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Vol.097 2015.07.28

児童養護施設でのKUMON-日本水上学園

学習を通して、がんばっている
自分
に出会うことができる。
だから「学習支援
子どもにとって癒し」なのです。

「児童養護施設」という言葉を聞いて、みなさんはどんなイメージをもたれるでしょうか。今回、横浜市にある日本水上学園を訪れて心に沁みたのは、子どもたちのまっすぐな眼差し、快活な声、そして元気な笑顔でした。

目次

    子どもたちのたくさんの元気な笑顔に迎えられて

    横浜市中区、港の見える丘公園のほど近くに、児童養護施設・日本水上学園(以下「水上学園」)はあります。水上学園を見下ろす道路の反対側には、横浜ベイブリッジを手前にした横浜港の眺望が広がります。

    水上学園は1951年まであった日本水上学校が母体。学校の設立は1942年(昭和17年)。校名の由来は、港に浮かぶ艀(はしけ。波止場と本船との間を往復して旅客や貨物を運ぶ小舟)で、港湾労働者である親御さんとともに水上生活をしている子どもたちに義務教育をきちんと受けさせ、自立につなげるための学び舎だったことにあります。時代の流れとともに、港湾設備も近代化され水上生活者もしだいに少なくなり、児童養護施設・水上学園へと役割と名称を変え、現在に至っています。

    では、児童養護施設とはどんな役割の施設なのでしょうか。厚生労働省の資料によれば、入所対象の子どもたちは「保護者のない児童、虐待されている児童、その他環境上養護を要する児童(特に必要な場合は乳児を含む)を社会的に養護する」とあります。2014年度は、全国601か所で約3万人の子どもたちが生活し、近隣の学校に通っています。2013年2月の厚生労働省調査では、児童養護施設へ入所する子どもたちのおおよそ6割が虐待を経験しているといいます。

    児童養護施設に類する、社会的養護を目的とした施設は「乳児院」「母子生活支援施設」などを含め全6種の施設(*)があり、そこで生活する子どもたちの多くは入所前に、約6人に1人といわれる「子どもの貧困」(*)の問題とも向き合っていたといいます。厳しい現実です。

    *社会的養護を目的とする施設の現状、「子どもの貧困」については、記事末尾の関連リンクからご参照ください。

    このような事実から、水上学園に取材に向かう足取りは重いものでした。しかし玄関を一歩入ってみると、いっぺんに気持ちが晴れました。それは、子どもたちのたくさんの元気な笑顔に迎えられたからです。

    しっかり食べて、学校に行って、きちんと眠るあたり前の生活を、あたり前に続けることの大切さ

    猪狩さん(児童指導員)
    日本水上学園・松橋園長

    水上学園の子どもたちのたくさんの笑顔に迎えられ、うれしい気持ちになったとはいえ、気になるのは、ここでの子どもたちの生活ぶり。まず、そのあたりからうかがってみることにしました。猪狩さん(児童指導員)はにこやかに、そしてテンポよくこう話してくださいます。

    「見ていただいておわかりのとおり、あたり前の生活を毎日送っています。朝起きて、ご飯を食べて、学校へ行って、帰ってきて、遊んで、公文をやって、お風呂に入って、夕ご飯を食べて、学校の勉強をして、テレビを見て、きちんと眠る。施設は日課やルールが多いと思われる方も少なくないようですが、朝から晩まで“ふつうに生活をする”。そこに、いちばん気を配っていますし、この、あたり前の生活がなにより大切だと考えています」(猪狩さん)。

    なにやら禅問答のような…、その真意は?と考えていると、水上学園の松橋園長が笑いながら、こうつけ加えてくださいました。「そこが大切です。全国どの児童養護施設も同じような状況ですが、子どもたちの多くは虐待やネグレクトを受けてきています。三食食べられない、学校にも行けず、昼夜逆転に近い生活という子もいます。だからこそ、ここで、しっかり食べて、学校に行って、きちんと眠るという、あたり前の、ふつうの生活の日々をすごすことで、子どもたちは安心します。心も安定してきます。そうした生活を続け、やがて中学生や高校生になると、自分で自分の生活を管理できるようになる。それが子どもたちの自立支援として、まず大切なことです」。

    あたり前の生活、そして、ふつうに接することで子どもたちは本来の自分を取りもどす

    田中さん(児童指導員)

    なるほど、と納得。では、もうひとつ気になっていること。子どもたちへの対応や接し方について、田中さん(児童指導員)にうかがってみましょう。田中さんは「特別な対応はしていません。ふつうに接しているだけですよ」と前置きしながら、こんな話をしてくださいました。

    「ネグレクトや身体的、心理的虐待。別の言い方をすれば、親子のあいだで適切な関係を築いてこられなかった子どもたちです。だからといって、腫れものにさわるようには接していません。もちろん、子どもによっては配慮が必要な場合もありますが、基本、あたり前の生活を送るのといっしょで、ふつうに接しています。われわれ施設の職員は、親にはなれませんが、子どもたちの成長を見守り、サポートする存在にはなれると思っています。そのためには、家庭のなかで親子がふつうにふれあうのと同じように子どもたちに接する。そして、互いのつながりを強め、子どもたちに笑顔を増やしていくことができればいいなと思っています」。

    猪狩さん、松橋園長、田中さん。みなさんのお話を聞いて思いました。なるほど、水上学園の子どもたちの笑顔の“素”はこのことにあったのかと。あたり前の生活、親のように自分たちを見守ってくれている大人たちとのふつうのふれあい。そうしたなかで、子どもたちは本来の自分に出会い、笑顔をとりもどすのではないだろうか。そう考えるに至りました。

    「学力は人生を拓くための武器になる」

    お話をうかがっているうちに、時計の針はもうすぐ夕方5時の位置。公文式学習が始まる時刻です。急いで学習部屋へ行ってみて、またびっくり。みんな、にこやかな表情で部屋に入ってきます。われ先にとプリントを出し、一人ひとり自分の学力に合った教材に鉛筆を走らせます。ふつうの公文の教室となんら変わるところはありません。

    現在、児童養護施設は全国に601か所ありますが、そのうち87の施設では「施設導入」という形で、そこで生活する子どもたちが公文の教材を学んでいます。

    児童養護施設への公文式の導入は、30数年前、ある児童養護施設が子どもたちの自立支援策のひとつとして、しっかりとした基礎学力を身に付けさせたいという想いからKUMONに要請があり、それに応える形で導入いただいたのがきっかけでした。やがて、施設同士のヨコのつながりや口コミで導入いただく施設がひとつ、またひとつと増えていき、今に至っているのです。ここ、水上学園での公文式導入の経緯もほぼ同じでした。

    猪狩さんです。「水上学園で公文式学習がスタートしたのは2006年。佐藤というキャリアの長い職員が“学力は人生を拓くための武器になる”と考え、ほかの職員に言いつづけてきたからこそ実現しました。横浜市では25年ほど前までは、私立高校への進学が予算化されていなかったこともあり、学力の問題で公立高校に進学することができず、中学卒で働くことも多かったのです。高校に行けない場合には、施設を出ることになるので、それは15歳には厳しすぎます。やはり、きちんと学力をつけて高校へ行くことが、ほんとうの自立支援につながる。そう佐藤は考えていたのです」。

    だれでも、勉強ができるようになりたいと思っているどの子も、イケてる自分を見せたいと思っている

    とはいえ、施設の仕事はとてもたくさん。職員の方たちは日々仕事に追われ、学校の宿題以上の学習指導や学習支援は、したくても時間的余裕がないのが実情。それは水上学園も同じ。しかし、佐藤さんの長年にわたる、信念のようにもとれる「学力は人生を拓く武器」という言葉につき動かされ、公文式が導入されることになります。そして、公文式学習がスタートしてみると、子どもたちが変化・成長するだけでなく、職員の方たちにも変化をもたらすことになりました。

    松橋園長です。「当時、導入にあたっては公文についていろいろ調べ、職員全員で検討も重ねたと聞いています。最後はすでに導入している施設からの情報で、水上学園の子どもたちに公文をさせたいと考えました。実際に公文がスタートしてみると、よかったと感じることがいくつもありました。まず、どの子にも合った教材が提供できること。いろんなところから、さまざまな学力の子が来ていますが、公文式なら対応可能だとあらためて実感しました。また、われわれが教えるのではなく、子どもたちが学びとる学習法というのもいいですね。教えるのはけっこうエネルギーがいりますし、将来的な自立を考えると、やはり自ら学ぶ姿勢はとても大切ですから」。

    田中さんがこう続けます。「自分の実力に合ったところからスタートでき、100点にして学習を終える。このくり返しがよいのだと思います。達成感という面でも自信という面でも大きなプラスでしょう。がんばっている自分に出会えるのでしょうね。それに、ほかの子のがんばりがわかり、自分ももっとがんばろうという気持ちにもなっているようです。公文の時間は、学びの場であるとともに切磋琢磨の場なのかもしれません。だからでしょうか、口では“くもん、ヤダ。やりたくない”と言っていても、学習室に一歩入ると、言葉とはうらはらに懸命に教材に取り組みます。そういう光景を見ていると、佐藤がよく話す“学習支援は癒し”という言葉が、なるほどと思えます」。

    再び猪狩さんです。「公文を通して子どもたちを見ていると、だれでも勉強ができるようになりたいし、サッと問題を解くようなイケてる自分を見せたいんだなと感じます。そして、そんな子どもたちを日々見ている、われわれ職員も変わってきました。子どもたち一人ひとりの能力、長所・短所、性格などがこれまで以上によく見えるようになりました。

    また、公文の時間では、自分の担当以外の子どもも見られるので、子どもたちをサポートしていくためのパワーも引き出しも大きくなったように思います。ここ数年は、公文が施設での生活のなかに定着してきたためか、導入前より、さらに子どもたちの生活のリズムがよくなったように感じます。公文を毎日学習するのは、子どもたちもわたしたち職員もたいへんなときがありますが、それ以上のものがもたらされています」。

    最後に水上学園の子どもたちに一言ずつ、公文式学習への感想を話してもらいました。

    まず、名探偵コナンが大好きだという小3のYさん。「算数がよくわかるようになって、学校の算数の時間でもよく手をあげるようになりました」。

    つぎは、「動物園の飼育員になりたい!」と話してくれる小6のKさん。「算数の教材が先へ進んでいったら、学校の勉強がわかるようになりました。もっとがんばってみようかなって思います。それと、英会話もがんばりたいです」。

    最後は、ドラゴンボールやワンピースが大好きだという小5のMくん。「今やっている教材はむずかしいけど、がんばったらがんばっただけ、先へ進めるのが楽しい」。

    みんな、学力はもちろん、それ以上のものを自分のなかに育てているようです。


    関連リンク 社会福祉法人 日本水上学園 社会的養護の現状(厚生労働省)[PDF/2,154KB] 子どもの貧困対策の推進(内閣府)


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    児童福祉施設での学習支援は、創始者公文公(くもん とおる)自らの働きかけから始まりました。
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