「自分のための労働は呪いでしかない」 高校最後の授業で聞いた言葉に衝撃を受ける

小さいころから勉強が好きだった私は、中学受験をしてキリスト教系の私立中高一貫校に進学しました。ここでの学びも、現在の自分に影響していると思います。特に心に残っているのは、高校卒業間近の最後の授業での、牧師先生の言葉です。それは、「自分のための労働は呪いでしかない」というもので、労働の「ろ」の字も知らないのに、ものすごい衝撃を受けました。数年後の同窓会のときにも話題となり、私だけでなく多くの生徒にその言葉が響いていたようです。
ただ当時、その言葉が突然出てきて驚いたというよりも、その言葉のエッセンスを小さいころから家庭で与えられてきて、ぼんやりしていたものが、牧師先生の言葉によって輪郭をなぞられてはっきりした、という感覚だったように思います。私が今、「必要なら私の知見をどうぞ使ってください」と惜しみなく言えるのも、このときの言葉が強く心に残っているからかもしれません。
衝撃といえば、高校在学中の1995年1月、私が高校1年のときに、阪神・淡路大震災が起こりました。テレビをつけると、私と同い年くらいの子や小さい子が大勢泣いている。今この同じ瞬間に、それが起きている。なぜこんな悲しいことが起こるのか、このときの映像を見て、地震学者になろうと決めました。こんなに悲しいことを二度と起こさないためにはどうすればいいのか。地震について学んで解決したいと考えたのです。
そこで、中2のときに読んだ地球科学の本の著者が北海道大学の先生だったこともあり、北大に進み、さらに学びたいと考え、大学院へ進学しました。
「地球との対話」から「人との対話」へ 価値観が変わった新潟県中越地震

こうして地震学者の道を進みはじめた私ですが、一途に夢を追ってきたと思われる方が多いようです。じつは私のなかではけっこう道草というか紆余曲折があったのです。最初は地震学を究めて人助けをしたいとの思いでしたが、学んでいくうちに、「人」よりも「日本列島の形」が気になり出しました。それからというもの、プレートの動きによって日本列島がどう形成されてきたのか、これからどんな形になっていくのかといったことに興味をもつようになりました。研究を重ねるうち少しずつ成果も得られ、自分のスキルが磨かれている実感がもて、それに喜びを感じていました。
ところが、そういう実感や喜びを打ち砕く出来事が起こりました。2004年10月の新潟県中越地震です。そして2ヵ月後にはスマトラ島沖地震とそれに伴う巨大津波が発生しました。当時私は大学院生。現地で苦しんでいる人たちの様子を見て、「今、目の前で苦しんでいる人たちに対して、私は何もできていない。それなのに何が地震学者だ」と深い自省の念にかられたのです。
ひとつのことを突き詰めていくというのは、とても大事なことだと思います。でも、研究を突き詰めてスキルを磨いてきたのに、地震が起きて死者が出るたびに、ものすごくショックを受けてしまう。この先も地震は起こり続けるわけで、そのたびに私はショックを受けるのか。地震学者なのにそれでいいのか、真剣に自問自答しました。
そして、自分の研究のスキルやレベルアップを求めるより、「あなたの話を聞いていたことで、この命が助かりました」と一生のあいだに一人にでも言われたほうが、はるかに価値があるのではないかと思うようになりました。地震波によって地球内部の様子を探る地震学者は、「地球と対話」をしているといえますが、もっと「人と対話」をして、その命を守りたい、という考えに変わったのです。
「人の命を守る」というのは、災害医療の医師や看護師さんも同じで、そういう選択肢も私のなかにはありました。ただ、あらためて医学部に入り直すのは時間的にも大変だし、なにより私には地震学という“武器”がある。それを使って防災をしてもらうことで、きっと命は助けられる。その道筋があったので、結果的に地震学者のまま、「命を守る」活動を続けています。
悩んだり迷ったりしたら「自分の脳が何に喜びを感じるか」を考える

私は地震学という同じフィールドでずっとやってきましたが、途中で専攻を変える人もいます。それを「ブレている」と批判する人もいますが、私は専攻や夢が変わってもよいと思います。「絶対○○になりたい」と固執するのもいいですが、さらに前向きなのは「自分にとって何が本質的な喜びか」という観点に立って、突き詰めていくものを常に見つめ直すことではないでしょうか。
それと同じようなことだと思うのですが、「今の若者はやりたいことがわからないやつが多い」と否定的に言われたりもしますが、はたしてそうでしょうか。私の大学にも、「打ち込むものが見つからない」と、焦りを感じたり、はなから自分の能力を限定してしまう学生もいます。そんな学生には「急がなくていいよ。じっくり考えてごらん」と声をかけたり、あきらめがちな子には、その子が得意にしていることを見つけてほめます。
そして、「自分の脳が何に喜びを感じるか」と聞いています。「自分が」ではなく「自分の脳が」と客観視すると、本質的な答えを導きやすいと思います。たとえばゲームが好きすぎて留年したというようなワケありの子もいます。そういうときはどうするか。留年するくらいゲームにはまっているわけで、ゲームの知識を含め、PCのスキルは相当なものだったりします。「それを活かして防災ゲームを作れるかもよ」とアドバイスすると、とたんに表情が明るくなります。
そうやって学生に接していると、学びに対する取り組み方が「化ける」瞬間がやってくるんですね。どう「化ける」かといえば、貪欲に学び取ろうとする姿勢が急に出てきたり、いくつもの視点から学ぶ道筋を考えられるようになったりと、以前とはまったく結びつかないような変化というか成長を見せてくれるのです。そんな瞬間に立ち会えるのは教員冥利に尽きますね。
もちろん、「化ける」のは学生が学び続けたからなのですが、そんな学生から私自身も学んでいます。学びを「与える」ことで、逆に私のほうが「与えられている」のです。新しいアイデアをもらったり、人の変化や成長のすごさを教えられたりしています。私は、これが学びの本質だと思っています。今、学生を指導していて、強くそう感じ、学生たちにも感謝しています。
もうひとつ、学生たちを見ていて思うのは、「夢中は努力に勝る」ということ。「課題だからやっている」というのではなく、やっているうちに課題がどんどん楽しくなって、夢中になる場合があります。すると、おのずと努力するようになり、ぐんぐん伸びていくのです。
大学生だけではなく、防災授業で接するようになった小中学生の子どもたちも目を輝かせ、一所懸命に授業を聞いてくれます。彼らを見ていると、夢中になれるものを見つけてほしいと思いますね。そして周りの大人たちが「夢中になることは素晴らしいことだ」という思いで見守れば、子どもたちは必ず伸びていきます。
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