできることがあるとは思わなかった」「復習はめんどうだけど、問題を解く時間が速くなるし、ミスも減るので力がついた気がする」「ここを卒業するいまは、公文をやっててよかったと思う」。利用者の方たちも、しっかりとその効果を体感しているようです。
「公文を導入して約2年がたち、就労実績も順調にアップしてきています。しかし、まだまだ課題や問題は山積状態です。けれども、利用者のみなさんとわれわれスタッフは、ともに“就労”という明確な目標をもった同志です。公文式学習を、利用者の方たちは自分と向き合うための、われわれスタッフは利用者の方と向き合うためのよきツールとして使わせていただき、利用者のみなさん全員が就労できるよう、これからも真摯に、そして懸命に取り組んでいきたいですね」(青山さん)。
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