いろいろな将来の夢を描いていた子ども時代
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小学生の頃の将来の夢は、学校の先生やお花屋さん、ケーキ屋さん、ディズニーランドで働きたいなど、いろいろでしたね。宇宙は好きでしたが、宇宙飛行士という発想はありませんでした。当時はまだ日本人の宇宙飛行士は誕生しておらず、私にとって宇宙はSFやアニメの世界だったからです。
私は小学校の時に近所の寺子屋みたいな個人塾に通っていたのですが、中3のときに初めて近所の塾で本格的に夏期講習を受けました。そこで受けた模試で、全国でたくさんの人が同じ試験を受けることに衝撃を受け、世の中の広さを感じて視野を広げるようになりました。
自宅は狭かったので自分の部屋は持てず、居間で宿題や受験勉強をしていました。高校生になってからは、やはり自分の空間が欲しくて、父と一緒に廊下にカーテンで仕切りをつくり、机をひとつ置きました。でも部屋じゃないので、親とケンカしても、すぐカーテンを開けられて「ごはんよ」なんて(笑)。当時はいやでしたが、そんな環境だからこそ、集中力がついたのかもしれません。
両親はとくに教育熱心というわけではありませんでした。父は寡黙で姿勢がよく威厳があり、母はおしゃべり好きで心配性。私の興味を知って、子どものときは宇宙に関する情報をよく教えてくれたのが印象に残っています。
高校生くらいになると、部活などで帰宅が遅くなりますが、母は雨の日も寒い日も毎日駅まで迎えに来てくれました。いま自分が親になってみると、改めて母のすごさがわかりますね。感謝の気持ちでいっぱいです。
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