学習療法により「公的介護費用を削減できる可能性」
音読と簡単な計算、そしてコミュニケーションで、認知症高齢者の脳機能の維持・改善をはかる「学習療法」。この学習療法には、認知症高齢者の脳機能の維持・改善、それによるご家族のお気持ちの負担軽減、学習療法を実践している介護施設スタッフのモチベーション向上といった効果があることが、これまでの研究や実践によって明らかになっています。
今回のシンポジウムでは、学習療法の新たな効果について発表が行われました。それは「公的介護費用を削減することができる可能性が見えた」ということです。
公文教育研究会では、2015年度に経済産業省の委託事業に応募。最近注目を集めている、ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の実証実験の提案が採択され、「学習療法により要介護度が改善されることで介護保険費用が削減できるか」を検証するため、2015年7月から1年間実証実験を行いました。この実証実験を慶應義塾大学の研究者グループが調査した結果、学習療法の効用と経済効果が明らかになりました。要介護度の面では学習群と非学習群との間に「1」近くの差があらわれ、介護費用の面では年間1人あたり平均約20万円の削減効果があることがわかったのです。
学習療法を導入している施設ではこれまで、学習療法の実施をきっかけに、要介護高齢者の自立度が上がり、要介護度「4」の人が「3」や「2」になる事例を多く出してきました。今回の検証を通じて、高齢者向けに効果的なケアやサービスを提供することにより、社会的・費用対便益があることが明らかになりました。
「公的保険外サービス」の一つとしての学習療法
『地域包括ケアシステム構築に 向けた公的介護保険外サービスの 参考事例集』 |
「学習療法」は、誕生して今年で16年目を迎え、現在は国内1600の施設、アメリカの10の州で24施設に導入されています。認知症の維持・改善ができる非薬物療法として科学的なエビデンスがあり、実際に効果が出ている学習療法ですが、公的保険外のサービスと位置付けられています。
このたび、その「公的保険外サービス」に関して、一つの大きな動きがありました。厚生労働省、農林水産省、経済産業省の3省が連名で『地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集』(公的保険外サービス活用ガイドブック)を作成したのです。
団塊の世代が75歳以上となる2025年以降は、国民の医療や介護の需要が、さらに増加することが見込まれています。そこで国は、高齢者が可能な限り住み慣れた地域の中で、自分らしく暮らし続けられることができるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組みを作ろうとしています。これが「地域包括ケアシステム」と言われているものです。
その一助として、高齢者の生活の質を高める効果があると認められた保険外サービスを、自治体に積極的に活用してほしいとの思いから、このガイドブックがまとめられたそうです。学習療法と、認知症予防プログラムである脳の健康教室は、39の事例の1つとしてこのガイドブックの中で紹介されています。
大阪で行われた学習療法シンポジウムでは、このガイドブックの担当者のお一人である厚生労働省の方が登壇され、「地域包括ケアシステムの構築と公的保険外サービスの今後」と題した基調講演を行いました。
認知症の社会的コスト「14兆5千億円」
現在わが国では認知症高齢者は462万人を越え(2012年時点)、2025年には700万人になると言われています。現時点でも、そのために社会全体が負担しているコストは年間約14兆5千億円(2014年慶応大学医学部グループ推計)という試算が出ています。
例えば学習療法を実施することによって、要介護度が改善し、介護費用が一人あたり20万円削減できるとすれば、仮に要介護の高齢者が400万人とした場合、1年間で約8000億円の費用が削減できると推計できます。学習療法の実践をきっかけに、ケアが改善することによって、社会的・経済的にも貢献できるのです。
2016年秋、学習療法は新たなステージへの階段を登り始めました。
関連リンク 学習療法-SIBを導入した調査事業|KUMON now! 学習療法センター 地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集 | 厚生労働省