社会の課題をどう解決できるか
その方法と解決のための資金調達について研究
現在、日本社会には高齢者の介護や子どもの貧困など、さまざまな課題があります。以前は、行政がそうした社会課題を解決する役割を担っていましたが、徐々に行き届かない部分も出てくるようになり、NPO法人や社会起業家が活躍するようになっています。
さらには、一般の企業でも社会的な領域に着目し、課題解決に取り組む動きが出てきています。私は介護や福祉の専門家ではありませんが、そういった分野の社会課題を解決するための制度設計や、そうした制度が開発されるプロセスを研究しています。
なかでも特に注目しているのはお金の流れで、大学では「ソーシャルファイナンス」という科目を教えています。これは「社会的投資」を含むものです。一般的な投資は、個人や特定の組織の利益を求めますが、「社会的投資」は、社会的事業のためにお金を投資していくことを意味します。つまり、「金銭的なリターンだけでなく、社会課題を解決する事業に投資をする」というものです。社会課題を解決することを目指す事業は、ビジネスとして成立しにくいケースが多いのですが、工夫をすれば解決に必要な資金を調達できます。私はその手法などを研究しているわけです。
例として、病児保育で知られるNPO法人フローレンスのケースを紹介しましょう。フローレンスは、社会課題の解決と事業性を両立させた好例です。まず、非施設型の病児保育なので事業に対する初期投資が低く抑えられ、会費は利用頻度と子どもの年齢に応じて変動する月会費制で、毎月初回は無料で利用することができます。よって、会員は万が一の時の保険のような感覚で利用でき、事業者にとっては会員数増加に合わせて人を雇用できるなど、収益を安定させる工夫が凝らされています。
こうしたことはビジネスのイノベーションのあり方でもあり、かつ、社会の問題を解決するために活用できる事業というわけで、そこが社会的起業のおもしろいところだと思います。
フリ―スクールでの活動や
そこでの人との出会いが活動の原点
私がなぜこうしたことに関心をもつようになったかというと、じつは不登校で高校を中退したあと、18~19歳の多感な時期をフリ―スクールにお世話になったことが大きく影響しています。当時は、ホームレスを支援するNPOで炊き出しの手伝いをしたり、環境問題の勉強会に参加したり、開発途上国へのスタディツアーに行くなど、さまざまな経験をしました。
そういった経験を通じて、世界にはいろんな環境下にある方々がいるのだと知りました。私は自分の意志で学校に行かないことを選んだが、世界には生まれながらにして学校に行けない環境の子どもたちもいる。同じようなことが、じつは世の中にはたくさんあるとも知りました。
そんな社会課題に触れていくうちに、少しずつ「社会の仕組みが継続的に改善されていく必要がある。それができるのが社会起業家やNPOだ」と思うようになりました。フリ―スクールで出会った先輩たちのなかには、自らNPOを立ち上げ、学生起業家として活動していた人も多く、「自分がこうなりたい」というイメージと「社会をこうしたい」という想いがリンクしている姿にも影響を受けました。
その後大検を経て、20歳で大学の経済学部に進んだのは、フリ―スクール時代にスタディツアーで開発途上国に行き、「経済発展が人びとの幸せの基本になっている」と感じ、きちんと経済のことを学びたいと思ったからです。
「現場」の次は「理論」を知りたくて
アメリカのビジネススクールへ
大学で学ぶうちに、社会の仕組みがもっと進化する必要性を感じるようになりました。最終的にはソーシャルビジネスに携わりたいという想いはありましたが、まずはビジネスの世界でどう収益が生み出されているのかを知ろうと考え、大学卒業後は民間企業に就職しました。
その会社には2年半勤務し、ビジネスの「現場」については少しわかるようになりました。一方で、もっと「理論」としてビジネスを学びたいという気持ちが生まれてきて、会社を辞めてアメリカの大学院に行き、経営の理論を学びました。
帰国後は外資系の金融会社に就職しました。現場と理論を学んだあとは、どのように富が生み出されるかに関心を持ち、金融の仕事をしてみようと考えたのです。
その会社には7年ほど在籍していました。その間、土日など休日に社会起業家の育成支援をするNPO法人でボランティアをするようになり、「人を幸せにするための仕事をしたい」と強く思うようになりました。次第にそこに軸足を置くようになり、その後NPOで2年半社会起業家の育成支援に関わることになります。こういった経歴を見込まれたのか、大学からお声がけを頂いて現在に至っています。
私は母が教師、父も公務員という家庭に育ちました。両親ともに「思うことをやってみなさい」と理解があり、若い頃からいろいろな経験を積ませてもらったことを感謝しています。教師であった母からは、教育という仕事の素晴らしさを折に触れて聞かされていました。30代半ばまで、私自身は「人に教えること」にはあまり関心はありませんでしたが、今自分が学生を教える立場になり、母の気持ちがよくわかります。可能性のある若者の成長に付き合うのは、とてもやりがいのある仕事だと感じています。
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