Unlocking the potential within you ―― 学び続ける人のそばに

記事検索
Vol.529 2024.11.01

江戸時代の読書のヒミツ(後編)―ふりがな・挿絵・カギカッコ―

江戸時代の読書熱を支えた
読みやすさの工夫

前回の記事では、江戸時代には多くの書籍が出版されていたこと、その一方で、人々の読み書きレベルは、身分や地域、性別などにより大きな差があり、また現代のような読み書きのレベルにはなかったことをご紹介しました。
そこで今回は、そのような読み書きレベルであったにも関わらず、なぜ外国人が驚嘆し、多くのベストセラーが生まれるほどに、江戸時代の人々は読書を楽しむことができたのかについて、KUMONが所蔵する江戸時代の書籍を見ながら考えていきます。

目次

    寺子屋の教科書「往来物」

    くもんの浮世絵 寺子屋での学習の実際
    画本商売往来

    まずご紹介するのは『商売往来』という、商人が商いを行う上で必要なことを学ぶための定番の「往来物」です。「往来」とは手紙のやりとりのこと。もともと往来物は手紙の文例集を指す言葉でしたが、江戸時代になると、このように初学者が知識を学ぶ教科書的な書籍全般を指すようになりました。

    掲載した『商売往来』のページには、「請取」「質入」「算用帳」など、商売をする上で必要な言葉とその説明が並んでいます。一通りひらがなを学んだ子どもたちはその後、その家業や能力に従って、このようなさまざまな種類の往来物を学んでいったのです。

    左に拡大したのは「小判」の説明部分で、書かれている文字の一部を現代の活字に直してみました。「小判」という漢字の横に「こばん」とふりがながあるのがわかりますか。そして言葉の下には小判の絵と説明文がありますが、「これ一まいにて 金一両に用ゆ」という説明文にも、「一」以外の漢字には、すべてふりがながついています。

    これであれば、ひらがなさえ読めれば、内容を理解することができますし、何度も読んでいくうちに、よく出てくる漢字の読みも覚えていくことができたでしょう。

    大きな挿絵の「草双紙」

    くもんの浮世絵 寺子屋での学習の実際
    義経一代記図絵

    次にご紹介するのは、江戸時代にヒーロー的な存在として大人気だった源義経の一代記。このように挿絵がふんだんに使われた薄手の本は「草双紙」と呼ばれ、人々に大変人気がありました。

    場面は有名な、五条大橋での牛若丸と弁慶の対決シーン。赤丸の文を活字に直してみましたが、これだけふりがながあれば、多少漢字が分からなくても、お話を楽しめますよね。また登場人物の絵の脇に名前が添えられているのも、江戸時代の草紙の挿絵でよく見られるスタイルです。

    このように、江戸時代の庶民向けの本では、ほとんどの漢字に「ふりがな」がふってあり、ひらがなさえ読めれば、読書を楽しむことができたのです。

    文章を読みやすくする
    記号の登場

    くもんの浮世絵 寺子屋での学習の実際
    やしなひ草

    そして最後にご紹介するのは『やしなひ草』という名の書籍で、日常生活におけるさまざまな教訓や道徳を集めたものです。こちらはこれまでご紹介した本と違い、文字ばかりではありますが、やはり漢字にはふりがながふってあります。ちなみにこのページのテーマは「旅行の用心」、旅行をする際に気を付けることが紹介されています。

    そして各行頭にある折れ曲がった線のような記号(〽)に注目してください。これは「庵点」と呼ばれるもので、もともとは能の謡本で役が代わることを示す記号でした。しかし江戸後期になると、このように話題が変わる目印として文章の中で使われはじめ、後に私たちが使う「 」(カギカッコ)に変化したと言われています。

    漢字で日本語を表記する万葉仮名や平安時代にすぐれた文学作品を生み出したかな文など、日本語表記にはとても長い歴史があります。しかし、カギカッコ(「」)や句読点(。、)といった記号や、濁音・半濁音(ば・ぱ)を示す右肩の目印、撥音・促音・長音(ん・っ・ー)といった特殊拍を表す表記など、もともと漢字やかなにはなかった表記の工夫が正書法としてルール化されたのは、明治時代以降のことです。
    ※特殊拍:母音+子音の構造を取らない拍のこと

    しかし江戸後期の書籍や浮世絵を見ていくと、使い方は統一されていないながらも、実際にはそれらの工夫が多く用いられるようになってきていることが分かります。多くの人々が文字に触れるようになる中で、次第に伝わりやすいように、読みやすいようにと重ねられてきた表記の工夫が、後に私たちが使っている日本語の表記法として整理されていったのでした。

    楽しい読書は
    らくに読めることから

    ここまで、ふりがなや大きな挿絵、そして文章中の記号といった、江戸時代の人々がつくりあげた本を読みやすくするための工夫を見てきました。江戸時代の人々の「文字が読みたい」「本を楽しみたい」という思いが伝わってきませんか?テレビもラジオもない江戸時代、本から広がる見知らぬ世界は、人々の毎日をどれだけ豊かなものにしたことでしょう。

    ところで、みなさんが子どもを連れて図書館や書店に行ったとき、子どもはどんな理由で本を選んでいるでしょうか。表紙や挿絵がかわいいからとか、字が大きくて読みやすそう、といった理由で本を選んでくることはよくあります。でもそんなとき、大人は子どもの読書を勉強に結び付けて考えがち。みなさんは子どもが手にした本をぱらぱらとめくりながら、「こんな絵ばっかりの本じゃなくて、もうちょっと字が多い本にしたら」なんて言ってしまったこと、ありませんか?

    しかし、「読んで楽しかった」とか「読んでよかった」と思える読書経験は、目で見て分かることや理解できることが大前提です。それは今も昔も、そして大人でも子どもでも同じことでしょう。

    楽しくたくさんの本に触れる中で子どもは読書が好きになり、次第に難しい漢字も読めるようになります。ですから子どもの本を選ぶときは、まず子どもの「読みたい」という気持ちを大切にしてあげてほしいと思います。

    読書の秋、ぜひ子どもさんといっしょにたくさんの本に触れてみてくださいね。

    前編を読む

      この記事を知人に薦める可能性は、
      どれくらいありますか?

      12345678910

      点数

      【任意】

      その点数の理由を教えていただけませんか?


      このアンケートは匿名で行われます。このアンケートにより個人情報を取得することはありません。

      関連記事

      バックナンバー

      © 2001 Kumon Institute of Education Co., Ltd. All Rights Reserved.