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Vol.031 2016.04.28

声楽家 佐藤しのぶさん

<後編>

学びも、
人間の成長とともに 成熟する
だからこそ、人生をかけて探求したい

声楽家

佐藤 しのぶ (さとう しのぶ)

東京生まれ。ウィーン国立歌劇場をはじめ、欧州、豪州、アメリカでの一流のオペラハウス及びオーケストラとの共演多数。「椿姫」、「トスカ」、「蝶々夫人」等の主役は記憶に残る名演である。2014年1~4月「夕鶴」つう役初主演で絶賛され、2016年2・3月に全国各地で行われた再演も大好評を博した。文化放送音楽賞、都民文化栄誉章、ジロー・オペラ賞大賞、マドモアゼル・パルファム賞、Federazione Italiana Cuochi、日本文化デザイン賞大賞等を受賞。

1984年に『メリー・ウィドウ』『椿姫』でデビュー以来、日本を代表するオペラ歌手の一人として、国内のみならず、ウィーン国立歌劇場をはじめ世界各地で活躍してきた佐藤しのぶさん。ライフワークである恒例の「母の日に贈るコンサート」(東京オペラシティコンサートホール)を5月8日に控え、歌や子育て、そして人の幸せとは何か?についての思いを、率直に語っていただきました。

目次

日本人だからできること

声楽家 佐藤しのぶ
『蝶々夫人』ウィーン国立歌劇場

私がオペラを続ける中で思ったのが、“日本人だからこそできること”がたくさんあるということ。西洋人が生んだ西洋文化の華であるオペラに日本人が挑戦することは、決して簡単ではありません。

音楽は世界を繋ぐと言っても、まず、言語も風習も違い、西洋の長い歴史と文化は私たちの価値観とは異なります。たとえどんなに海外に長く住んだとしても、やはり鏡を見れば“日本人”です。
でもだからこそ、私たちは彼らと違うから、非常に謙虚に、ひとつひとつ注意深く努力することができます。当たり前にならず、新鮮に尊厳を持って異文化を理解していけます。

例えば、オペラの時代背景、役柄における身分、階級の違い、衣装、剣や扇子の由来、使い方、着こなし方、姿勢、目配せ一つにしても、一から学び、全てに注意をはらいます。日本人だからこそ、いただいた役について調べ考え、体験できるものについては可能な限り体験します。

例えば『カルメン』のミカエラという役では、彼女はメリメの原作には登場しないキャラクターなので、まずなぜこの役がオペラで必要なのかを考えます。そのうえで、物語の舞台であるバスクに行って、まず土地のものを食べる。空気、空の色、土の色、地元の生活、文化や歴史、街の雰囲気を体験してから、楽譜を読み、過去への想像力を膨らませてミカエラという人物像を作っていきます。

なぜなら「自分の中にないものは表現できない」からです。どう歌うかをあえて見せたり演じたりではなく、蓄積したものが自然に溢れ滲みでる演奏が、本物だからです。そのための努力を惜しまないのは、勤勉な日本人なればこそ。私たち日本人には、大きな可能性があると思います。情熱と探究心、誠実さと勤勉さ、これはどんな職業にも当てはまることなのではないでしょうか。

常に悩んだ子育てと仕事

常に悩んできた子育てと仕事

声楽家 佐藤しのぶ

私には既に成人した娘がいます。子育てにおいては、私は決して優秀ではありませんでした。母が、専業主婦として私を育てたようにはまったくできませんでしたが、私は心から音楽も家族も愛してきました。

今だからこそ話せますが、娘が幼い頃、深夜突然に高熱を出し、その娘を抱きしめながら救急車に乗ったことが何度もあります。病院からほとんど一睡もせず本番に向かったこともあります。

歌手としては最高に歌うため、子どものことは他の方にお願いして自分は睡眠をとるべきだったかもしれませんし、子どものことを思えば翌日演奏に行かず、ずっと付き添うべきだったかもしれません。いつも正解はなく、悩んでいました。

でも一つだけ言えるのは、逃げたり嘘はつかなかったということ。自分が行動できる精一杯を積み重ねてきたことで、今日があるのだと思います。数々の失敗を繰り返しながらも色々な方々に助けていただきました。子どもや仕事を理由に、言い訳はしないことです。逃げなければきっと必ず道は開けます。

確かに1日24時間しかない中で、仕事と育児のバランスは常に悩みました。働くお母さまたちは、きっと大変だと思います。でもどうぞお子さまを愛して、おおいに悩んでください。その思いはきっと伝わりますから。

今、娘とは人生の先輩後輩として色々な話ができて楽しいです。私に欠けている部分を反省し、娘の方がむしろ人間として私よりずっと大人だなぁと思うことさえあります。私自身も娘のおかげで忍耐強くなりましたし、子育てを通じて私の方が育てられたようです。振り返って思うのは、忙しいママだからこそ、子どもさんとの一瞬一瞬をより濃く大事にできるかもしれない思います。

佐藤しのぶさんの歌に込めた想いとは?

自分の幸せと周りの人の幸せを
考えられるのが真の大人

声楽家 佐藤しのぶ
ミャンマーに贈った井戸「愛の泉Ⅴ」

これまで、ベラルーシのサナトリウムやバングラデシュの施設で現地の子どもたちと出会い、触れ合ってきました。中には明日まで生きられるかどうかというぎりぎりのところで生きている子も少なくないのです。

生きるか死ぬかの瀬戸際にいても、貧困の最中にあっても、なぜか彼らはとびきり元気で素敵な笑顔を持っています。必死に“今を生きる”という中での笑顔に私は驚き、学ばされ、励まされたのです。

そんな厳しい状況の彼らより、日本の子どもたちの方が心配だと感じることがあります。最近の日本の殺伐としたできごとを見ていると、子どもたちは、誰かに愛されている、必要とされているという自信や確信が持てないのかもしれないと思えてきます。それは大人の責任だと深く反省します。

子どもたちが、大人って大変そうだからなりたくないな、と思うのでなく、大人って楽しそうだから早く大人になりたいなと思ってもらえたら、本来人間の持つ爆発的な、“生”のエネルギーが発揮されると思います。

先日、とても嬉しい知らせがありました。私のコンサートでは、会場でCDやエッセイを販売していて、その収益を全額寄付しているのですが、その寄付金でミャンマーに4つ目と5つ目の井戸が完成したというのです。

日本では水は当たり前に飲めるものですが、現地では水質が悪くて乳児期にたくさんの子どもが亡くなってしまうのだそうです。この井戸が安全な水を供給することで、確実に現地の子供たちの健康が守られることになるのです。ささやかなことでも、長く寄付活動を続けていくことで形になってくる。みなさんの善意がひとつになって身を結ぶ。それはとても嬉しいですね。

私は、自分が幸せを感じたとき、周りの人の幸せをも同時に考えられるのが真の大人ではないか、と思います。周りを見渡して、幸せに生きているか?と思いを致すことができる人が増えれば、もっと社会全体が安らかな気持ちになれるはずです。人が幸せだと思う時というのは様々ですが、案外、目には見えないほんのふっとした瞬間、たとえば大切な人たちが健康で、一緒に喜びを分かちあえるような、そんな笑顔のひとときではないでしょうか。

もっと温かく寛容な優しい社会になったら。そういう社会になるような歌が歌えたら。私の歌がどなたかの喜びや安らぎになり、心の糧となれたら…。そんな思いでこれからもひたむきに練習し、芸術の素晴らしさをどこまでも探求していきたいと思っています。

関連リンク 佐藤しのぶアートガーデン


声楽家 佐藤しのぶ  

前編のインタビューから

-佐藤しのぶさんの歌への想い
-音楽との出会いとは?
-佐藤しのぶさんが歌を続ける理由

 

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