「施設に入ってくる
“学力が低い”といわれる子どもたち。
その責任は大人にあるのだと思います」
河村院長 |
児童養護施設・飛鳥学院は、奈良盆地のほぼ中央に位置する奈良県桜井市にあります。近鉄桜井駅またはJR桜井駅から歩いて10分ほどの住宅地の一角に位置し、子どもたちが暮らす建物はすべて木造で、包みこまれるような不思議な温もりを感じます。飛鳥学院のもともとのはじまりは、現在の河村院長のお爺様が戦災孤児たちを保護したことだといいます。河村院長に、児童養護施設の役割や大切にしていることなどからうかがってみました。
「児童養護施設の役割は、わたしの祖父が戦災孤児を保護したことでもわかるように、以前は親御さんのいない子どもたちをお預かりするのが主でした。けれど、21世紀になる前後くらいからでしょうか、被虐待の子どもたちの入所が増えはじめ、現在は6~7割がネグレクト(育児放棄)を含む、被虐待の子どもたちです。これは全国的なデータでも同様です。そういった背景もあり、施設にいわゆる心理職の職員が常駐するようになり、子どもたちの心のケアも充実してきました。もちろん、わたしたちの施設でも大切にしていることのひとつです」。
「では、何のための心のケアかというと、これもやはり、未来の進学や働くことへの準備であり、サポートだと思います。高校3年の3月を過ぎれば、子どもたちは施設を巣立っていかなくてはなりません。そのあと進学するのか、就職するのかはそれぞれですが、どう自立していくのかを見据えて、いま何をすればよいのかを考えたいですね。そう考えたとき、わたしたち施設の職員が子どもたちにすることはたくさんあります。ありすぎるほどです。なかでも、とても大切というか不可欠なのは、学力、あるいは学ぶ力。そして、“自分もやればできるんだ!”という自信です。自尊感情、自己肯定感と言い換えてもよいかもしれません」。
「学力があるかどうかは、子どもたちのメンタル面にも大きな影響があると感じています。2年ほど前ですが、こんなことがありました。小1の後半でここに入ってきた男の子なのですが、授業参観の日に学校に行ってみると、机に突っ伏しているんです。ちょうどその日はテストの日だったのですが、彼はひらがなも数字も読み書きできなかったので、テストそのものが受けられないのです。何をどうすればよいのかもわからないので、机に突っ伏すしかなかったのでしょうね。これは、大人の責任だと痛感しました。能力が低いのではなく、学習する機会がなかったために読み書きができないだけなんです。でも、学校には5~6時間はいるわけですから、授業がわからないと、ほんとうに辛いだろうと思います」。
小学生は、学校から帰ってくるとすぐ、この学習室で公文のプリントに取り組む。玄関から学習室までの廊下を、パタパタと走ってくる子どもたちの足音が「くもんスタート!」の合図。小学生は火水金の3時半~5時の週3回学習。幼児は、保育園への登園前の8~9時の1時間(月~金)、自分の部屋(居室)でプリントをする。 |
「彼はいま小3になり、算数A教材のたし算を嬉々としてやっています。情緒も安定してきて、表情もとても明るくなりました。授業にもなんとかついていけているようで、学校が楽しいみたいです。こうした変化はとても嬉しいですね。以前の彼は自尊感情が低かったのですが、いまは“オレもやればできるやん!”といった気持ちが芽生えてきているのがわかります。それに最近わかったんですが、彼は数の感覚というか概念がかなり入ってきていて、例えば職員の手伝いでテープを切ったりするとき、“10cm切って”“1m切って”と言うと、メジャーの目盛を見ながら、頼んだ長さにスッと切ってくれるんです。計算はふつうくらいですが、長さや量の数値をパッとつかむのには長けているのかもしれません。だから、“大工の棟梁のところに弟子入りして、大工になったらどうだ”って言っているんです(笑)」。
河村院長だけでなく、ほかの職員の方たちのお話でも、学力がついていくことで、笑顔が増える、怒らなくなる、行動が落ち着いてくるなどの変化は、多くの子どもたちに共通していることのようです。
【児童養護施設】
児童養護施設の役割は「保護者のない児童、虐待されている児童、その他環境上養護を要する児童(特に必要な場合は乳児を含む)を社会的に養護する」ことです。現在、全国に600か所ほどあり約3万人の子どもたちが生活し、近隣の学校に通っています。また、児童養護施設へ入所する子どもたちのおおよそ6~7割が虐待を経験しているという調査結果もあります。(厚生労働省ホームページより)
*児童養護施設を含め、社会的養護を必要とする子どもたちが生活している施設の詳細は下記からご覧ください。
▼ 厚生労働省、社会的養護の施設等について http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/syakaiteki_yougo/01.html
河村院長が考える“一流の子育て”とは?
そして、それを妨げる“偏見”と“言い訳”
飛鳥学院の子どもたちの学習枚数は多い。17人(幼児2人・小学生15人)の子どもたちの月平均学習枚数は132枚(算数・数学)。このプリント教材の厚みが努力の証であり、子どもたちが自分の道を切り拓く“力”の素となる。 |
さて、冒頭で記した“一流の子育て”。気になっている方も多いかと思いますが、河村院長はこんなふうに話してくださいました。
「“一流の…”といっても、お金をたくさんかけるということではありません。そんな余裕はないですしね(笑)。簡潔に申し上げれば、“子どもたちそれぞれが秘めている可能性を、わたしたち大人が十二分に引き出していこう”ということなんです。数学が好きな子は数学を、サッカーが上手な子はサッカーを、音楽が得意な子は音楽を、というように、その子がもつ能力や可能性を引き出して、さらに伸ばしてほしいと思っています。それが未来の進学や仕事に結びつけば…と思いますが、それはちょっと出来すぎですね、理想ですけど」。
「もっと別の表現をすれば、子どもたちの能力や将来性や希望を、われわれ大人がしっかりと汲みとって、いかに子どもたちが生き生きと育っていけるか、ということになるでしょうか。なかなか実現するのは難しいのですが、チャレンジしています。また、可能性の芽もたくさんあるでしょうから、その“たくさん”にもチャレンジさせたいですね。ですから、子どもたちには学校以外の、地域のスポーツ活動や文化活動にも積極的に参加するように勧めています」。
「ただ、口で“一流の子育てを…”と言うのは簡単ですが、施設のなかで子どもたちと日々向き合いながら実践するのは、正直たいへんです。子どもたちに優しい顔ばかりをしているわけにはいきませんから。ときには、厳しい言葉、毅然とした態度で接することも必要です。例えば、公文の学習です。プリントをやりたくないとすねて、しまいには破ってしまう子もいます。そのとき、どうするかです。やりたくない理由はきちんと聞きますが、それとは別に、破ったプリントはセロテープで貼り合わせ、片面だけになりますが、子どもがやりきるまでつき合います。夜どんなに遅くなってでもです。もちろん、やりきったら、たくさんほめますよ。こういったバランスのある対応も、将来の自立を促すのには大切だと考えています」。
「もうひとつ、自戒の念を込めて、お話ししておかなければいけないことがあります。それは、子どもたちに向き合っているとき、わたしたち自身に“偏見”や“言い訳”はないだろうか、ということです。ご存じのように、児童養護施設に入る子どもたちは、児童相談所で心理診断のひとつとして知能テストを受けることになっています。守秘義務がありますので、ざっくりとした言い方になりますが、IQのスコア(知能指数)が100を超えている子のほうが少ないのが実情です。そういうデータが無意識のうちに脳裏にこびりつき、“公文をこれだけ学習したのに学年相当に追いつかないのは、やはり知能指数が低いから…”という偏見、あるいは“ここまで教材が進んだんだから、もうこれくらいでいいじゃないか”といった言い訳を、わたしたちがしてはいないだろうかということです。知能テストでわかるのは、子どもたちの部分的な能力や発達レベルで、子どもたちが秘めている能力や可能性全体はわからないと思うのですが、どうしてもスコアを気にしている自分がいる。これは、本当に反省し、払拭しなければいけないと考えています」。
「知能指数といえば、こんなこともわかってきました。いま言ったことと矛盾するような話なのですが、ここに入ってきて1年2年とたつと、学力面もですが、立ち居振る舞いも含めての行動面やメンタル面がかなり良くなる子が多く、“これは知能指数も上がっているんじゃないか”と感じることがよくあります。事実、特別支援学校に在籍する子たちは療育手帳の関係で、知能テストを受けることがあるのですが、確かにスコアがアップしているんです。このことが科学的に解明できれば、つまり、学習や子育てや環境により知能指数がアップするとわかれば、われわれもですが、子どもたちに大きな励みになると思うのです。ぜひ、ほかの施設や公文とも協力して解明できればと考えています。それが実現すれば、“知能指数が低いから…”という偏見はなくなるでしょうから」。
「入れる高校でいい」から
「この高校に入りたい」という変化。
子どもたちの意識がプラス志向化している
南田先生(公文学習のリーダー) |
さて、こんどは公文学習のリーダーである飛鳥学院の南田先生に、公文を学習しての子どもたちの変化についてうかがってみました。
「公文を導入して10年以上たつのですが、学習が軌道にのり、効果が出てきたなとしっかり実感できるようになったのは数年前くらいからです。特にここ2~3年の子どもたちの気持ちや意識はすごくプラス志向になっていると思います。それがはっきりわかるのが高校選びですね。以前は、“落ちるのイヤだから、入れるところでいいや”と言う子が多かったのですが、気持ちがプラス志向になって、ちょっとランクが高い高校を受けて合格する子がでる。すると、その下の学年の子が、“あの○○ちゃんが△△高校に合格したんだ。だったら、わたしは□□高校を受ける!”と続く。身近な子がチャレンジして合格するというのが、とても良い刺激になっていますね。こういう言い方はよくないかもしれませんが、以前は、合格できるだろうという県内でも安全圏の高校しか志望しなかったのが、いまは“エッ、そこ受けるの?だいじょうぶ?”とこちらが心配しても受けると言うので、“じゃ、高校受験、いっしょにがんばろうか”というのが、日常的な会話になってきました。嬉しいです!」。
「公文の学習のいちばんの良さは、子どもたちをほめる材料が増えることですね。学校の宿題を教えたり手伝ったりしても、なかなかほめる場面は少ないのですが、公文は、子どもたちが“やった!”“できた!”という達成感があるところでほめるので、ほんとうにいい笑顔になりますね。自尊感情が育つという意味でも、とてもいいと思っています」。
では、最後に、公文式学習の実体験者である子どもたちにインタビューしてみましょう。一人目は、小学3年生の女の子、Yさんです。年中の10月から学習スタート。現在、算数C教材(小3相当)を学習中。
「くもんだけのときはいいけど、学校の宿題がたくさんあるときは、ちょっとめんどうかな。でも、Mちゃん(Yさんの2年上の先輩)がE教材をやっているから、そこまでは行きたいです。大きくなったらスイミングの選手か大食い選手権の選手になりたい!」。
なるほど。南田先生のお話にあったように、小学生でも、ちゃんと身近な存在を目標にしているのですね。二人目は、小学4年生の女の子、Aさん。Aさんは地域のソフトボール活動に参加していて、なんと小1、小2、小3と3年連続で全国大会への出場経験があるそうです。年長の4月から学習をはじめ、いまは算数E教材(小5相当)を学習中。
「学校の授業では書道が好き。筆で書くのが好き。書く文字で好きなのは“光”って漢字。ソフトボールでは、レフトやキャッチャーやファーストをすることが多い。ホームランを打つと、ほんとに気持ちがいい。大きくなったら介護士さんになりたいです。ママもおばあちゃんも介護士だから」。
小学生にして、すでに文武両道の道をまっすぐ歩いているようなAさん。スイミングの選手になりたいというYさん。可能性いっぱいの子どもたちの未来を応援しています。
関連リンク 児童養護施設 飛鳥学院