“赤ちゃんのパワー”に触れたことで
「エンパワメント」研究の道に
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大学時代の実習で、ある赤ちゃんに出会ったのが、私が「エンパワメント」の研究をはじめた一番のきっかけです。ご家庭の事情であまり恵まれない環境にいた赤ちゃんが、満面の笑顔で私を勇気づけ、すくすくと力強く育っていく様子を見て、「このエネルギーは何だろう。これを科学したい」と思ったのです。当時エンパワメント科学という言葉はありませんでしたが、「人を元気にする、人のエネルギーを引き出させるようなポジティブな力を科学する」という道に進みました。
大学院では、障害のある子どもの研究をしました。障害があっても、その子の育ちに合わせた豊かな環境が子どもの能力を大きく引き出すこと、「この子はできない」というおとな側の思い込みが子どもの能力の発揮にネガティブな影響を与える危険性を明らかにしました。また、ふつうの子の中に障害のある子が入ることで、障害のある子のプラスになるだけでなく、周囲の子の思いやりの心が育つというエビデンスを出したりしました。
当時から、厚生省(当時)の国立身体障害者リハビリテーション研究所と共同研究していたこともあり、博士課程を終えると厚生省の研究所へ入省。保健医療福祉の施策づくりに向け、世界中の情報を集めて日本で試してみるなど、研究三昧の生活でした。社会を動かす法律を作るための下調査などをして、介護保険制定にもかかわりました。
自分が研究してきたことを次の世代に教育したいという気持が出てきたのが、30代後半の頃です。たまたまご縁があり、大学教員へ転じることにしました。私の研究室のテーマは、「A world of possibilities」。みんなが夢を持てる世界を実現しよう、ということです。誰もがやりたいと思ったら、それを実現できるプロセスに平等にチャレンジできる環境がしっかり整備されることが大切。日本にいるとあまり意識しないかもしれませんが、世界ではまだまだ困難な状況がたくさんあります。私たちは研究者なのでエビデンスを踏んで、そこに貢献したいと考えています。
研究室は4分の3が留学生で、開発途上国からの学生は「自分たちの国を変えてよくするぞ」という夢や思いが強くあります。たとえば、アフガニスタンとの国境付近の病院で働いていた、パキスタンから留学中の医師は、テロが起きて医療スタッフが逃げてしまい、医療どころではないけれど、よりよい医療をするためにスタッフをエンパワメントしたいといって学んでいます。
こうした留学生の生々しい話を聞いて、日本人の学生も初めてリアルに感じられるようです。学部の授業では留学生を交えてワークショップを行うことで、互いにエンパワメントできるようにしています。