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Vol.062 2020.05.15

筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授・保健学博士
安梅勅江先生

<後編>

「エンパワメント」の力が
「みんなが夢を持てる世界」を実現する

研究室教授・保健学博士

安梅 勅江 (あんめ ときえ)

北海道生まれ。東京大学医学部保健学科卒業、東京大学医学系研究科大学院博士課程修了後、厚生省国立身体障害者リハビリテーション研究所へ入省。米国社会サービス研究所客員研究員、東京大学医学部講師、イリノイ大学客員研究員、浜松医科大学教授、筑波大学大学院人間総合科学研究科教授、ヨンショピング大学客員教授などを歴任し、現在に至る。著書に『子どもの未来をひらく エンパワメント科学』(日本評論社)など。

「誰もが夢を持てる世界を実現したい」と願い、国内外で精力的に活動されている安梅勅江先生。そのためには、一人ひとりが持っている力を最大限に引き出す「エンパワメント」が欠かせないと、「エンパワメント科学」を研究されています。「エンパワメント科学」とはどのようなもので、安梅先生はなぜこの研究の道に進まれたのでしょうか。さまざまな留学生と接する中で感じること、今の子どもを取り巻く環境などについてもうかがいました。

目次

“赤ちゃんのパワー”に触れたことで
「エンパワメント」研究の道に

筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授・保健学博士 安梅勅江先生

大学時代の実習で、ある赤ちゃんに出会ったのが、私が「エンパワメント」の研究をはじめた一番のきっかけです。ご家庭の事情であまり恵まれない環境にいた赤ちゃんが、満面の笑顔で私を勇気づけ、すくすくと力強く育っていく様子を見て、「このエネルギーは何だろう。これを科学したい」と思ったのです。当時エンパワメント科学という言葉はありませんでしたが、「人を元気にする、人のエネルギーを引き出させるようなポジティブな力を科学する」という道に進みました。

大学院では、障害のある子どもの研究をしました。障害があっても、その子の育ちに合わせた豊かな環境が子どもの能力を大きく引き出すこと、「この子はできない」というおとな側の思い込みが子どもの能力の発揮にネガティブな影響を与える危険性を明らかにしました。また、ふつうの子の中に障害のある子が入ることで、障害のある子のプラスになるだけでなく、周囲の子の思いやりの心が育つというエビデンスを出したりしました。

当時から、厚生省(当時)の国立身体障害者リハビリテーション研究所と共同研究していたこともあり、博士課程を終えると厚生省の研究所へ入省。保健医療福祉の施策づくりに向け、世界中の情報を集めて日本で試してみるなど、研究三昧の生活でした。社会を動かす法律を作るための下調査などをして、介護保険制定にもかかわりました。

自分が研究してきたことを次の世代に教育したいという気持が出てきたのが、30代後半の頃です。たまたまご縁があり、大学教員へ転じることにしました。私の研究室のテーマは、「A world of possibilities」。みんなが夢を持てる世界を実現しよう、ということです。誰もがやりたいと思ったら、それを実現できるプロセスに平等にチャレンジできる環境がしっかり整備されることが大切。日本にいるとあまり意識しないかもしれませんが、世界ではまだまだ困難な状況がたくさんあります。私たちは研究者なのでエビデンスを踏んで、そこに貢献したいと考えています。

研究室は4分の3が留学生で、開発途上国からの学生は「自分たちの国を変えてよくするぞ」という夢や思いが強くあります。たとえば、アフガニスタンとの国境付近の病院で働いていた、パキスタンから留学中の医師は、テロが起きて医療スタッフが逃げてしまい、医療どころではないけれど、よりよい医療をするためにスタッフをエンパワメントしたいといって学んでいます。

こうした留学生の生々しい話を聞いて、日本人の学生も初めてリアルに感じられるようです。学部の授業では留学生を交えてワークショップを行うことで、互いにエンパワメントできるようにしています。

うまくいかない時は自然のリズムにまかせる

ものごとにはリズムがある
うまくいかなくても「今はそういうものだ」と捉えよう

筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授・保健学博士 安梅勅江先生

私は「趣味はエンパワメントです」と答えるようにしています。「会ったら一緒に元気になる」ことを心がけ、常に「何かいいところがないかな」とセンサーを磨いています。活動のエネルギーの源は、やっぱり「楽しいことを仲間と一緒に経験する」ことです。「これ大事だよね」「このプロジェクトやろう」と盛り上がると、うれしくなるし、力が出ます。幼稚園時代、自分が見つけた“キラキラ”を先生に持って行って、「すごいわね」と言われて一緒に楽しんだような、その頃のワクワクした気持ちと同じです。自分だけ楽しむのではなく、みんなで楽しむことが大切だと思っています。

私は基本的に「うまくいかない」と考えたことはありません。「今は前に進む時期ではない。少しお休みする時期」と捉えています。陰陽五行説ではありませんが、ものごとにはリズムがありますから、「そういうものだ」と考えます。これはエンパワメントのコツのひとつでもあるんですよ。お天とうさま(=大自然の人智を超えたもの)はいつも見守ってくれる。家族、恩師、仲間は、「つらい時もみんなで支えあうから大丈夫」と教えてくれる、かけがえのない宝物です。

大学に移動後、カメルーンのジャングルに行き、シャーマン(=霊など超自然的存在と交信する現象を起こすとされる人物)と生活を共にしたことがあります。シャーマンの暮らしも、自然のリズムに任せたものでした。ちなみにシャーマンと暮らしたのは、数字やデータだけでは語れないものもあるとわかり、対極のものに興味をもったからです。やはり「科学的なもの」と「感性的なもの」の両方がとても重要だと思います。

今、何かうまくいかなくて悩んでいる人には、必ずまた日はのぼるからポジティブシンキングでいきましょう、とお伝えしたいですね。自分では元気になれないときは、仲間の力を借りること。「仲間エンパワメント」を活用しましょう。子どもには、私の母が私にそうしてくれたように、「あなたは生まれたときから運がいいのよ」と言い続けていれば、「お母さんが言うなら」と、前向きに生きるようになるでしょう。

今の時代だからこそ子どもたちにはリアルな体験を

五感で感じて身体で学び、
リアルなチャレンジをどんどんしよう

筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授・保健学博士 安梅勅江先生

今と昔の子どもの育ちの違いについては、今の子のほうがずっと恵まれた環境にありますが、地域のつながりは明らかに弱くなっています。近所の人たちと一緒に子育てすることが減って、ストレスを抱えた方が孤立するリスクは高まっています。もともと人は集団で子育てするよう進化してきました。昔のような血縁に頼らない新しいしかけをつくっていかねばなりません。

もうひとつ、昔と違うのはインターネット環境です。プラスの部分ももちろんありますが、子どもにリアルな体験の不足を招いているのは、とても危ないと感じます。五感で感じるのが、生物である人間の基本です。

厚労省の委託調査で、被災された保護者に、事前に子どもに何をさせておけばよかったか調べたところ、「サバイバル体験」との回答が多くありました。岩山や木に登るなど、身体を使ってがんばったり工夫したりするリアルな体験は、もっともっとさせたほうがいいと思います。ケガをするからダメというのは、子どもの未来のためにマイナスです。

今の時代だからこそ、子どもたちには、リアルな体験にどんどん挑戦してほしいですね。人間と人間の関わりの中から生まれるもの、実際にその場に行って、寒かったり暑かったりしんどかったりする中から身体で学ぶものは、生きるパワーを育み、得るものがとても大きいのです。今は経験の幅を広げようと思えば、いくらでも広げられる時代です。その環境を活かしてチャレンジしてください。

保護者の方へのメッセージとしては3つあります。まず、子どもの安全基地となっていただきたいということ。そうすれば子どもは安心してチャレンジできます。2つめは、チャレンジすること自体をほめること。何かできてほめるのではなく、向かっていくこと自体をほめて、認めることです。3つめは、常にポジティブに寄り添って勇気づけてあげること。

親御さんは子どもを愛しているからこそ、必ずしもポジティブでないかかわりをしてしまうことがありますが、その愛する子がもっと伸びていくには、チャレンジを見守ることが大切でしょう。

私も「A world of possibilities」を実現するために、これからもいろいろな活動にチャレンジしていきたいと思います。今、「エンパワメント教育研究フォーラム」をさまざまな国に広げ始めています。この研究室で学んだ各国の卒業生が基幹になり、各地域でリーダーを育て、継続的な発展につなげられる仕掛けをつくりつつあります。現在、100カ国以上とコンタクトがとれましたが、さらにこの“タネ”をさまざまなところにまいて、芽が出るまで育てたいですね。そして「子どもたちが夢を実現できる」――そんな“花”を、各地で咲かせてくれれば、こんなにうれしいことはありません。

関連リンク 筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室


筑波大学国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授・保健学博士 安梅勅江先生  

前編のインタビューから

-エンパワメントをコホート研究で科学的に証明
-公文式は自己効力感を育む学習法
-ポジティブシンキングで育てられた幼少期

 

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