一人の学生のおかげで研究テーマが決まった
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漢字への興味から、今度は古代文字を紐解こうと、大学院のゼミでは古代文字研究者の赤塚忠先生のもとで、甲骨文字を研究するようになりました。一方、前衛的な書に憧れ、将来的には書家を目指していました。
大学院では書道の授業はないので自分で書き続けていました。じつは今でもそうですが、私は「あるもの」を追究するより、「ないもの」を作り出していくことに関心があり、当時も「自分の世界を作り出したい」と考えていたのです。ところが博士課程を終えるころ、都留文科大学の専任講師の話があり、そこで出会った一人の学生が、わたしのその後を方向づけてくれました。
私は書写・書道では初めての専任教員だったため、その学生から「書写教育で卒業論文を書きたいので指導してください」と頼まれました。しかし書写教育をしっかり学んでいなかったので断ったのです。すると学生は「専任の先生なのに」と不満顔に。それはそうですよね。そこで、「これを機に学び直そう」と思い直しました。それまで「書写はこういう原則でできている」と教えてくれる人はいましたが聞き流していましたし、「書道をやっていれば書写はわかる」と高をくくっていたのです。
それが、学生と一緒に論文を探し始めたら、書道に比べとても少なく、勉強する糧がない。これでは発展しにくいだろうと、一から書写を真剣に見つめ直すようになりました。学生とともに探求した3年間があったからこそ、今の私があると思います。その学生は、「やりたいことだけをやっていればいい」という自分本位の考え方を「待てよ」と引き戻してくれた、私のテーマをつくってくれた恩人です。彼はいま、立派な教師になっています。
書写教育の重要性を再認識するようになったのは、教壇に立つようになったころ、まんが字が流行したことも影響しています。毛筆文化を守っていきたいと思うようになり、書の作品は二の次にして現在に至っています。