公文 公(1914-1995)
高知県に生まれる。大阪帝国大学理学部数学科を卒業後、母校土佐中学・高校、大阪の公立高校などで33年間、数学教育に携わる。1958年、大阪数学研究会創立(1983年、(株)公文教育研究会に社名変更)。主な著書:『公文式算数の秘密』(廣済堂出版)、『やってみよう』(くもん出版)、『悪いのは子どもではない』(くもん出版)など多数。
公文式教材のルーツは、わが子のための学習教材
公文式は、当時高校の数学教師であった公文公が、息子のために手づくりした学習教材とその信念から生まれました。公文公は1995年に81歳で他界する直前まで、公文教育研究会(当時)の会長として、たび重なる教材の改訂と指導技術のたゆまぬ向上にかかわり続け、同時に教育にかける思いと大切にしなければならない価値観を説き続けました。表題の「子どもから学ぶ」も、公文公が大切にしていた考えのひとつで、「もっと良い指導で子どもを伸ばすためには、自分の先入観を捨て、目の前の子どもをよく観察して、よりよい指導を追い求める。つまり子どもから学ぶ」といった意味です。
その斬新な学習法と、一心に子どもたちの可能性を追求し続ける公文公の熱意に惹かれ、一人また一人と公文公の周りに人が集まってきました。そして、ある人は教室の指導者となり、またある人は社員となっていきました。それから50年余、「公文」はいつしか「KUMON」となり、今は日本を含む48の国と地域で学びを提供しています。
前述のように、公文公は1995年に鬼籍に入っていますが、公文公の思想は脈々と受け継がれています。そのひとつの証として、公文公は現在でも、親しみと畏敬の念を込めて、教室の指導者と社員から「公(とおる)会長」と呼ばれています。
さらなる進化をめざして
2014年3月16日、パシフィコ横浜(横浜市)で行われた『公文公会長生誕100年式典』には、国内外あわせて7,500人の公文式指導者と社員、そして来賓の方々が集まりました。
この式典全体のテーマは「夢」。公会長の夢を確認するところからスタートし、指導者の夢、公文式OB・OGの夢が、それぞれの登壇者から語られました。そして、式典の後半では、日本4人、海外3人(中国・ブラジル・ボツワナ)の7人の指導者が、世代を超え地域を超えて、さらなるKUMONの進化へのメッセージをリレー形式で発表しました。その一部をワンポイントですがご紹介しましょう。
「…私は、これからも信念をもって教室を続けていくことで、私自身が経験してきた学ぶ喜び・学びを通した喜びを、幾倍にもして、生徒たちにつないでいきたいと思っています…」(日本)
「…公会長の言葉が、指導者としての私を鼓舞してくれます。学べば学ぶほど、さらに学ぶべきことがはっきりして、気を抜いていられません。新たなことへの挑戦に、迷いや恐れはありません。今後、さらに深く公文について学んでいきたいと思います」(ブラジル)
「…私は、先生方から教えていただいた“指導の心”を、仲間の先生方と一緒に、絶やすことなく次世代へとつないでいきたいと思います。…(中略)…指導者、保護者、そして生徒一人ひとりとの出会いが、私たちをさらに成長させ、行動へと導いてくれます」(日本)
一人ひとりの可能性を発見し、その能力を限りなく引き出していくという価値観は、KUMONの原点です。KUMONの教材や指導法が絶えることなく改良され続けているのは、この価値観があるからです。KUMONの指導者と社員が学び続けるのも、この価値観を皆もっているからです。
一人ひとりの可能性を追求していく姿勢を、公会長は「“こんなものだ”はいつもなく、“もっといいもの”はいつもある」という言葉で表現していました。KUMONに携わる私たちは、これからも、ずっと、この言葉を胸に活動していきたいと思っています。
公文の理念
われわれは
個々の人間に与えられている可能性を発見し
その能力を最大限に伸ばすことにより
健全にして有能な人材の育成をはかり
地球社会に貢献する
関連リンク 公文公教育研究所 KUMONの誕生 公文公物語