「くもん子ども浮世絵」事始め
1980年代前半、家庭内暴力や校内暴力の話題が日々のニュースをにぎわせるなど、日本の子どもたちを取り巻く環境は危機的な状況にありました。従来の教育のあり方が大きな転換を迫られる中、これらの問題に取り組むべく、公文教育研究会は1986年に「くもん子ども研究所」を設立します(2005年まで活動)。その活動テーマの一つとして掲げられたのが「江戸子ども文化研究」でした。
そのヒントは、1980年に日本語訳が刊行された、フランスの歴史家フィリップ・アリエスによる『〈子供〉の誕生/アンシァン・レジーム期の子供と家族生活』(みすず書房)にありました。アリエスは文献資料だけに依らず、時代ごとに子どもが描かれた絵画史料を読み解くことで、ヨーロッパで「子供」の概念が生まれたのは16~17世紀の近世であり、それ以前には「子供期」の認識がなかったこと、そして「子供」という概念が成立したことにより、家族のあり方が大きく変化をしたのではないかと提唱したのです。
このアリエスの研究は当時、KUMON社内で自主的に社員勉強会が開かれるなど話題となり、「日本における近世の子ども観を、アリエスの手法に倣い、浮世絵という絵画史料を通じて紐解くことで、現代の子どもや親子の問題の解決につなげることができないか」というアイデアにつながったのでした。
KUMONがこれまでに収集した子ども文化研究史料は、子どもが描かれた「子ども浮世絵」や寺子屋の教科書ともいえる「往来物」、そして玩具など約3200点。中でも約1800点にのぼる「くもん子ども浮世絵コレクション」は、世界で唯一無二のコレクションとして知られています。現在これらの研究史料は、インターネットを通じて公開されており、教育や育児、精神科学などさまざまな学問分野における研究素材として活用される一方、書籍や展覧会などを通じ、その研究成果を広く社会に還元しています。
いっぱい遊んで、怒られていいんだよ
2023年10月7日から11月19日まで、栃木市立美術館では企画展「くもんの子ども浮世絵コレクション-遊べる浮世絵」が開催されています。
そこで、この展覧会の担当学芸員である形井杏奈さんに、この展覧会の見どころや展覧会を通じて伝えたいメッセージなどをお聞きしました。
また、栃木市立美術館の杉村浩哉館長からも、これから来館されるみなさまにメッセージをお寄せいただきました。
浮世絵は庶民のメディア
藤澤先生はスライドを使って具体的な作品を紹介しながら、浮世絵は大人から子どもまで庶民が気軽に楽しんだメディアとしても活用されたこと、そしてくもん浮世絵コレクションに見る江戸の子ども文化の豊かさなどについて講話をされ、会場のみなさんは熱心に耳を傾けていました。
日本が幕末に開国して以降、多くの浮世絵がヨーロッパに渡りました。ゴッホをはじめとした印象派の多くの画家たちはオリジナリティあふれる浮世絵の表現や画題に衝撃を受け、表現を模索し、多くの名作を制作しました。また北斎の浮世絵に感銘を受けて代表作「海」を作曲したドビュッシーはその作品を楽譜の表紙に採用し、クリムトで有名な19世紀末ウィーンの芸術運動においては、多色木版画によるグラフィックデザインが生み出されるなど、浮世絵はヨーロッパの芸術に多大なる影響を与えたのです。そのため、このようなヨーロッパにおける「芸術作品として浮世絵」という認識が逆輸入される形で日本にも広まることとなり、現代にいたります。
しかし藤澤先生がお話されるように、浮世絵はもともと、テレビや雑誌と同じように庶民が気軽に楽しんだメディアです。そしてそんなメディアだからこそ、江戸の庶民のリアルな日常や価値観が色濃く描き込まれており、現代の私たちにそれを伝えてくれるのです。
栃木市立美術館で開催されている企画展「くもんの子ども浮世絵コレクション 遊べる浮世絵」を通じ、「子どもの天国だ」と外国人たちに賞された江戸・明治の子ども文化や子どもに対する大人のまなざしを、多くの方々に感じていただきたいと思います。
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