Unlocking the potential within you ―― 学び続ける人のそばに

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Vol.031 2016.04.22

声楽家 佐藤しのぶさん

<前編>

学びも、
人間の成長とともに成熟する
だからこそ、人生をかけて探求したい

声楽家

佐藤 しのぶ (さとう しのぶ)

東京生まれ。ウィーン国立歌劇場をはじめ、欧州、豪州、アメリカでの一流のオペラハウス及びオーケストラとの共演多数。「椿姫」、「トスカ」、「蝶々夫人」等の主役は記憶に残る名演である。2014年1~4月「夕鶴」つう役初主演で絶賛され、2016年2・3月に全国各地で行われた再演も大好評を博した。文化放送音楽賞、都民文化栄誉章、ジロー・オペラ賞大賞、マドモアゼル・パルファム賞、Federazione Italiana Cuochi、日本文化デザイン賞大賞等を受賞。

1984年に『メリー・ウィドウ』『椿姫』でデビュー以来、日本を代表するオペラ歌手の一人として、国内のみならず、ウィーン国立歌劇場をはじめ世界各地で活躍してきた佐藤しのぶさん。ライフワークである恒例の「母の日に贈るコンサート」(東京オペラシティコンサートホール)を5月8日に控え、歌や子育て、そして人の幸せとは何か?についての思いを、率直に語っていただきました。

目次

    一人でも多くの方に「生の歌声」を
    お聴きいただきたい

    声楽家 佐藤しのぶ
     「母の日に贈るコンサート」
    2014年5月 サントリーホール

    22年前から私のライフワークとして、「母の日に贈るコンサート」を行っています。このコンサートは、娘の誕生をきっかけに「母への感謝と命の尊さ」をテーマにはじめました。
     
    私が娘を出産したとき、「命」とは人にこれほどの感動と神聖な気持ちをもたらすものなのか、と強い衝撃を受けました。

    「命」は祖先から代々受け継がれてきたもので、もしも途中で誰かひとりでも命を繋ぐことをやめていれば、私はもうここには存在しない。

    そう考えると、何人たりともその命をおろそかにすることはできないのだと。その日から、私は音楽を通して愛と平和を願い、歌い続けています。
     
    この「母の日に贈るコンサート」では、それぞれの歌の本質や、背景等お話を交えたプログラムをお届けします。実際、“この子守唄を選んだ背景にはこのようなエピソードがあって……”というお話をしますと、よりお客様との一体感が生まれるようです。皆さまのおかげでこのコンサートを育てていただいています。
     
    今年も、第一部は日本の歌を選びました。最近は学校の教科書からも文部省唱歌が消え、童謡を親子で歌う機会も少なくなっているようです。実は、東日本大震災の時、被災された方々が励まし合うために歌を歌われたそうです。ところが、皆で一緒に歌える歌は「ふるさと」他数曲だったと聞き、音楽の世代間断絶に、はっとしました。カラオケに親しんでいる、歌が大好きなお母さまたちでさえ、既に世代を超えて一緒に歌える歌がなくなってきている、という事でした。

    私が子どもの頃は、母とたくさんの童謡や四季折々の歌、昔話の歌など一緒に歌っていました。現代の自分の好きな歌に加えて、老若男女、誰もが母国語で繋がれる歌を持っているのもいいものではないでしょうか。
     
    また、どの国に行っても、それぞれの地域の文化として、食べ物と同じように歌が大切に継承されています。世代を超えて、心の故郷と思える歌があるのは素晴らしいことです。海外の方が日本を訪れたときに、モノではなく、お互いの国の歌を覚えるといった交流ができたなら、きっと一生心に残る友好関係が築けるのではないでしょうか。そういう小さなことの積み重ねが、いつか平和に繋がっていけば何と素敵でしょうか。音楽は人の心を繋いでくれます。

    デビューから32年。私は声楽家としては幅広く活動させていただいており、そのひとつがテレビの対談番組でした。今年3月末、16年半続いたtvkの番組『佐藤しのぶ 出逢いのハーモニー』が節目を迎えました。これからはこの大切な経験を生かして、今まで以上に演奏に傾注しようと思っています。

    また、国内外でのオペラや演奏会出演に加え、私が近年行っているのは、長年の夢だった“キャラバン”。
    これまで主に大都市の劇場で歌うことが多かったのですが、実は、日本には小さな市町村にも素晴らしい劇場がたくさんあります。一流のピアノや、パイプオルガンもあります。しかし、そうした地方の小さな町や村では、なかなかクラシック音楽との出会いが多くはないようです。

    私は是非、お話を交えながら、一度はマイクを使わない“生の歌声”を体感していただきたい。そして、初めてコンサートに来られた方にこそ、クラシック音楽というものが、なぜ時空を超え、人々の心に残ったのか、また芸術が人間に何を伝えるのかを体験していただきたいのです。

    佐藤しのぶさんと音楽との出会いとは?

    両親の愛情を深く受けて育った子ども時代

    声楽家 佐藤しのぶ
    小学校1年生のころ

    私が音楽に出会ったのは、幼稚園の頃でした。幼稚園に行ってから帰るまで片時もオルガンから離れようとしないので、ある日、幼稚園の先生が私の両親に、「何か楽器をやらせてあげてはいかがですか」と言ってくださったそうです。ですから私の最初の音楽の恩人は、その幼稚園の先生なのです。
     
    私はごく普通の家庭でしたが、両親に愛情深く、大切に育てられました。とても感謝しています。

    父は「子どもには特に情操教育が大事だ」と、クラシックのレコードを買い揃えて聴かせてくれたり、「女の子はフルーツを食べると肌がきれいになるらしい」と聞いて、お給料日には果物を両手にいっぱい買ってきてくれました。

    音楽好きの両親でしたが、将来娘を音楽家にしようなどとは微塵も考えていなくて、特に父は、女性にとって最高の幸せは、よき伴侶を得て家庭を守ること、という人でしたので、私が音楽家になりたいと言った時には大反対。“しのぶ”と名付けただけあって、自分の子どもには人前に出るようなことはさせたくなかったようです。身体が弱く引っ込み思案だった私は、寡黙、謙虚、真面目を旨とする古典的な日本の教育を受けて育ちました。

    その私が、全く価値観の異なる西洋文化の社会にひとりで飛び込み、様々な国の人達とオペラを歌ったり、コンサートを行うようになったのですから、本当に運命とは不思議です。東洋人の私がまったく異なる世界でその「違い」を受け入れ、また受け入れていただいたことでそれまで想像もできなかった様々なことを学び、成長させていただきました。

    佐藤しのぶさんが歌を続ける理由とは?

    人生経験を積むことでさらに深い表現ができる

    声楽家 佐藤しのぶ
    『オテロ』ブルガリア国立歌劇場/ジャパン・アーツ

    私が今まで歌を続けられた理由は、大きくは二つでしょう。まず何と言っても、家族を始め多くの皆様から叱咤激励をいただいたこと。そしてもうひとつは、作曲家への畏敬と感謝の念です。
     
    私はいつも、新しい作品は数年がかりでこつこつと、その役を仕上げていきます。オペラの面白いところは、演劇とは違って、作曲家が演出家も兼ねている点。

    例えば同じシェイクスピアの戯曲を扱った演劇とオペラを比べてみると、演劇の場合、その戯曲をどう上演するかはより自由な可能性があり演出家次第、とも言えますが、オペラの場合、既に戯曲を作曲家が解釈して作曲されている、ということを忘れてはいけないのです。そのフレーズがどういう意図で、どう表現すべきかは既に作曲家が音楽で表現しているのです。登場人物同士の距離や、方向性も音楽に書かれています。ですから楽譜を正確に読み解けば、その表現方法はおのずと見えてきます。
     
    その一方で楽譜には、作曲家が到底描き切れなかった「思い」があります。それを探るため、さまざまな勉強をします。大切なことは、それらの勉強が開花するには、自分自身が人生経験を積み重ね、人間というものを理解できるようになってこそ、技術とあいまって深い表現ができるようになるということです。決して自己流の解釈や歌い方で独善的に歌っていては、いくら魅力的でも、芸術作品の本質や真の価値は表現できない厳しさがあるのが、クラシックだと思います。
     
    その長い探求と訓練が真実の生理となって舞台で再現できた時こそ、まさに「芸術」と呼ばれるのではないでしょうか。

    皆さんの叱咤激励を受けながら、いつしか私の声は自分のものであって自分のものでない、という意識が芽生えました。最初に幼稚園で音楽を勧めてくださった先生、そして両親をはじめ、本当にたくさんの方が私を信じて、応援してくださり、チャンスを与えてくださった。だからこそ今の自分がある。

    その人たちの愛で、私の音楽はできていると感じます。その方たちに報いたい、その思いが私を駆り立て、辛い時も簡単には諦めません。真剣に取り組めば取り組むほど、音楽は奥が深いものですから。
     
    どんなに小さな曲でも“どうしてこんなに難しいのかしら”と思いながら取り組んでいるのが本当のところ。でも、「神様は持てない荷物は持たせない」と聞いたことがあり、どんなに苦しくてもこれはいつか必ずできるはず、と思いながら焦らず取り組んでいます。苦しみは常に続いていきますが、できなかったことができるようになると、この方法は間違っていなかった、希望が見えてきた、と思えるようになってきます。今世(こんぜ)では、満足の域に達することはないかもしれませんが、探求し続けたいと思います。
     
    “これで自分はいいのだ”と思ってしまったら、きっとそこで成長は終わります。いや違う、と思った人にだけ次の壁が見えてきて、それをどう越えるかの挑戦が始まります。歌う人間の成長とともに成熟してゆくのが歌なのではないか、これこそ、声楽という「生きている楽器」を育ててゆく醍醐味なのかな、と最近感じます。これはオペラにとどまらず、いろいろな職業に共通することかもしれません。私も予期できぬ未来がとても楽しみです。

    声楽家 佐藤しのぶ
    『夕鶴』2016年 ©Koichi Miura

    関連リンク 佐藤しのぶアートガーデン


    声楽家 佐藤しのぶ  

    後編のインタビューから

    -佐藤しのぶさんが考える日本人の強みとは?
    -常に悩んだ子育てと仕事
    -佐藤さんが歌に込めた想いとは?

     

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