寺子屋での学び
「寺子屋」で学んだことといえば「読み」「書き」「算盤」をあげる方が多いと思います。
当時の子どもたちは7歳前後になると寺子屋に入門し、寺子(てらこ)となります。始めは「いろは」のような簡単な文字の「書き方」の手本を師匠が示し、一文字ずつ字突き棒で「読み方」を教えます。寺子は文字の「書き方」と「読み方」を覚えると、すぐに自分の席に戻り、師匠の「書き方」、「読み方」を何度も繰り返し、真似して身につけます。そして同じように書けるようになったかを師匠に確認してもらいます。これが寺子屋の一連の学び方です。
寺子屋の学習風景に見えない学び
寺子たちは能力に差がありますから、進み方は全て個人別で、課題が与えられていきます。いろはが覚えられると、師匠は往来物(おうらいもの)という教科書の中にある漢字に仮名を振り、手紙の書き方や地理や歴史へと課題を進めていきます。いずれ寺子は12、3歳で寺子屋を修了すると仕事に出ますから、親の希望に合わせて「商売往来」(商業)や「百姓往来」(農業)などの往来物を使い、仕事の基礎知識を学ばせました。
寺子屋を描いた浮世絵を見ると、当時の子どもたちの本来の大らかな姿が垣間見えます。しかし、そんな中でも寺子たちは真剣に師匠から与えられた課題の手本を繰り返し真似ていきました。
文学ばんだいの宝 末の巻一寸子花里 弘化3(1846)年頃 |
これは女子の寺子屋の様子です。女師匠が座り、その前で手本(往来物)を広げた寺子が読みのチェックを受けていますが、ここで個人別に与えられた手本の読み書きがきちんと出来るようになったか、確認されます。前列の子どもは手習いに励み、右の幼い子は助手の手助けで「いろは」を書いています。しかし、手前の子どもたちは姉様人形を持ち出したりして手習いそっちのけで遊んでいます。寺子屋では単調な書写の習熟が中心だっただけに、時間がたつと息抜きに遊びだす子もいたようですね。
寺子屋の学びの本質
寺子屋を修了すると寺子の多くは仕事につくことになります。新入社員教育も仕事のマニュアルなどあるはずもなく、厳しい徒弟制度の中で仕事を覚えることになります。つまり先輩の仕事を見て、覚えていくわけですから、ここで寺子屋での知識と経験が生かされたのではないでしょうか。このように考えると寺子屋での学びは確かに「読み」「書き」「算盤」ではあるのですが、寺子たちが寺子屋で得た本当の収穫は難しい課題(仕事)でも、それを手本として真似(模倣)を繰り返し(反復)ていけば、いつかは身につけられるという実体験だったのではないでしょうか。また、その体験を通して育まれたであろう「諦めない気持ち」や「自信」という強いメンタルだったのかもしれませんね。
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