自分の中に「コーチ」を
つくることができる公文式

実は私は、引っ越しをきっかけに、2020年から公文書写を習っています。コロナ禍で自宅待機が続く中、生活に新しいリズムがほしくて、習い事をしようと考えていた時に、近所に公文の書写教室があると知ったんです。書道は幼少期に習っていて、途中でやめてしまったので、いつかまたやりたいと思っていました。道具の準備が簡単で、実用性のある書写なら続けやすいと考え、ペン習字を習うことにしました。デジタル時代に、万年筆で一文字ずつ丁寧に書く時間はとても贅沢で、静かに文字に向き合うと気持ちも整います。一種のマインドフルネスですね。
6年続けられているのは、指導してくださる先生のお陰です。先生は寄り添い過ぎず、放置し過ぎず、絶妙の距離感で、お子さんから年配の方まで、それぞれに合ったお声がけをしてくださいます。ポイントを絞ってアドバイスしてくださるので、それを自分で反すうし、「なぜ、そう言われるのかな?」「また同じことを言われたな。そうならないためにはどうすればいい?」と、自分で解釈する余白があります。その余白が学びを深めます。
前編でお伝えしたように、これはまさしく私が教員として意識していることと同じです。その点も、「この先生の下で習い続けたい」と思う理由のひとつです。さらに先生のすてきなところは、ご自身も学び続けていること。最近はサックスを始められたそうです。年齢に関係なく挑戦する姿勢に、私も刺激を受けています。
公文書写だけでなく、私は大学院で学び続けている「学習者」でもあります。意識して「指導者」と同時並行で時間をとるようにしているのは、自分が学ぶ立場になれば、「こうされるとやる気が出る」「これはストレスになる」という感覚をリアルタイムで持てるから。前編で「ちょっと背伸びをする」ことが学習者の可能性を開くことになるとお伝えしましたが、私自身もそうなんです。難しい課題がくると「うわっ」と思いますが、クリアした後の達成感は格別です。また「指導者」として講義などでアウトプットをするためには、継続的なインプットは欠かせません。そのため2つを循環させることを意識しています。
公文式学習については、やり抜く力、いわゆる「グリット(GRIT)」が身につく学習法だと実感しています。教材を反復しつつも、一部は少しずつアップグレードしていて、階段式に知らぬ間にレベルが上がり、学習者を異次元のレベルに連れていく。自分で「なぜできなかったのか」とふり返り、「ではどうすればいいか」と思考できるようになると、自分の中で「学習者」と「コーチ」が共存できるようになります。
自分の中に「コーチ」がいれば、自分で課題を発見し、解決方法を工夫して試し、結果を見てまた次の課題に進む、というプロセスを自分で回していけます。そんな「自学自習」ができる人を育てることが私の教育者としての最終目標です。このことは、勉強においてだけでなく、日常のあらゆる場面にも通じると考えています。
AI時代に求められる
「人間ならでは」の能力とは

英語はYouTubeなどに代表されるような情報通信技術が整ったことで、以前に比べてとても身近になり、指導者も学習者も、英語を口に出すことのハードルが劇的に低くなってきています。これは確実にポジティブな変化です。
一方で、課題はAIの台頭です。「語学力とは何か」という定義がどんどん変わってきています。AIアシスタントありきの語学学習者も増えていくでしょう。AIアシスタントが言語表現の型や最適な言い回しを提供してくれるとなると、では人間が担うことは何でしょうか。
文脈や相手との距離感を読み取る「現状把握力」や、ゴールに向かって最適な戦略ルートを瞬時に見極める「戦略決定力」は人間ならではの能力だと、私は思います。そしてそれを支えるのは、普段から自分の立場や目的を明確にし「自分の考え」を言語化する能力や、深掘りする知的好奇心であり、そうした思考力や洞察力の根っこにあるのは母語教育、つまり国語教育だと考えています。
母語でできないことは、第二言語、第三言語でもできません。そこで私は、国語教育と英語教育が互いに補完し合うような教育プログラムの開発がこれからますます重要になるのではと考えています。
そうした背景もあり、私が今後取り組んでみたいと考えているのは、合理的なAI導入とそれを前提とした教育プログラムの開発です。人間の仕事をどこまでAIが代替できるのか、学習者はAIアシスタントをどのように使うべきなのか、こうした問いに答える教育モデルの最適化に関心があります。例えば、多くの大学で英語は1~2年次に必修科目とされていますが、AIアシスタントが瞬時に大量の個別フィードバックを提供できるようになれば、カリキュラムを平準化でき、教育の質の保証に役立つはずです。
ハロウィーンの仮装をして
私自身の現在の最優先目標は博士論文を仕上げることで、今はデータ分析を進めています。その後は統計処理・考察をして英語論文としてまとめ、半年後には論文審査を目指したいです。仕事と学業の両立は困難ですが、一度しかない人生で必ずやりきりたいという強い気持ちを持って、一歩ずつ進んでいます。
課題解決の選択肢が広がる
「学び」は人生の友だち

「指導者」であると同時に、「学習者」として学び続けている私から、お子さんたちに伝えたいのは、「学べば学ぶほど、人生はイージーモードになる」ということです。知識や経験があれば、超えたい壁が出てきたときや目標に向かうときに、解決策の選択肢がぐっと広がり、課題解決の可能性が高まります。「学び」というと「成績」と考えがちですが、学びの力があれば、勉強だけでなく生活のあらゆる場面に応用でき、人生の中でいろいろなことができるようになります。「学びは友だち」と捉えて、変化の激しい時代に、しなやかに力強く生きていってほしいと思います。
お子さんを支えている保護者の方には、「学び続ける力」は保護者が直接教えるのではなく、環境を整え、見守ってあげることで、お子さん自身が育んでいくものだとお伝えしたいです。

私は、子どもには生まれ持っている個性や適性があると思っています。それは生活を共にしている保護者ご自身が最も気づきやすいはずです。その子の個性が芽を出し、開花できるようにするには、生まれ持った個性を理解して、夢中になっていることを邪魔せずに、没頭させる環境をつくり、必要なタイミングで声がけすることではないでしょうか。
私の友人に、娘さんがいる弁護士同士のご夫婦がいます。ご両親ともに弁護士だと、子どもにも同じキャリアを求めがちですが、娘さんは宝塚歌劇団に入団したいという希望をもっていました。私の友人であるお母さんは、わが子の適性を見抜き、率先して宝塚に関するリサーチをして応援しました。娘さんは無事入団。もうすぐ初舞台が披露されるので、私も観に行くのを楽しみにしているところです。
わが子の適正を見抜いて背中を押せるかどうか。それが保護者の役割だと思います。私も学生の可能性にリミッターをかけずに見守り続け、自分自身も学び続けていこうと思っています。
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前編のインタビューから -学生が主体的に学ぶために、あえて“余白”を残す指導法とは? |











